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33.岩上護



 何度、名前を叫んでも。






 ユキの声は、届かない。






 何度も逃げてと伝えても。






 マモルちゃんには、聴こえない。






 お願い、マモルちゃん。






 あいつが、やってくる。






 ユキたちを殺したあいつが。






 また、マモルちゃんを殺しにやってくる。






 だから、お願いマモルちゃん。






 どうか、そこから。








 早く、にげて。






* * *




「おーいっ! まってよーっ!」




「あはははっ! はやくはやくーっ!」




「おれが一番だぁーっ!」




「ねぇ、まってってばぁ!」




 八年前。




 日本のある場所に、一軒の孤児院があった。


 大きくも、小さくもなく、元々古くなった教会の跡地を改修して造られたその施設は、一人の院長と、僅か四人ほどの職員によって運営がなされていた。




「きゃっ! 冷たーいっ!」




「おいっ! あそこ見ろっ! 魚がいるぞっ!」




 その孤児院には、家庭の困窮や、両親を亡くした、はたまた、様々な理由で暮らすこととなった、二十人ほどの子供たちがいたわけだが。




「なぁっ! 誰が一番泳げるか勝負しようぜっ!」




「いいぜっ! 敗けた奴、今日の晩御飯のおかずよこせよなっ!」




「こらーっ、急に深くなる所もあるから、危ないことはしないよーっ!」




 皆、生まれも来た場所も、抱えた事情も異なっていたけれども。一緒に過ごす日々の中、楽しく、仲睦まじく、彼ら一人一人が自分らしく、懸命に生きていた。




「ん? マモルは?」




「あれ? さっきまで一緒にいたはずだけど……あっ!」




 エレマ部隊、四将が一人。




 岩上護。




「おーいっ! マモルーっ! なにやってんだよーっ!」




「はやくこっちこいよーっ! マモルも一緒に競争しようぜーっ!」




 彼もまた、この孤児院にて暮らす子ども達のうちの一人だった。




「…………ったく。うるせぇな」




 彼は、両親の顔を覚えてはいない。




「……おい、大丈夫か?」




 どこで生まれて、どうやって孤児院に来たのかなんてすら、分からない。




「……うんっ、ありがとう。マモルちゃん」




 赤子の時から、彼はここで育ち、皆と一緒に過ごしてきた。




「あんま無理すんなよ。風邪……よくなってきたばっかだろ?」




「う、うん……でも、ユキもみんなと一緒に川へ行きたかったから」




「……そっか。じゃ、手ぇつかめよ。ゆっくりでいいから、あいつらのところまで行こうぜ」




「うんっ」




 誰よりも長く。




「おい、またユキのお守りか?」




「あいかわらずだなぁ」




「ヒューッ! アツいねぇ!」




 孤児院で育ってきた彼は。




「そうじゃねぇよっ! 困っている友達を助けるのは当たり前だろっ!」




 誰よりも心強く。




「はいはい、そうですねー」




「てめぇっ、話聞けよおらっ!」




 誰よりも、優しく。




「あはははっ!」




 誰よりも。




「ありがとう。マモルちゃん」




 友達想いの子だった。






 孤児院の、一日が始まる。




「はいっ、皆さん! ちゃんと手は洗いましたか?」




「「「はーーいっ!」」」




「では、手を合わせて……」




「「「いただきまーすっ!」」」




 朝起きたらば、みなで食卓を囲い。




「……そして、この数字を並べ替えると……?」




「うぅ~。せんせぇ、むずかしいよぉ~」




「へーんっ! あたしはもう分かったもんねぇー!」




「なんだとぉ!」




「こらっ! そこ静かにしなさいっ!」




 朝食の後は、職員さんによる勉強や読み書きを。




「すげぇっ! でっかいカブトムシっ!」




「見ろよっ! キレーな石っ! お宝みてぇっ!」




「いてっ! うわぁぁ、枝に引っ掛かったぁ」




「すごーいっ! 木登りじょうずーっ!」




 昼間は、囲われる豊かな自然の中を目いっぱいに駆け回り。




「なぁ、明日はあそこの洞窟までいってみようぜっ!」




「それいいなぁっ!」




「え~! あたしもいくー!」




「ほーらっ、ご飯中ですよ~」




 孤児院に帰ったら、お風呂に入り、夕食へ。




「んん~、もう食べれないやぁ」




「ガァァ~……ゴァァ~」




 そして、夜が更けたなら。




「ふふっ、みんな、今日もクタクタね」




 同じ屋根の下。




「おやすみなさい」




 優しい院長に見守られながら。みな、すややかに。夢の中へと入っていった。






 国からの支援はあったとはいえ、決して裕福とはいえなかった環境。




 それでも、孤児院の子たちはみな。


 身寄りがない中でも、沢山の愛情を受け、元気に過ごしていた。






 ある日。






「……? なんだか、先生たち、騒がしいね」




「なんか、今日はここで育った人が、久々に会いに来てたとかなんとか」




「ふーん、そうなんだ」




「頑張ってお金持ちになって、ここの寄付もしてくれてる人なんだって」




「へぇー、すごいなぁ」




 それは、昼下がりのこと。


 普段と変わらず、孤児院の子どもたちが、広原へと遊びに行っていた時。




 護は孤児院のベランダの外で、吹かれるそよ風に当たりながら、一人の女の子と共に過ごしていた。




「ユキも、大きくなったら先生たちみたいに、オトナ? になっていくのかな」




「うーん、どうなんだろうな」




 彼の傍にいた女の子の名は、ユキ。




 孤児院の皆から、よく慕われていた護だったが。特段、彼は彼女のことを気に掛け。




「俺も長くいるけど、そういうの。あんま考えたことねぇな」




「そう……」




 彼女もまた、よく護の傍についていっては、彼と仲良く接し、時折り、こうして二人きりで色んな話をすることがあった。




「でも……」




「ん?」




「俺、先生達みたいに大きくなったら……」




 彼らは皆、特別な出自。




「旅を、してみたいんだ」




「たび……?」




 いまはこうして、孤児院の中で幸せに過ごせていても、大きくなれば。いつかは必ず別れがやってくる。




 とはいえ。




「あぁ、そうだ」




 事情は違えど。




「俺は、生まれた時からずっと、ここで過ごしてきた」




 みな、一人ひとり、希望は持っていいもの。




「外が、この世界がどうなっているのかが、分からないんだ」




 明るい未来を望み、各々の人生を。




「だから、知りたいんだ」




 堂々と、歩むことは出来る。




「この世界には、なにがあるのか。そこに、どんな景色があるんだろうなって」




 孤児として生きてきたかなんて、関係ない。


 想い一つで、なんだって出来るんだと。




 彼は、目を輝かせ、遠くを見つめながら、彼女にそう語る。




「……ねぇ、それって」




「みんなーっ!」




「「――っ!」」




 その時。




「そろそろ中へ戻ってきなさーいっ!」




 子ども達を呼ぶ職員の声が、広原の中に響き渡る。




「じゃ、戻るとするか」




「う、うんっ……!」




 その呼び声に、彼は建物の中へと戻ると、彼女もまた、どこか寂しそうな表情を浮かべ、彼の背中を追いかけた。



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