何度、名前を叫んでも。
ユキの声は、届かない。
何度も逃げてと伝えても。
マモルちゃんには、聴こえない。
お願い、マモルちゃん。
あいつが、やってくる。
ユキたちを殺したあいつが。
また、マモルちゃんを殺しにやってくる。
だから、お願いマモルちゃん。
どうか、そこから。
早く、にげて。
* * *
「おーいっ! まってよーっ!」
「あはははっ! はやくはやくーっ!」
「おれが一番だぁーっ!」
「ねぇ、まってってばぁ!」
八年前。
日本のある場所に、一軒の孤児院があった。
大きくも、小さくもなく、元々古くなった教会の跡地を改修して造られたその施設は、一人の院長と、僅か四人ほどの職員によって運営がなされていた。
「きゃっ! 冷たーいっ!」
「おいっ! あそこ見ろっ! 魚がいるぞっ!」
その孤児院には、家庭の困窮や、両親を亡くした、はたまた、様々な理由で暮らすこととなった、二十人ほどの子供たちがいたわけだが。
「なぁっ! 誰が一番泳げるか勝負しようぜっ!」
「いいぜっ! 敗けた奴、今日の晩御飯のおかずよこせよなっ!」
「こらーっ、急に深くなる所もあるから、危ないことはしないよーっ!」
皆、生まれも来た場所も、抱えた事情も異なっていたけれども。一緒に過ごす日々の中、楽しく、仲睦まじく、彼ら一人一人が自分らしく、懸命に生きていた。
「ん? マモルは?」
「あれ? さっきまで一緒にいたはずだけど……あっ!」
エレマ部隊、四将が一人。
岩上護。
「おーいっ! マモルーっ! なにやってんだよーっ!」
「はやくこっちこいよーっ! マモルも一緒に競争しようぜーっ!」
彼もまた、この孤児院にて暮らす子ども達のうちの一人だった。
「…………ったく。うるせぇな」
彼は、両親の顔を覚えてはいない。
「……おい、大丈夫か?」
どこで生まれて、どうやって孤児院に来たのかなんてすら、分からない。
「……うんっ、ありがとう。マモルちゃん」
赤子の時から、彼はここで育ち、皆と一緒に過ごしてきた。
「あんま無理すんなよ。風邪……よくなってきたばっかだろ?」
「う、うん……でも、ユキもみんなと一緒に川へ行きたかったから」
「……そっか。じゃ、手ぇつかめよ。ゆっくりでいいから、あいつらのところまで行こうぜ」
「うんっ」
誰よりも長く。
「おい、またユキのお守りか?」
「あいかわらずだなぁ」
「ヒューッ! アツいねぇ!」
孤児院で育ってきた彼は。
「そうじゃねぇよっ! 困っている友達を助けるのは当たり前だろっ!」
誰よりも心強く。
「はいはい、そうですねー」
「てめぇっ、話聞けよおらっ!」
誰よりも、優しく。
「あはははっ!」
誰よりも。
「ありがとう。マモルちゃん」
友達想いの子だった。
孤児院の、一日が始まる。
「はいっ、皆さん! ちゃんと手は洗いましたか?」
「「「はーーいっ!」」」
「では、手を合わせて……」
「「「いただきまーすっ!」」」
朝起きたらば、みなで食卓を囲い。
「……そして、この数字を並べ替えると……?」
「うぅ~。せんせぇ、むずかしいよぉ~」
「へーんっ! あたしはもう分かったもんねぇー!」
「なんだとぉ!」
「こらっ! そこ静かにしなさいっ!」
朝食の後は、職員さんによる勉強や読み書きを。
「すげぇっ! でっかいカブトムシっ!」
「見ろよっ! キレーな石っ! お宝みてぇっ!」
「いてっ! うわぁぁ、枝に引っ掛かったぁ」
「すごーいっ! 木登りじょうずーっ!」
昼間は、囲われる豊かな自然の中を目いっぱいに駆け回り。
「なぁ、明日はあそこの洞窟までいってみようぜっ!」
「それいいなぁっ!」
「え~! あたしもいくー!」
「ほーらっ、ご飯中ですよ~」
孤児院に帰ったら、お風呂に入り、夕食へ。
「んん~、もう食べれないやぁ」
「ガァァ~……ゴァァ~」
そして、夜が更けたなら。
「ふふっ、みんな、今日もクタクタね」
同じ屋根の下。
「おやすみなさい」
優しい院長に見守られながら。みな、すややかに。夢の中へと入っていった。
国からの支援はあったとはいえ、決して裕福とはいえなかった環境。
それでも、孤児院の子たちはみな。
身寄りがない中でも、沢山の愛情を受け、元気に過ごしていた。
ある日。
「……? なんだか、先生たち、騒がしいね」
「なんか、今日はここで育った人が、久々に会いに来てたとかなんとか」
「ふーん、そうなんだ」
「頑張ってお金持ちになって、ここの寄付もしてくれてる人なんだって」
「へぇー、すごいなぁ」
それは、昼下がりのこと。
普段と変わらず、孤児院の子どもたちが、広原へと遊びに行っていた時。
護は孤児院のベランダの外で、吹かれるそよ風に当たりながら、一人の女の子と共に過ごしていた。
「ユキも、大きくなったら先生たちみたいに、オトナ? になっていくのかな」
「うーん、どうなんだろうな」
彼の傍にいた女の子の名は、ユキ。
孤児院の皆から、よく慕われていた護だったが。特段、彼は彼女のことを気に掛け。
「俺も長くいるけど、そういうの。あんま考えたことねぇな」
「そう……」
彼女もまた、よく護の傍についていっては、彼と仲良く接し、時折り、こうして二人きりで色んな話をすることがあった。
「でも……」
「ん?」
「俺、先生達みたいに大きくなったら……」
彼らは皆、特別な出自。
「旅を、してみたいんだ」
「たび……?」
いまはこうして、孤児院の中で幸せに過ごせていても、大きくなれば。いつかは必ず別れがやってくる。
とはいえ。
「あぁ、そうだ」
事情は違えど。
「俺は、生まれた時からずっと、ここで過ごしてきた」
みな、一人ひとり、希望は持っていいもの。
「外が、この世界がどうなっているのかが、分からないんだ」
明るい未来を望み、各々の人生を。
「だから、知りたいんだ」
堂々と、歩むことは出来る。
「この世界には、なにがあるのか。そこに、どんな景色があるんだろうなって」
孤児として生きてきたかなんて、関係ない。
想い一つで、なんだって出来るんだと。
彼は、目を輝かせ、遠くを見つめながら、彼女にそう語る。
「……ねぇ、それって」
「みんなーっ!」
「「――っ!」」
その時。
「そろそろ中へ戻ってきなさーいっ!」
子ども達を呼ぶ職員の声が、広原の中に響き渡る。
「じゃ、戻るとするか」
「う、うんっ……!」
その呼び声に、彼は建物の中へと戻ると、彼女もまた、どこか寂しそうな表情を浮かべ、彼の背中を追いかけた。