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28.瀧vsツァーカム その2


「さぁ、ツァーカム」




 変化を遂げ、悠然とした立ち姿を見せる瀧が。




「続きを、やろう」




 舞台の上へと登れば、中央に置かれた褐色のグランドピアノへ向かい、ゆったりと歩く。




「なにを仰っているのですか?」




 そんな瀧に反応するのはプリマドンナ。




「あなたはもう、失敗したのです」




 冷徹な眼差しを向けながら。




「あなたは期待に応えきれず、失望させたのです」




 瀧からの挑戦を断固として拒否する。




 だが。




「それがどうした」




 と。瀧はプリマドンナの言葉に動ずることなく。




「おいっ!」




「――っ!」




 続けて、舞台下にいるレフィのほうを向けば。




「……行け」




 ここから逃げ出すよう、声をかける。




「…………はいっ」




 瀧の合図に暫く黙っていたレフィだったが。




「……お気をつけて」


「お前もな」




 彼女はメルクーリオを抱えると、背を向けたまま瀧へ一言だけを告げ、人形が待ち構えていない箇所の出入り口扉へと駆けていく。




「させませんわよ」




 その時。




 劇場から去ろうとするレフィ達を見逃そうとはせず。プリマドンナはすぐに彼女らを阻止しようと、人形たちへ命を下す為に、道化師から強引に指揮棒を奪おうとする。




 しかし。




「……いいでしょう」




「――っ!?」




 対して道化師が、プリマドンナの意思に反し、迫る左手から指揮棒を奪われないよう、指揮棒を握る右手を遠ざけたのだ。




「パリアッチョ。一体どういうつもりで」




 思わぬ行動に出た道化師に、心外ないという表情を向けるプリマドンナ。それでも道化師は、指揮棒を渡す素振りを一切見せず。




「いいでしょう。右京瀧さん」




 ただじっと。舞台上に建つ瀧の姿を見つめていた。




「あなたは我を失望させた」




 初めは半身を傾けながら会話を聴いていた道化師は。




「ですが、先程の術といい。今、その変わり果てたお姿は」




「…………」




「とても、気になる所存でございます」




 瀧のいる方向が真正面となるよう、身体を向け直す。




 いま、この時。




 瀧の身体中からは、これまでに感じたことのない上質なマナとエネルギーが無尽蔵に湧き上がり、それは圧倒的なオーラとして、ツァーカムの目に映っていた。




 けれども。




「一体、何があったのか」




 そんな瀧を前にしても。




「この短い間に、あなたが何をしたのか」




 ツァーカムは余裕のある表情を崩すことなく。




「あぁ、分からない。わからない」




 次には不敵な笑みを浮かべ、淡々と。


 その深い声で瀧へと語り掛ける。








「あなたがどれだけ強くなろうと、変わらない」




 ここは、ツァーカムが支配する空間。




「我の舞台上では、何の意味もありません」




 少しでも、人形に手を出せば、たちまちに自身も同じ損傷を受ける。




「それでもまだ」




 そんな絶対的なアドバンテージに。




「我を、愉しませていただけるというのでしょうか?」




 一片も隠すことなく、心の奥底から溢れる自信を、その顔に顕す。




 なお、それでも。




「構わない」




「――っ!」




 道化師を前に、瀧は強気な態度で一歩も引かず。




「……そうですか」




 そんな瀧に。




「では、いいですか?」




 ツァーカムが、指揮棒を構える。




「” תחילתファー הופעהピラート” -開演-」




 自身の周りに新たな人形たちを召喚し、準備を整えれば。




「……そうだな」




 それを見るや瀧は。




「少し、変えよう」




 傍に置かれたグランドピアノの縁に右手を添えれば。




「真・癒技。” שִׁעתוּקシトゥーク ” -再製-」




 朽ちたグランドピアノへ向け、技を発動する。




「せっかくなら、この姿で」




 胸元に輝くコアから流れ出るエネルギーが、胸から腕へ。腕から右手へと移れば、手の平からグランドピアノへと伝搬される。


 そして、褐色のグランドピアノは、触れられた箇所からみるみると色を変え、あっという間にその姿を変えられると。




「あぁ、そうだ」




 瀧が手を離した時。


 舞台上にあったボロボロのグランドピアノは。




「こんな感じだったな」




 碧のガラスで造られた、真新しい代物へと成っていた。




「始めよう」




 グランドピアノが完全に変化し終えたのを確認した瀧は、用意された椅子へと腰掛け。




「(……姉さん)」




 暫し、目の前に映る八十八の鍵盤を見つめては。




「(どうか、見守ってくれ……)」




 祈りを捧げ。いよいよ鍵盤の上へと両手を乗せる。




 そして。




「――っ!」








 一音を、奏でる。








 その一音は。




「あぁ……」




 風が吹き抜けるよう、劇場内めいっぱいに広がっていけば。




 その、一音に。




「なんて、素晴らしい……」




 道化師が。分からされてしまう。




 たった一音。


 その一音だけで。




「あなたは、やはり……素晴らしい」




 どれほどまで感動的なものなのかということが。






 それは、先ほどまで聴いていた音とは異なるもの。




 心の中の枷は外れ、他を想い、祈りを乗せたその音は。瀧が持つ本来の才と力の全てが体現されたものだった。




 そして。




「(……なんだ? 空気が?)」




 伝わる音に、遅れてやってくる違和感。




「これは……揺れている?」




 瀧が奏でた一音が劇場内を駆け抜けていった後。その後を追いかけるよう、空気が小刻みに震えだす。




 刹那。




「真・癒技。” קופסת שלוםコフシャーハ ” -安らぎの箱庭-」




 続けて瀧が技を唱えれば。




 小刻みに震えていた空気は。




「(気のせいじゃない……)」




 瀧を中心に。




「(段々と……!)」




 大きな揺れを引き起こしていく。




 さらには。




Maestosoマエストーゾ -荘重に-」




 また、一音。




piuピゥ -もっと-」




 ピアノが奏でられると。




「これはっ……!」




 碧ガラスのグランドピアノから、黒く半円状に広がる空間が現れ始める。




avvolgereアボルジーレ -包み込め―」




 その空間は、瀧が言葉を発するごとに、大きな揺れを伴いながら徐々に広がれば。




「なんですか……? これは」




 遂には、劇場のほとんどを覆い尽くすほどに拡大していったのだ。




「”勝利”のためなら、意のままに」




 劇場内を覆い尽くす黒の空間を眺める瀧。




「顕れよ、ネツァク」




「えぇ」




 次には、自身の背後に水壺を持つ金髪の女性を召喚する。




「さぁ」




 これでようやく、舞台が整ったと。


 ネツァクの姿を一瞥した瀧。




 すぐに視線をツァーカムへと移すと。




「かかってこい」




 待ち構える人形たちへ向け、殺気を放った。








 ――――――――――同時








「” מַאֲבָקマーヴァック ”! -闘え-」




 道化師が指揮棒を振り、人形たちが一斉に瀧へと向かう。




「頼むぞ」




「任せて」




 ネツァクに合図を送る瀧が、鍵盤の上に乗せた十本の指を滑らせ、演奏を始める。




「「「キシャァァァァッ!!!」」」




 迫り来る人形たち。


 爪を伸ばし、瀧の命を狙おうと宙を舞い、瀧へ襲い掛かろうとするが。




「ぴぎゃっ!?」




 一音。




「――っ!」




「ギャッ!」




 また、一音と。


 瀧が鍵盤を弾く度に、人形たちが一体ずつ消し飛ばされていく。




「” לְהַמשִׁיךレハムシーフ ”! -続け-」




 立て続けに人形たちを召喚し、瀧へ仕向ける道化師。




 だが。




Allaアッラ cassiaカッシア -狩りの歌のように-」




 今度は瀧が唱えれば。




「グバァッ!?」




「ギャァァッ!」




 再び、人形たちの姿が消滅する。




「あぁ、なんてことだ……」




 その様子を見ていた道化師は。




「素晴らしいっ、素晴らしいっ!!」




 怯むどころか愉悦に浸る。




「どんな術を使っているっ! 教えてくれっ、どんな方法でっ!!」




 瀧が繰り出す技に、興奮し、大声を上げ騒ぎ立てる。




「そんなことを言っている場合ではなくてよっ! パリアッチョッ!」




 そんな道化師とは反対に、いま起きている現象をよしとせず、慌てるプリマドンナ。




「あれでは人形たちが近づけませんわっ!」




 悠長なことをしている場合ではないと。この時を愉しむ道化師を叱責する。




「それもそうです、プリマドンナ」




 プリマドンナの声を聴き、一度冷静になる道化師は。




「では、力をお貸しください」




 手に持つ指揮棒を二つに増やし。




「こちらも全力で参りましょう」




 片一方をプリマドンナへと渡す。




「さぁ」


「謳いましょう」




 両手に構えた指揮棒を振る両者。




「「”今宵は素敵な宴となり”」」




 その場で謳い、踊り出す。




「「”みなみな集いて踊りましょう”」」




 指揮棒を振れば、人形が現れ。




「「”絢爛な装飾が施されたテーブルには”」」




 ツァーカムの周りへ集いだす。




「「”生き血のワインに、生首と四肢のフルコースを”」」




 その数は限りなく増え続け。




「「”それらを欠かさず、揃えましょう”」」




 あっという間に、劇場内を埋め尽くしていく。




「「”さぁ今一度。盛大なもてなしを”」」




 謳い終わった頃にはもう。




 これまで以上に、数えきれないほどの人形たちが召喚され、それらはツァーカムの命により、瀧へと向けられる。




「いけますか?」




 その数を横目に見るネツァクが瀧に問えば。




「問題ない」




 瀧が容易に応えていく。




「「「「「ギャハハハハハッ!!」」」」」




 狂い暴れる人形たちが迫るなか。




acceleアッチェレ -加速せよ―」




 鍵盤上に乗る十本の指を、瀧は急速に動かしていく。




「ギャァッ!?」




「ピギャァッ!!」




 大勢の人形たちが、瀧へと迫る。




「グパァァッ!!」




「ギァァァッ!」




 だが、舞台上、人形たちと瀧との間に見えない壁があるかのように。


 一体たりとも近づけず。敵の数に対し、瀧は繰り出す攻撃の数を増やし、撃退していく。




 そして。




「おかしいです、おかしいです」




 あっという間に、召喚された人形の半数ほどが、瀧の攻撃によって劇場内から姿を消されてしまうのだった。




 次々と倒されていく人形たちを前にして。




「どうしてこんなに消されてもなお」


「彼の身には何も起きない」




 疑念を深めるプリマドンナと道化師。




「「何故、我々の術が効いていない」」




 そうして瀧へ直接問うてみれば。




 次の瞬間。




「何ともないと思うか?」




「「――っ!」」




 ここまで平然としていた瀧に、ある異変が起きる。




 演奏する瀧の額に流れる、一筋の血。


 それは、額だけではなく。目を凝らせば、手の甲に足首、腕と。身体のあちこちから鮮血が少しずつ流れ始めていたのだ。




「ごめんなさい」




 瀧の異変に謝意を向けるはネツァク。




「気にするな」




 けれども、そんなネツァクを責めずに。瀧は、自身の身体に起きている異変に特段意識を向けることもなく、演奏を続けていく。






 ――今からあの化け物を倒す方法を教えます






 それは、瀧がネツァクの手を取り、光に包まれこの劇場へと戻される間の出来事。




「あの化け物の術は全て、手に持っている指揮棒を介して行われています。外からは気づきにくいですが、術を発動させる度、あの指揮棒には大きな負担がかかっています」




 ネツァクは瀧へ、敵の情報を詳しく伝えていた。




「敵の術は、人形が受けたダメージを記憶し、その対象者へと跳ね返すものですが。受ける瞬間、ワタシが持つ治癒の力で、その損傷を相殺させ、敵の能力を無効化させます」




「俺は何をしていたらいい」




「瀧さんはひたすら人形を攻撃し続けてください。ご存知かと思われますが、敵の人形の弱点は浄化系統の術です。かつてあの女性が人形を倒したように、瀧さんも、その持つ力で人形たちを倒し続けてください」




「なら、あの化け物が持っている指揮棒が壊れるまで、ということか?」




「えぇ、そうなります。そして、敵が持つ指揮棒に限界が来た時。その時こそ、本体を追い詰める絶好の機会となります」






 ――ですが……






 だが、初めての覚醒に両者のリンクは完全に適合したわけではなく。


 ネツァクが持つ力を最大限に引き出せていなかった瀧は、軽傷で済んでいるとはいえ、少しずつ、ツァーカムの術の効果をその身に受けていたのだった。




「お前の効果がなければ、今頃。とっくに俺はあの化け物に負けていただろう」




 それでも瀧は、弱音を吐くことなどせず。




「それに、このくらいの痛みは……」




 演奏を止めることなく。




「もう、




 迫り来る人形たちを確実に仕留めていく。




「こいつ……狂っているわっ!」




 自らを追い詰めんと、自傷にも躊躇わず、一心不乱に演奏を続ける瀧の姿を見て驚愕し、顔を引きつらせるプリマドンナと。




「いいっ……いいぞっ! 右京瀧っ!!」




 それを勇姿と称え、涙を流し歓喜に打ち震える道化師。




「お前が先にやられるか、俺が先に倒れるか」




 瀧とツァーカム。




「根競べと、いこう」




 両者の闘いは、激化へと向かっていく。



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