「――っ!」
気付けばそこは、劇場の中。
そこに、先程までいたはずの真っ白な空間は、もうどこにもなく。ネツァクによって差し伸べられた手を掴んだ瀧は、ネツァクが発した光に包まれたのち。
「ここは……」
再び、この因縁の場所へと戻されていた。
そして。
「いやぁっ……! メルさまぁっ……!!」
顔を上げ、前を見れば。
目を閉じ、返事のないメルクーリオを抱きしめ、泣きながら何度も主人を呼び続けるレフィの姿があり。
背後では。
「彼女は死んでしまった」
「彼が演奏を止めてしまったから」
「そうです、そうです」
「全ては演奏を止めた、彼のせい」
その光景を見ていたツァーカムが、聞き覚えのある言葉を静かに謳い、語っていた。
「(これは……)」
元居た場所へと戻り、すぐに覚えた違和感。
水のマナを司る、碧々に煌めくマナの実が瀧の唇へと触れた時。
人形たちは一斉に襲い掛かろうとし、マナの実を目撃したツァーカムは血相を変えて瀧の下へ迫ろうとしていた。
だが今、瀧の目の前にある光景は。
「(時間が、少し前に……)」
マナの実が顕れる、以前の出来事が繰り広げられていた。
「彼は失敗した」
「ここに、我が求める物語はありません」
「仕方がありませんが、パリアッチョ」
「オーキュノス様の命令通り、皆殺しにし。我はマナの実を回収しましょう」
ツァーカムの口からは、続けて瀧の身に覚えのある会話が行われては。
この後に起きるべくは、ツァーカムが手に持つ指揮棒を振り、人形たちへ抹殺の命令を下すこと。
ツァーカムの動作、人形たちの動き。
ここまでの全ての出来事が、同じように進められていく。
しかし。
「…………まだ、間に合う」
この時において。
「…………え?」
瀧だけは、違っていた。
レフィが抱くメルクーリオへ。右手をかざす瀧。
「(……頼むぞ)」
目を閉じては祈るよう、深く息を吸う。
「
そして一つ。
「”
技を唱えれば。
「「「――っ!!」」」
次の瞬間、床面には瀧を中心に大きな魔法陣が描かれる。
「なに、これ…………」
描かれた魔法陣からは、すぐさま大量の青きマナが放出されれば。
その上質なマナは、倒れるメルクーリオの身体へと、雪のように降り注がれ。
「安心しろ」
それらは瀧の言葉に導かれるよう。
たちまちに。
「――っ!?」
メルクーリオの身体を修復していったのだ。
そして、放出されたマナが全て降り注がれ、消失すれば。
「め……メル、さま?」
メルクーリオの首筋に深く刻まれた切り傷は、もうどこに見当たらず。
あれほど流れ出ていた血も止まっては。
「…………すぅ……すう……」
メルクーリオ自身は安らかな顔で、静かに寝息を立てていたのだった。
「メル様……。メル様っ!」
明らかな容態の変化に、慌てて主人を呼ぶレフィ。
「大丈夫だから」
「――っ!」
「こいつは俺が技で快復させた。もう、命を落とすことはない」
そんなレフィに、瀧が手短に事情を話す。
「そ、そんなの……どうやって」
あれだけ死の寸前まで追いやられた人間を、この一瞬で快復させてしまうほどの技や術など、レフィの中に知る由もなく。
目の前の男がどうやったのか。何をしたのかさっぱり分からず、頭の中が混乱する。
だが、再び主人の顔を見れば。
「すぅ……すぅ……」
心地よさそうに。まるで、暖かな日の光が降り注がれる花畑の中でお昼寝をしているような表情を浮かべるメルクーリオに。
「ほんとう、に……?」
彼の言ったことが嘘ではないと。少しずつ、彼女の中に実感が湧き上がってくる。
「だが、あくまで応急処置だ。ここからは、お前がこいつの介抱をしろ」
主人の無事な様子をまじまじと見つめるレフィに、すぐ次の指示を出す瀧。
「ここは俺がなんとかする。お前はさっさとこいつを連れて遠くへ」
レフィの真後ろに位置する出入口扉へ視線を向け、逃げ出すように言うが。
「「なにをされたのですか?」」
その時。
「――っ!」
二種の声が、瀧の背後から不気味に襲い掛かる。
「おかしいです、おかしいです」
「彼女は確かに死んだはず」
「けれども彼女は生きている」
「彼が、起こした出来事によって」
瀧の後ろに立つツァーカム。
「「いったい、貴方は何をされたのですか?」」
表情は何一つ動かすことなく。怒りや驚きなどの感情は見せなかったが。
瀧へ向けたその言葉には、これまでにない威圧が、濃密に籠められていた。
「早くいけ」
「で、ですが……」
「いいから、早く。お前たちもっ!」
「「「――っ!?」」」
重々しい雰囲気を放つツァーカムへ対峙する瀧。レフィに続けて、エルフ国兵たちへも声を掛ける。
「「させませんよ?」」
「「「――っ!!」」」
瀧の声に反応したエルフ国兵達。
彼の声を聴き、自然と足を出入口側へと向けたが、それを見たツァーカムはすぐに人形を操ると、全ての出入り口の前へと先回りさせ、彼らを逃がさないようにする。
だが。
「”
瀧が一声、唱えた瞬間だった。
「…………ピギャァッ!?」
先回りしていた人形の一体が、短く悲鳴を上げれば。
「「「…………え?」」」
一瞬にして、その姿は跡形もなく消滅してしまう。
「いま……なにが…………」
一歩たりとも動かずに。
指一つすら動かさず。
魔法も術も、技も発動させていない。
それでも、瀧が言葉を発した瞬間。
人形の身体は、塵と化し消え去った。
「「………………」」
目の前で起きた出来事に。
ほんの僅か、ツァーカムの目が大きく見開かれる。
それでも。
「「やりましたね?」」
すぐに、その顔は不敵な笑みへと変わりゆく。
どんな手を使ったかは分からない。
それでも、瀧の仕業によって、今この時。
人形は倒されてしまった。
「彼はやってしまった」
「彼は役者を傷つけた」
「その報いが、やってきます」
「あぁ、哀しきか。祈りましょう」
この後にでもすぐ。
己が掛けた術により、彼もあの人形と同じ運命を辿るのだと。
そう、確信していたツァーカム。
だったが。
「「…………なぜ」」
人形が消滅してから。
「「どうして、何も起こらない」」
どれほどの時間が経とうとも。
「「なぜ、貴方の身には被害がない」」
瀧の身体に異変は起きず。
傷がつくことも、血を流すことも。
四肢のどこかが欠損することもない。
ただ、瀧は。
その場にじっと。
静かに、ツァーカムの前に立ちはだかるだけ。
「知りたいか?」
困惑するツァーカムへ。
瀧が、ボロボロになったエレマ体を纏いながら、一歩ずつ近付こうとする。
そして。
胸に埋め込まれる青のコアに。
「教えてやる」
そっと、触れた瀧は。
「
エレマ体を起動する際とは似て異なるコマンドを。
口にした。
―――――――――――――刹那
「「――っ!!」」
瀧が触れる青のコアから眩い光が劇場内へと放たれる。
光が強まれば、瀧を中心に突風が吹き荒れ、強大なエネルギーが一点に集約し、一気に解放されていく。
「な、なんなのっ!?」
あまりの眩しさと吹き荒れる風に、腕で咄嗟に顔を覆い隠すレフィ。
辛うじて、その隙間から瀧の様子を覗いてみれば。
そこには。
「――っ!?」
先ほどまで纏っていたはずの、崩れかけたモビルスーツはどこにもなく。
光の中から現れた瀧は。
碧々と煌めくタキシード姿となっていた。
変化を終えた瀧の神々しさに。
その場の誰しもが、目を奪われる。
彼から溢れ出す圧倒的なオーラに。
見ている者達の心が、震えだす。
そして。
「……さぁ、ツァーカム」
心穏やかに落ち着き払う瀧は。
「物語の続きとやらを」
真正面から、堂々と。
「始めようか」
決意を胸に。
ツァーカムへと、挑む。