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25.手紙


瀧へ




 元気でいますか?


 いまもどこかで、あなたが好きなピアノを弾いていますか?




 お姉ちゃんは今も病室のベッドで、窓に映る変わらない景色を見ています。


 でも、あなたが奏でる音を思い出しながら過ごしてるから、退屈なんて日はないよ。




 瀧の活躍を聞くたび、お姉ちゃんは心から嬉しくて。


 あぁ、早くあなたの音を聴きたいなって。いつも、楽しみにしてる。




 懐かしいな。




 昔、あなたがよく家の練習部屋にお姉ちゃんを連れて、ピアノを聴かせてくれたこと。


 小さい時からの病気で寝込んでいた私を、元気にしてあげるからと。




 見るたびに、聴くたびに。あなたがどんどん上手に、素敵になっていたのが分かった。


 お姉ちゃんは病弱だったから、自分の身体を動かすのも重くて大変だった。でもね、瀧のピアノを聴いていたときだけはね、不思議と身体が軽くなっていた気がしたの。




 瀧の音には癒してくれる力があるんだって。


 すごいなぁ、素敵だなぁって。お姉ちゃん、瀧のことが心から誇らしかった。




 お姉ちゃんが褒めるたび、あなたは。




 お姉ちゃん、元気になった? 元気になった?


 って。傍に寄っては聞いてきて。




 ありがとう、元気になったよって言うと、あなたはとても可愛らしい笑顔で喜んでくれて。もう一回、もう一回弾くからって、何度も色んな曲を弾いてくれて。




 瀧。




 あなたにはすごい才能がある。人を癒す力があるんだよ。






 ある日から、あなたはもっと上手になる為にと、家を出ていった。


 その時には、お姉ちゃんは病気のことで入退院を繰り返していて、あまり瀧のピアノを聴くことも減っていた。




 また、瀧が弾くピアノの音、聴きたいなぁ。


 そう思わない日は、一日もなかったくらい。




 貴方のピアノの音が愛しく、聴きたかった。






 私には、夢があった。




 いつだったかな。昔、部屋のベッドで横になっていたときに見ていたテレビで。


 ヨーロッパの、どこの国かは覚えていなかったけど、とっても綺麗な湖に囲まれた街中に、青いガラスで造られたグランドピアノがあって。




 うわぁ。きれいだなぁって。


 病気が治って、大きくなったらいつかここに行ってみたいなぁって思って。


 そして、そこで瀧のピアノを聴きたいなぁって。




 素敵な街に、私の大好きな、瀧が奏でるピアノの音が広がっていくの。


 想像しただけで、お姉ちゃんワクワクしちゃって。




 それを話したら、あなたったら。


 絶対に連れていってあげるって。すごく真剣な顔をして。




 なら、私も早く自分の病気を治さなくちゃね。


 そう言ったら、瀧ったら。もっと気合いが入ったような顔になって。




 本当に。




 今までに見た事ないくらい、凛々しい顔をして。








 ごめんなさい、瀧。




 あなたには、謝らなきゃいけないことがある。




 貴方が上京してから暫くした時だった。


 お姉ちゃん、変わらず入退院を繰り返していた日々だったけど、ある日、お医者様に言われたの。






 ”もう、残りの余命が僅か1年しかもたない”って。






 お姉ちゃんが罹っていた病気は、世界中でも珍しかったものでね、今の医療技術では直す方法は無かったの。




 初めはお姉ちゃん、そんな病気絶対に治してやるんだって。必死になって、病気と闘った。




 でも。




 勝てなかったみたい。




 日に日に自分の身体が弱くなっていくのが分かった。


 どんなに頑張っても、どんなに抗っても。お姉ちゃんの身体は、少しずつ終わりに近づいているってことが、嫌というほど感じさせられた。


 お父さんも、お母さんも。瀧にも帰ってきてもらって、すぐに事情を伝えようと言っていたけれど。




 それだけは、ダメだって。


 お姉ちゃんね、瀧には内緒にして欲しいって。お願いしたの。




 だって。それを聞いたら。






 あなたは絶対に、全てを投げ出してでも帰ってくるはずだから。






 瀧。




 あなたのピアノには、とっても大きな力が宿っている。


 それは、言葉で表すなんて出来ないほどの、皆を幸せにする力。




 あなたの人生は、私にだけ囚われることはない。


 あなたの力、その奏でる音色は、もっと広く羽ばたくべきもの。




 いま、この時も。




 あなたのピアノを待っている人達が、沢山いる。


 あなたの音色に癒され、元気づけられる人達は、大勢いる。




 どうか、あなただけは。




 その努力、歩み、全てが報われてほしい。




 だって、あなたは。




 多くの人から、祝福されるべき存在だもの。








 ありがとう、瀧。




 あなたと電話で話した日々のこと。


 お姉ちゃんの声を聴いたあなたは、いつも、どんな時でも。昔と変わらず、お姉ちゃんとの会話に声を弾ませて、揚々と、心から嬉しそうに色んなことを話してくれた。




 実はね、お姉ちゃん。


 もうその頃には、とっくにこの世からはいなくなっていたはずだったの。




 でも、凄いことにね。


 お姉ちゃん、1年という余命を越えて。




 まだ、頑張れていたの。




 あの時も、ずっと。


 貴方と話せたことは、本当に奇跡だった。




 きっと、ううん




 それは間違いなく、これまで瀧がお姉ちゃんの為にピアノを弾いてくれたお陰。




 本当に、ほんとうに。








 毎日病室で聴いていた、あなたが奏でたピアノの音。


 それは、私の生きる力になった。




 病弱で、お外で遊ぶことも少なければ、お友達とも、学校に通うことも少なかった人生。




 私の人生は、他の人達よりちょっと寂しく見えたものかもしれない。




 でも、瀧のピアノが。ピアノを弾く瀧の姿が。


 私の人生を色豊かにしてくれた。




 お姉ちゃんは、幸せだった。








 あぁ。




 もっと……聴きたかったなぁ。




 悔しいなぁ。


 もっと、瀧の傍に……居たかったなぁ。




 もっと大きくなった、貴方の姿を……。




 見ていたかったなぁ…………。






 ねぇ、瀧。




 どうか、ピアノを続けてね。




 お姉ちゃんがいなくなった世界でも、沢山。ピアノを弾いてちょうだいね。




 貴方は、孤独なんかじゃない。




 お姉ちゃんがいなくなってもちゃんと、貴方のピアノを好きになって、そして。傍で聴いてくれる人が、必ず現れるから。




 だから、瀧。




 これからもずっと、元気でね。




 ちゃんと、お姉ちゃんは聴いているから。




 本当に、ありがとう。




 大好きだよ。




 瀧。

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