瀧へ
元気でいますか?
いまもどこかで、あなたが好きなピアノを弾いていますか?
お姉ちゃんは今も病室のベッドで、窓に映る変わらない景色を見ています。
でも、あなたが奏でる音を思い出しながら過ごしてるから、退屈なんて日はないよ。
瀧の活躍を聞くたび、お姉ちゃんは心から嬉しくて。
あぁ、早くあなたの音を聴きたいなって。いつも、楽しみにしてる。
懐かしいな。
昔、あなたがよく家の練習部屋にお姉ちゃんを連れて、ピアノを聴かせてくれたこと。
小さい時からの病気で寝込んでいた私を、元気にしてあげるからと。
見るたびに、聴くたびに。あなたがどんどん上手に、素敵になっていたのが分かった。
お姉ちゃんは病弱だったから、自分の身体を動かすのも重くて大変だった。でもね、瀧のピアノを聴いていたときだけはね、不思議と身体が軽くなっていた気がしたの。
瀧の音には癒してくれる力があるんだって。
すごいなぁ、素敵だなぁって。お姉ちゃん、瀧のことが心から誇らしかった。
お姉ちゃんが褒めるたび、あなたは。
お姉ちゃん、元気になった? 元気になった?
って。傍に寄っては聞いてきて。
ありがとう、元気になったよって言うと、あなたはとても可愛らしい笑顔で喜んでくれて。もう一回、もう一回弾くからって、何度も色んな曲を弾いてくれて。
瀧。
あなたにはすごい才能がある。人を癒す力があるんだよ。
ある日から、あなたはもっと上手になる為にと、家を出ていった。
その時には、お姉ちゃんは病気のことで入退院を繰り返していて、あまり瀧のピアノを聴くことも減っていた。
また、瀧が弾くピアノの音、聴きたいなぁ。
そう思わない日は、一日もなかったくらい。
貴方のピアノの音が愛しく、聴きたかった。
私には、夢があった。
いつだったかな。昔、部屋のベッドで横になっていたときに見ていたテレビで。
ヨーロッパの、どこの国かは覚えていなかったけど、とっても綺麗な湖に囲まれた街中に、青いガラスで造られたグランドピアノがあって。
うわぁ。きれいだなぁって。
病気が治って、大きくなったらいつかここに行ってみたいなぁって思って。
そして、そこで瀧のピアノを聴きたいなぁって。
素敵な街に、私の大好きな、瀧が奏でるピアノの音が広がっていくの。
想像しただけで、お姉ちゃんワクワクしちゃって。
それを話したら、あなたったら。
絶対に連れていってあげるって。すごく真剣な顔をして。
なら、私も早く自分の病気を治さなくちゃね。
そう言ったら、瀧ったら。もっと気合いが入ったような顔になって。
本当に。
今までに見た事ないくらい、凛々しい顔をして。
ごめんなさい、瀧。
あなたには、謝らなきゃいけないことがある。
貴方が上京してから暫くした時だった。
お姉ちゃん、変わらず入退院を繰り返していた日々だったけど、ある日、お医者様に言われたの。
”もう、残りの余命が僅か1年しかもたない”って。
お姉ちゃんが罹っていた病気は、世界中でも珍しかったものでね、今の医療技術では直す方法は無かったの。
初めはお姉ちゃん、そんな病気絶対に治してやるんだって。必死になって、病気と闘った。
でも。
勝てなかったみたい。
日に日に自分の身体が弱くなっていくのが分かった。
どんなに頑張っても、どんなに抗っても。お姉ちゃんの身体は、少しずつ終わりに近づいているってことが、嫌というほど感じさせられた。
お父さんも、お母さんも。瀧にも帰ってきてもらって、すぐに事情を伝えようと言っていたけれど。
それだけは、ダメだって。
お姉ちゃんね、瀧には内緒にして欲しいって。お願いしたの。
だって。それを聞いたら。
あなたは絶対に、全てを投げ出してでも帰ってくるはずだから。
瀧。
あなたのピアノには、とっても大きな力が宿っている。
それは、言葉で表すなんて出来ないほどの、皆を幸せにする力。
あなたの人生は、私にだけ囚われることはない。
あなたの力、その奏でる音色は、もっと広く羽ばたくべきもの。
いま、この時も。
あなたのピアノを待っている人達が、沢山いる。
あなたの音色に癒され、元気づけられる人達は、大勢いる。
どうか、あなただけは。
その努力、歩み、全てが報われてほしい。
だって、あなたは。
多くの人から、祝福されるべき存在だもの。
ありがとう、瀧。
あなたと電話で話した日々のこと。
お姉ちゃんの声を聴いたあなたは、いつも、どんな時でも。昔と変わらず、お姉ちゃんとの会話に声を弾ませて、揚々と、心から嬉しそうに色んなことを話してくれた。
実はね、お姉ちゃん。
もうその頃には、とっくにこの世からはいなくなっていたはずだったの。
でも、凄いことにね。
お姉ちゃん、1年という余命を越えて。
まだ、頑張れていたの。
あの時も、ずっと。
貴方と話せたことは、本当に奇跡だった。
きっと、ううん
それは間違いなく、これまで瀧がお姉ちゃんの為にピアノを弾いてくれたお陰。
本当に、ほんとうに。
毎日病室で聴いていた、あなたが奏でたピアノの音。
それは、私の生きる力になった。
病弱で、お外で遊ぶことも少なければ、お友達とも、学校に通うことも少なかった人生。
私の人生は、他の人達よりちょっと寂しく見えたものかもしれない。
でも、瀧のピアノが。ピアノを弾く瀧の姿が。
私の人生を色豊かにしてくれた。
お姉ちゃんは、幸せだった。
あぁ。
もっと……聴きたかったなぁ。
悔しいなぁ。
もっと、瀧の傍に……居たかったなぁ。
もっと大きくなった、貴方の姿を……。
見ていたかったなぁ…………。
ねぇ、瀧。
どうか、ピアノを続けてね。
お姉ちゃんがいなくなった世界でも、沢山。ピアノを弾いてちょうだいね。
貴方は、孤独なんかじゃない。
お姉ちゃんがいなくなってもちゃんと、貴方のピアノを好きになって、そして。傍で聴いてくれる人が、必ず現れるから。
だから、瀧。
これからもずっと、元気でね。
ちゃんと、お姉ちゃんは聴いているから。
本当に、ありがとう。
大好きだよ。
瀧。