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23.顕れ、そして


「(ごめんなさい、レフィ……)」




 劇場内に舞い上がる、大量の血飛沫。




「(あなたはずっと、私を守ってくれた……)」




 人形を攻撃し、消滅させたメルクーリオは。




「(だけど……私は)」




 その、報いを受け。




「(耐えられなかった。あの人が抱える、悲しみと……)」




 ふっと、吊るされた糸が切れたように。




「(その痛みが……とても、つらかった)」




 力無く、地面に敷かれる赤いカーペットの上へと倒れ込む。












「メルさまぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」




 一瞬の静寂が訪れたのち、レフィの断末魔の叫び声が、劇場内に木霊する。




 彼女の思考と感情が。


 振り切り、そして焼き切れる。




「メル様っ……! メルさまぁっ!!」




 倒れる主人の傍へと駆け寄り、急いで身体を起こしては。




「あぁぁっ……! どうして、どうしてっ!!」




 首筋から溢れる血を止めようと、華奢な手を裂けた傷口へと当て、力強く押し込める。




「ひ、ヒール……ヒールッ!!」




 気は動転し、呼吸さえもままならない。


 だが、懸命に。主人を助けようと。




「ヒールッ! ヒールッ!!」




 懸命に。


 何度も何度も。




 治癒術を施し、叫び続けるが。




「止まってよ……ねぇっ!! 止まってよっ!!」




 回復する兆しなど、どこにもなく。押されるレフィの手の指の間からは、メルクーリオの血が、彼女の命が。無情にも、とめどなく流れ続ける。




「いや……いやぁっ!!」




 視界に映る惨状を、心の底から拒絶する。




 どうして人形に攻撃したのか。


 どうして、あの男を助けようとしたのか。


 なぜ。自分の命を捨てるようなことをしてしまったのか、と。




 助けなきゃ。


 失いたくない。


 お願いだから。お願いだから、と。




 赤に染まりゆくその両腕で、メルクーリオを抱きながら。


 レフィの中に、様々な感情が、想いが。ぐちゃぐちゃに溢れ、崩れていく。






「なん、で……」




 舞台上。




「お前……なんで」




 さきほどまで人形に襲われていた瀧。




「どう、して……」




 メルクーリオが取った行動に。


 自分を助けようと。命を投げ出したメルクーリオの行動に。




 わけが分からず、頭の中が真っ白となる。




 そして、ゆっくりと。




「なに、してるんだよ……」




 這い、起き上がっては。




「なんで、手出しなんかしたんだよ……」




 今にも消えそうで、ボロボロになったエレマ体を纏いながら。




「そんなことしたら、死ぬってことくらい……」




 メルクーリオの下へ向かおうと。




「知ってたはずだろ……?」




 足を、運ぶ。






「ァ、ァ……」




「メル様っ! 喋らないでっ!!」




 閉じていた目を、薄っすらと開くメルクーリオ。


 ぼんやりとした視界の中、近づいてくる瀧の姿を見つけると、だらんと降ろしていた手を伸ばし、口を開く。




 そして。




「あぁ……。タキ、さ……ん」




「お前……なんで」




 瀧がすぐ傍まで来た時。




「よかっ……た。無事、だったん……です、ね……」




 震える彼を、彼女は笑顔で迎い入れ、血に染まった手を、瀧の頬に優しく添える。




「あなた、を……助けたかっ……た、の……」




 それはかつて。


 昔、彼の姉が。弟へ向け、そうしたように。




「そんな……ことで……」




 理解が出来なかった。




「そんなの……」




 何故、助けたのかと。




「俺なんか……見捨ててさっさと」




 人形たちが自身に集中している間にも、己を置いていき、この場から逃げることだって出来たはずだと。




 そう、瀧は伝えようとした。




 だが。




「見捨てる、こと……なん、て。でき、ま……せん」




 メルクーリオが、それを否定する。




「あなた、は……ずっと、一人で……歩まれて、きました……」




 彼女が持つ碧の瞳が、瀧の漆黒の瞳をじっと見つめる。




「それは……とても孤独、で……つらく……苦しい道のり、で……」




 それはまるで、彼の瞳を通して心の奥底を覗くように。




「何を、言って……」




「あなたの音、から……伝わり、まし……た」




 薄暗い水底で沈み、たった一人で寂しく蹲っている姿を見つけては。




「だからっ、何を」




「分かり……ます。あなた、が……奏でる音は……人々を、幸せにして……くださる。とても……素敵、な……もの、でした」




 救おうと、手を伸ばす。




「ですが……あなたの、顔は……いつも哀しげで……心には……深い、傷を負って……」




「もういい……もういいから」




「私は……そんな、あなたが……とても悲しく……見て、いられなかった……の、です」




 頬に当てた手を、滑らせる。




「だからってっ!」




「もう、いいの……です、よ?」




「――っ!」




 その手は、地面へと降りると。




「あなたは……充分。頑張り、ました……」




 空いた瀧の手へと触れ、そっと。指を絡ませて握る。




「どうか……私が好いた、その音、を……」




 そして。




「あなた、だけ……は。レフィと、ともに……逃げ……」




 メルクーリオはそう言い残すと。




 最後に再び笑い。






 そっと、目を閉じた。










「メル、様……?」




 レフィがメルクーリオを呼ぶ。




「メル様……メル様っ!」




 だが、主人から再び返事が聴けることはなく。




「いやっ……いやぁっ!!」




 ただただ、侍女の腕に抱かれ。静かに、横たわるだけだった。




「メル様ぁっ!! メルさまぁぁぁぁっ!!!」




 叫び、喚くレフィ。




「そんな…………」


「うそ、だろ……」




 一部始終を見ていたエルフ国兵たちも、嘆くレフィに言葉を失う。




 そんな中。




「あぁ……残念です」




 大声で叫び続けるレフィをよそに、物憂げに語り出すのはツァーカム。




「彼女は死んでしまった」


「彼が演奏を止めてしまったから」


「そうです、そうです」


「全ては演奏を止めた、彼のせい」




 道化師は嘆き、赤ドレスの女は笑う。


 二つの声が、背を向ける瀧の心に、重く圧し掛かるように、強く突き刺さる。




「(どうして……)」




 茫然とする瀧。


 動かなくなったメルクーリオの姿を見ては、何も言葉は出てこず。




 彼の中にはもはや。


 感情もなく、その場から立ち上がろう気力すらも。




 そんなものは、もうどこにも無かった。




 だが、こうしている間にも。




「彼は失敗した」


「ここに、我が求める物語はありません」


「仕方がありませんが、パリアッチョ」


「オーキュノス様の命令通り。皆殺しにし、我はマナの実を回収しましょう」




 敵は情けをかけるわけはなく。


 手に持つ指揮棒を振り、人形たちへと命令を下す。




「さぁ、アトレ達」


「終演のお時間です」




 人形たちが、一斉に宙を舞う。




「や、やめろ……」




 怯えるエルフ国兵達と。




「お願い……メル様……」




 静かに眠る主人を抱きしめ、涙を流し続けるレフィ。そして。




「俺、は……」




 心を折られてしまった瀧へ向け。




「「「ギャハハハハハハッ!」」」




 人形たちは嘲笑い、その命を奪おうと構える。




「さぁ、御客様のご案内はアトレ達へ任せて」




 もうここでの用はないと。


 もうここには、己の心を躍らすものはないと。




「我はマナの実の探索と回収へと」




 ツァーカムは、己が仕える主人の命を遂行するため。


 この空間のどこかに存在するマナの実を追って。




 踵を返し。


 その場から去ろうとした。








 その、はずだった。








「……お待ちを」




 だが。




「それは、なんですか?」




 突然、ツァーカムが動きを止める。




 初めはどこかを見るわけでもなく、声だけを発しては、疑問を投げかけた。




「それは、なんですかと」


「聞いているのです」




 次に後ろを振り返っては、圧を強めて聞き直す。






 ほんの、一瞬の出来事だった。






 この場を去ろうと踵を返す直前、ツァーカムの視界に映っていたのは、無気力に地べたへ座り込む瀧の姿だった。




 けれども、僅かその視界の端で。




!」




 を、ツァーカムが捉えてしまったのだ。




 それは。




「…………え」




 瀧の手元で輝く、一つの物体。




「なんだ、これは……」




 握りしめていたはずの瀧とメルクーリオの手。


 気付けばそこには、両者の手の間には碧々と透明に煌めく。






 があった。






 誰かが用意したわけでもない。


 何かの術によるものでもない。


 どうやって顕れたのかさえ、分からない。




 誰も、ツァーカムに言われるまで気付けなかった。




 だがそれは。




「それって……」




 最初からそこにあったかのように。


 静かに、存在していた。




「なぜ、あなたが持っている」


「どこでそれを手に入れた」




 瀧が握り締めていたものの正体。




 それは。




「マナの……実」




 顕れたその存在に、誰しも目を奪われる。




「「それを寄こしなさいっ!」」




 瀧の後ろから、ツァーカムが猛烈に詰め寄ろうとする。




 すると、次の瞬間。




「なん、だ……?」




 瀧の手から離れ、ゆっくりと浮上するその実は。


 瀧の言葉に反応するかのように。




 ゆっくりと。




 導かれるよう、瀧の顔へと近づき。




 そっと。






 彼の唇へと、触れた。














「――っ!」




 どれほど時が経ったのか。


 一瞬の間か、それとも永遠の間だったかもしれない。




「こ、ここは……」




 そこは、何もない六面真っ白な空間。


 そこには、先ほどまでいたはずの大劇場はなく。




 ふと気付けば、瀧は別の空間の中に座り込んでいた。




「さっき、俺は……」




 突然、目の前にマナの実が現れた。


 そして、それは宙を浮くと、己の唇へと触れた。




 そこまでの記憶は鮮明に覚えていた。




 しかし、気付けば全く身に覚えのない空間へと移り。


 襲い掛かろうとしていた人形たちも、怯えるエルフ国兵達も。自身の前にいたメルクーリオとレフィも見当たらず。




 夢なのか、現実なのかさえ、区別がつかない。そんな不思議な、不確かな場所に、瀧はいた。




 その時だった。




「ようこそ」




「――っ!?」




 高く、芯の通った声が、空間の中に響き渡る。




 誰もいないと思っていた瀧は、その声に驚くと、思わず立ち上がっては辺りを見渡し、声の出所を探そうとする。




 すると。




「ようこそ」




 瀧の真後ろに。




「お前……」




 そこには。




「誰、だ……」




 金色に染まる長髪を伸ばし、透き通る碧のガラスで模られた水壺を膝にのせては、翆玉で造られた大きな玉座に座る、一人の女性がいた。




「こうして会うのは初めてでしょうか」




 驚く瀧に対し、落ち着いて話す女性。


 瀧の顔を見つめると、優しく微笑んでは、玉座から離れ、瀧の下へと近づこうとする。




「く、くるなっ……!」




 だが、瀧は己に近付こうとする女性を警戒すると、少しずつ後ろへ下がろうとする。




「大丈夫。ワタシはあなたの敵ではありません」




 そんな瀧を安心させようと。


 女性は静かに語らうと、少し離れた位置で一度立ち止まる。




 そして。




「ようやく、会えました」




 再び、瀧を見つめ直す女性。




「右京、瀧さん」




 はじめから知っていたかのように。


 瀧の名を呼ぶその女性は。




「ワタシは、”勝利”を司る、第七のセフィラ」




 おもむろに。




「ネツァクと、言います」






 自身の名を、口にした。

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