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22.傷跡


「…………なぜ、止められたですか?」




 静まり返る大劇場に響く、道化師の声。


 舞台上で固まる瀧を見つめ、初めは信じられないといった顔を浮かべていた道化師だったが。




「さぁ」




 その表情はすぐに。




「さぁ早くっ!」




 怒りの色へと染まりゆく。




 対し。




「あははははっ! やりましたわっ! 彼は失敗したのですっ!!」




 指揮棒を握り締めるプリマドンナは、思惑通りにいったと、瀧の演奏が止まったことで喜びに満ちた表情をしていた。




「失礼っ! プリマドンナッ!」




 道化師はすぐにプリマドンナの左手から指揮棒を奪うと、その場で乱暴に振り回し、人形たちに命令し始める。




「さぁっ! 何をしているのですっ! 早く続きを聴かせなさいっ!」




 そして、道化師の合図に、客席で待機していた人形たちが宙へと浮かび上がると。




「「「キャハハハハハハッ!」」」




 一斉に、瀧へと襲い掛かる。




「ぐっ! やめ……やめろっ!」




 演奏を止めてしまった。




 その失態に呆けている間もなく、襲い掛かる人形たちに押される瀧は、思わず椅子から転げ落ち、咄嗟に頭を抱えて舞台上にうずくまってしまう。




「ギャハッ!」




「ギシシシッ!」




 操る道化師が抱く感情に寄せられて、人形たちの顔も眼が吊り上がりっては怒りの表情を浮かべ。そして、瀧の上へと矢継ぎ早に覆い被さっていく。




 更には。




「「「ギャ―ハハハハハッ!」」」




 オーケストラの演奏を務めていた人形たちも。手に持っていた楽器を振り回し、瀧が装着するエレマ体のあちこちを殴打していく。




「やめろっ! くそっ、おいっ!!」




 すぐにその場から離れようと、身体を起こす瀧。だが、途轍もない数の人形たちを相手に囲まれては、どうすることも出来ず。




 そんな中。




「――っ! エレマ体がっ!」




 異常はすぐに現れる。


 無抵抗に殴られ続けるエレマ体。人形に攻撃される度、そのあちこちからは次々と緑色の粒子が離れていき、虚しく空間へと飛び散っていく。




「さぁっ、どうしたのですっ! 早く弾きなさいっ!!」




 激昂し続ける道化師が、プリマドンナから奪った指揮棒を客席へ叩きつけながら、瀧へ演奏を強要する。




「な、なんて……ひどい……」




 一人の人間が、数えきれないほどの人形たちに囲われ、殴打されている。


 そのあまりの様子に絶句し、言葉を失うエルフ国兵達だったが、助けようにも、人形を傷つけてしまえば自分自身も同じ目に遭うという、ツァーカムの術による制約がある以上、目の前で悲惨な状況が繰り広げられているも、瀧の下へと行く者は誰もいなかった。




「(ぐっ! うっ……!)」




 ひたすら殴られ続ける瀧。少しでも人形たちから逃れようと、舞台の上を這い、グランドピアノの下へ潜り込もうとするが。




「「「ギャハァッ!」」」




「うがっ!?」




 逃げ出そうとする瀧よりも先。回り込んでいた複数体の人形が瀧の横腹を思い切り蹴とばし、瀧をグランドピアノから大きく引き離す。




「(くそっ……埒が、あかない……!)」




 どこへ逃げても、その先で待っているのは人形たち。身体を起こせば後ろから押され、腕や脚を振り回そうとすれば、四肢を掴まれ、舞台の反対側へと飛ばされ揉みくちゃにされてしまう。




 それでもここから離れようと。


 必死に顔を上げ、三度みたび身体を起こそうとした。




 その時だった。




「――っ!」




 突然、瀧の目の前に、一枚の電子パネルが浮かび上がる。




「(まずいっ!)」




 瀧の前に現れたのは、警告を示す赤色のパネル。それは、エレマ体の耐久値が危険水域にまで達した時にのみ表示されるもの。




 それを見た瀧の顔が、一瞬にして真っ青となる。




「(このままだとっ……!)」




 エレマ体が解除されれば、基地へ帰れなくなる。


 度重なる悪い状況が。これでもかと、急速に、瀧を追い詰めていく。




「くそっ! 離れろっ!」




 必死に両腕を振り回し、取り付く人形たちを引き離そうとする瀧だが。




「ぐぁっ!?」




 抵抗しようと、人形たちの身体にその手が当たれば。


 人形に与えた分のダメージが、瀧のエレマ体を襲い、二重にその耐久値を削っていく。




「(ダメだ……本部、へ……!)」




 人形たちへの反撃を諦めれば、すぐに操作パネルを動かし、本部へと連絡を取ろうとしても。




 画面が切り替わった先に表示されたものは、【UN CONNECT接続不可】の文字。




「(一体、どうすれば……!)」




 万事休す。




 帰還もできない、基地へも連絡することができない。


 逃げることも、反撃することも。




 誰にも助けを呼ぶことも出来ない。




「ギャハハハッ!」




「ギャァーハハハハッ!」




 こうしている間にも、無力に襲われ続け、エレマ体の耐久値は減っていくばかり。




 そして、遂に。




「――っ!!」




 瀧の背中にかけて、強烈な痛みが走る。




「(な、なんだ……!?)」




 意図せぬ感覚。瀧の顔は思わず上がり、痛みが走った先へと目を向ければ。




 そこでは。




「(っ! そ、そんなっ!!)」




 装着していたエレマ体が、背中側だけに大きく穴を空け、そこから少しずつ瓦解を始めていたのだ。




「(まずいまずいまずいまずいっ……!!)」




 再び操作パネルへと目を向ける瀧。


 そこに表示されていた、電子の残量数は。




「(うそ……だろ…………)」




 もう、ほとんど残っておらず。


 瀧が装着するエレマ体には形状を保つだけの電子もなく。損傷の激しい部分から徐々に崩れていたのだった。




「ぐあぁっ!!」




 瓦解して出来たエレマ体の穴に、執拗に攻め続ける人形たち。




「ギャハハハッ!」


「ギシャァッ!」




 背中を強打し、殴り続けては瀧に痛みを与えていく。








「こ、このままでは彼が……」




 瀧が人形たちに襲われる様子を遠くから見ていたレフィ。あまりの惨状に瀧の身を心配するも、彼女も人形からの反撃を恐れ、何も出来ずにただ見過ごすことしか出来ずにいた。




 すると。




「……っ! メル、様……?」




 突然。




「メ、メル様……なにを」




 レフィの傍にいたメルクーリオが。




 ゆっくりと、舞台へ向かって歩き出す。








「さぁっ! 早く続きを弾くのですっ!」




 指揮棒を振り、人形たちを操りながら、叫び散らす道化師。




「キャハハッ!」




「ギャギャギャギャッ!」




 道化師の振る指揮棒の激しさに比例し、人形たちの動きも、更に狂暴化していく。




「(やめろっ! やめてくれっ!)」




 エレマ体が崩壊していく中。




「ぐ、あああっ!?」




 更なる強い痛みが、瀧へと襲い掛かる。




 それは、初めに瓦解した背中の部分。


 人形たちによって、頑なに攻撃され続けたその箇所の。




 服が破け、肌が露わになる。




 すると。




「お、おいっ……」




 服の中から見えたものは、瀧の背の一帯に浮かび上がる、大量の傷跡たち。




「なんだ……あの傷、は……」




 それは、この時。人形たちによってつけられたものではなく、明らかに過去につけられたもので。それを目にしたエルフ国兵達が、傷跡の生々しさに動揺の声を上げる。




「さぁっ! 弾きなさいっ!」




 ――弾きなさいっ! 右京くんっ!!




「どうして止めてしまったのですかっ!」




 ――どうしてそこで止めてしまったのですか!!




 激しさを増す、人形たちの攻撃。


 道化師の言葉が、瀧の耳につんざく。




「(いやだ……嫌だっ!)」




 あまりの痛みにうずくまり、とうとうその場から動けなくなってしまう瀧。




「ギャハハハッ!」




「ギャハハハハハッ!!」




 それでも容赦なく、狂ったように叫びながら人形たちは、瓦解するエレマ体を攻撃し続けていく。




「(こんな……ところでっ!)」




 焦り、動転し。頭の中は恐怖心で覆い尽くされる。




 こんな目に遭うためにエレマ部隊へと入ったわけではない。


 こんな、知らない世界の、辺鄙な場所で。




 理不尽に責められ、傷つけられるなど。


 一片たりとも、望んではいなかった。




「「「ギャハハハハハッ!」」」




 それでも、エレマ体の瓦解は止まることなく。


 地球への帰還の可能性が、失われていく。




 そして、とうとう。




「――っ!」




 瀧の前に浮かび上がっていた警告パネルも消えようとした。






 その時だった。






ピュリフィケイト浄化






「…………ピギャッ!?」




 瀧を襲っていた、一体の人形が。




「……え?」




「ピ……ピギギ……」




 身体中から青白い炎を上げ。




「ピギャァァァァァッ!!!!!」




 突然、苦しみ出す。




「…………は?」




 そして。




 舞台上から転がり落ち、悶え苦しんだ人形は。




「ピ……ピギャ……ァ」




 包まれる炎によって、完全にその場から消えていったのだった。




 一瞬何が起きたのか、全く分からなかった瀧。


 思わず顔を上げ、辺りを見渡せば。




「お、お前……」




 舞台下の目の前。




「め……メル、様……」




 そこには一人、涙を流し。




「どうし、て……」




 人形に向かって手を翳していたメルクーリオがいた。




 一同が、全員が、メルクーリオを見る。


 誰も何も言わない。音もなく、人形たちの動きも止まる。




 そんな中。




 ツァーカムの、二つの顔が。




 メルクーリオを見つめ、狂気的な笑みを浮かべる。




 ツァーカムが支配するこの空間、この劇場内において。


 人形を始末した。それは、自身の命を奪うことと同義。




 瀧と、メルクーリオの目が。




 一瞬だけ、合う。




 そして、次の瞬間。




「メルさまあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」




 レフィの叫び声と共に。




 メルクーリオの首から大量の鮮血が、勢いよく飛び散った。



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