「……姉さん、入るよ?」
それは、とある世界。
「……あらっ」
とある国に住む。
「おはよう」
ある、姉弟の。
「瀧」
ものがたり。
今より少し前。
「おはよう、姉さん」
小さな一軒家に、二人の姉弟がおりました。
「今日は朝から瀧が来てくれるなんて」
「本当は毎日でも行きたいんだけど、なかなかね……」
弟は姉をよく気に掛け。
「いいのいいの。瀧の顔が見れるだけでも、お姉ちゃん嬉しい」
姉もまた、弟を慕っており。
「ねぇ、聞いてよ姉さんっ。俺、この前またコンクールで優勝したんだっ」
「えぇ。お姉ちゃんも、お母さんから聞いていたわ。ますます瀧が有名になっていって。本当に、自慢の弟よ」
「へへっ。ねぇっ、姉さん。久々にまた、姉さんに新しく練習した曲を聴かせたいんだけど、今日は……部屋から出られそう?」
「あらっ、ほんと? 嬉しい。そうね、今日はいつもより身体の調子も良いから……あとでお母さんにお願いして、瀧のピアノを聴かせてもらうね」
「いいのっ!? やったっ! それじゃ、今から準備してくるね!」
かれこれ喧嘩もしたことなく。
「…………ふふっ。立派になっても、相変わらずね」
それはそれは、とても仲の良い姉弟でした。
* * *
「……じゃあ、始めるよ。姉さん」
「えぇ、いつでも」
弟のほうには昔から、ピアノの才がありました。
「……すぅー。ふっ」
初めは家にあった小さなピアノを見て、興味本位で始めた程度でしたが、その才能を見出されて以降は、みるみるうちに上達し、あっという間に国内のコンクールで数々の賞を受賞するまでに成長しました。
「(あぁ…………)」
弟が弾くその演奏。
奏でられる音は美しく、そして、柔らかで暖かく。
家から漏れる音は、外を歩く人、犬、小鳥たちでさえも虜にし。
「(本当に、貴方の演奏はいつ聴いても……)」
癒し、聴く人の心全てを穏やかにさせました。
「……ふぅ。姉さん、どうだった?」
「えぇ。とっても素敵だったよ」
「ほんとっ!」
「えぇ、本当に。また、上手になったね」
「ねぇねぇっ! 次はねっ! この曲をねっ!」
「ふふっ。はいはい、そう慌てないで」
弟はいつも姉の為にと演奏し、それを聴く姉も、弟の演奏に心から感動しては、満面の笑みを咲かせ、とても喜んでいました。
「あらあら瀧ったら。また
そんな様子を遠くから見つめる母親も、二人の仲が微笑ましく映り。
「大きくなっても相変わらずだな、瀧は」
半ば呆れながら、けど嬉しそうに。母親の傍で一緒に見つめる父親も、姉弟の楽しそうな光景に目を細ばせて。
本当に、幸せそうな家族でした。
「さっ、二人とも。そろそろ朝ごはんの時間に」
ですが。
「……ゴホッ! カハッ!」
「っ!? 姉さんっ!」
姉のほうは。
「大丈夫かっ!?」
「いけないっ! また発作がっ……すぐに部屋に戻って看病をっ!」
「姉さんっ!? 姉さんっ!!」
寝たきりの生活を強いられるほど。
「だい、じょう……ぶ、カハッ! ゴホッ!」
生まれた時から、とても病弱な体質だったのです。
* * *
「姉さん……」
その夜。
姉の病状を心配する弟は、ベッドで横になる姉の手を握っては一人、傍に寄り添いずっと看病を続けていました。
「ごめん、姉さん……」
薄暗い部屋の中、灯り一つにぼんやりと照らされる姉の寝顔。
「俺が姉さんの身体のことを考えずに……」
姉の容態は落ち着き、いまはベッドの上で静かに寝息を立てているとはいえ、弟は姉を振り回してしまったことを後悔し、項垂れ気に病んでいると。
「…………瀧?」
「っ! 姉さ、ん……」
弟の声に気付いた姉が、ゆっくりと目を開けました。
「……どうしたの? そんな悲しそうな顔をして」
目を覚ました姉は、目の前にいる弟が暗い顔をしていたことが気になり、思わず尋ねます。
「俺……姉さんのこと考えずに、無理させて……」
「あら。そんなことを……」
弟からの返事を聞いた姉は、小さく微笑むと弟に握られた手を解き。
「……姉さん?」
心配そうな顔を向ける弟の頬に、その手を当て。
「ほんとうに、貴方は優しい弟ね……」
優しく撫でては大丈夫だよと、弟の心を労わります。
「……ねぇ、瀧」
暫くして。
「ねぇ、瀧」
「……? どうしたの、姉さん」
突然、姉は弟の名を呼びます。
「あのね、姉さんね」
すると、姉は。
「一つ、大きな夢があるの」
弟に向かい。
「…………夢?」
「そう、お姉ちゃんの、夢」
夢を、語り始めます。
「それはね……」
姉が弟に語った夢。
それは、とても煌びやかで、ロマンチックな夢でした。
頬を少し赤らめながらも、姉は目を輝かせ、楽しそうに話し、それを弟は静かに聴いていました。
そして。
「姉さん」
姉が夢を語り終わった後。
「俺、絶対その夢叶えるから」
弟は、再び姉の手を握ると。
「ふふっ、ほんと?」
「うん、絶対に」
真っすぐ目を見て約束するのです。
「それじゃ、お姉ちゃんも頑張らないとね」
そんな真剣な弟の顔を見て喜ぶ姉は、そっと弟を抱き寄せ。
「ありがとう、瀧」
精一杯の感謝を伝えるのでした。