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14.覗かれた記憶


「うわぁぁぁぁっ!」




「やめろっ! こっちに来るなぁっ!」




 絶叫するエルフ国兵達。




「全員床に伏せろぉっ!!」




 夥しい数の人形たちが頭上を飛び交えば、咄嗟に身を伏せ奇襲から逃れようとする。




「キシャァッ!」




「ぎゃあぁ!?」




 だが、人形たちは口から牙を剥きだし、指先からは長い爪を伸ばして、頭を抱え身を伏せる者達へと容赦なく襲い掛かる。




「くそっ! こっちに来るなっ!」




「メル様っ! こちらに身を伏せてっ!」




 纏わりつこうとする人形を、手足を振って追い払おうとする瀧。


 その隣、主人を守ろうと身を挺すレフィが、座席の裏へとメルクーリオを隠れさせる。




「ギャアアッ!」




「いやだっ! いやだぁぁっ!!」




 たちまち悲鳴で溢れかえる劇場内。




「ふふ……ふははははははっ!」




 そこに歓迎など程遠く。


 地獄絵図と化す光景を、舞台の上から眺めるツァーカムが天井を仰ぎ、腹の底から高らかに嘲笑う。




 すると。




「はぁ……はぁ……。お前が……」




「……ん?」




 ツァーカムが立つ舞台の、その上手側。




「お前が、この国を……生命の樹を……。こんな滅茶苦茶にしたのかぁぁっ!!」




 一人のエルフ国兵が襲い掛かる人形たちの群れを掻い潜り舞台へと上がると、槍を手に持ち叫びながら、ツァーカムの下へと近づこうとする。




「おぉっ! なんと勇ましいその姿っ! 立ちはだかる困難を掻い潜り、強大な敵に向かおうとする、その精神!」




 己の国を、民と家もボロボロにされた怒りと屈辱で顔を真っ赤にさせ、両眼に憎悪を籠めツァーカムを睨むエルフ国兵だが、そんなエルフ国兵に対しツァーカムは一切動揺を見せる様子はなく。




「素晴らしい。事はそう全てが簡単には運ばない。抗い、命賭けるもまた興となりっ!」


「調子に乗ると、その首狩られますわよパリアッチョ」


「いいではないかプリマドンナ! であればそれもまた定めというものっ! この道化師、喜んで受け入れようっ!」




 むしろこの状況を悦び、赤い瞳を不気味に輝かせ、恍惚とした表情を浮かべる。




「ですが御客様。先ほどの申し出ですが、この生命の樹を変化させたのは我ではなく」


「黙れっ! お前を殺せばこんなデタラメも全部っ!」




 次にツァーカムが口を開くも先。敵の心臓に狙いを定めたエルフ国兵が、猛烈な勢いでその場から蹴り出し、一直線に鋭い突きを繰り出すが。




 刹那。




「キシャァァッ!」


「っ!?」




 どこからともなく、一体の人形がツァーカムとエルフ国兵の間に入る。




 意表を突かれたエルフ国兵。


 邪魔が入ったことにより、態勢を整えようとその場で踏ん張り直すも、一度動き出した勢いを止めることは出来ず。




「ピギャッ!?」




 構えていた槍の刃先はツァーカムの心臓を捉えることはなく、代わりに人形の胴体へと突き刺さる。




「くそっ! こいつっ!」




 刃先に突き刺さった人形を取り外そうと、すぐに槍をぶん回すエルフ国兵。


 しかし、槍深く突き刺さった人形の胴体部は柄の部分に引っ掛かり、なかなか外すことが出来ず。




「この野郎っ! 離れろっ!」


「ピギャッ! ピギャッ!」




 三度みたび槍を振り続けるエルフ国兵。ようやく刃先から人形を外すも、胴を貫かれた人形は舞台に落ちた人形は動きを止めることなく、手足をばたつかせ、再び浮上しようとする。




「グギ……ギギギギギ」




「気を付けろっ! そいつはまだ動くぞっ!」




 物陰に潜み、遠くから仲間の反撃を見ていた他のエルフ国兵達。


 この建物へと入る前に起きた戦闘の中で、人形たちに物理攻撃が効かないことは記憶に新しく。再び動き出そうとする人形へ向けみなが警戒する。




 だが。




「グギ……ギ……」




 胴を貫かれた人形の動きは、予想に反して段々と弱々しくなると。




「ギ……ギィ」




 遂にはその動きを止め、全く動かなくなってしまう。




「な、なんだ……? 動かない、のか……?」




 人形は再び動き出すと思い込んでいたエルフ国兵。敵の反撃に備え槍を向け続けていたが、それでも人形は動き出す気配を一切見せなかった。




「は、はは……」




 槍の刃先で人形の胴体を小突き、完全に事切れているのに気付く。




 途端。




「やれる…………こいつら、やれるぞっ!」




 人形は倒せると。


 攻撃が通用しない相手だと思っていたが、それは偶々に過ぎなかったことなのだと。




「次はお前だぁっ!」




 そう思い込んだエルフ国兵。


 その気持ち、そのまま勢いを乗せ、敵を狩ろうと倒れた人形から道化師へと槍を向け直す。




 ところが。




「っ!?」




 エルフ国兵が、ツァーカムを見た瞬間だった。




「な、なんだ……お前」




 思わずエルフ国兵がその場に立ち止まる。




 彼が見たのは、ツァーカムの顔。




「うぅぅ……」




 道化師は嘆き。




「フフッ……」




 赤ドレスの女が笑う。




 振り返った彼を待ち受けていたその表情には、これまでにない不気味さが。




 エルフ国兵に、強烈な違和感を植え付ける。




「……くっ! これでもくらえっ!!」




 嫌な予感。


 それでもこの好機を逃さんと。他の人形たちがまた庇う前に、いざツァーカム目掛けて槍を構えて突進を始めた。




 その時だった。




「……ゴハッ」




 それは、突然のこと。




「……は?」




 何の前触れもなく、エルフ国兵の胴体に。




「どう、して……」




 大きな風穴が現れる。




 頭が真っ白になるエルフ国兵。




 すると。




「はっ……! あっ……が、がぁ……」




 突然エルフ国兵は苦しみ出し、全身に力を入れることが出来ずに膝から地面へと倒れ込む。




 そして。




「ぁあ……? なん、で……」




 そのまま身体中から大量の血を流したまま。




 遂には舞台の上で息絶えてしまったのだった。




「ひ……ひぃっ!?」




 目の前で突然、同胞が死んだことに驚く他のエルフ国兵たち。




「いま……何が起きて……」




 誰も触れていない。


 誰もその場から動いていない。




 人形も、道化師でさえも手を出していない。




 にも拘わらず、胴体には人ひとりの腕が通るほどの穴が空き、身体中を血に染めひとりでに倒れてしまった。




「あぁ。なんと嘆かわしい」




 何が起きたのかすら分からず、みな呆気にとられる中、道化師が声を嗄らせる。




「御客様。あぁ、そうです。それは大事な存在です」




「ですが、役者も大切です」




「そうですそうです、プリマドンナ」




「彼は役者を傷つけた」




「えぇ、その通り」




「役者を傷つける者は」




「たとえ御客様であったとしても」






「「許しません」」






 二つの顔が、怒りの形相へと変貌する。




「き、貴様っ! 何をしたっ!!」




 隠れるエルフ国兵が、同胞の亡骸を見つめながら、怒りと恐怖で声を震わせる。




「怒りますか、そうですか」




「ですが、彼は選んだ業を進んだだけ」




「我に落ち度はありません」




 再び表情を平然とさせるツァーカムは。




「だが他の御客様には罪はない」




「えぇそうですわ、パリアッチョ」




「問いに答えぬは筋違い」




「きちんと説明いたしましょう」




 ゆっくりと、死んだエルフ国兵の下へと向かう。




 次には。




「「” בְּשֶׁקֶטレシェケッツ ” ― 静粛に ―」」




 小さく言葉を唱えると。




 その瞬間。




「「「「「……………………」」」」」




 宙を舞っていた人形たちが、一斉に動きを止める。








「順にお話いたしましょう」




「彼の身に何があったかを語る前に」




「はじめに仰っていた、”お前がこの場所を滅茶苦茶にしたのか”との問いについて」




 静まり返る大劇場。




「滅相もないことです。ワタクシにはこのような力はありません」




「これも全てはオーキュノス様のお力」




「あぁ、素晴らしい。素晴らしい」




 皆の注目が集まる中で、ツァーカムは。




「だが一つ。違う点を申し上げるならば」




「ここだけは、この場所だけは。ワタクシの力で創造いたしました」




「素敵でしょう?」




「そうでしょう?」




 転がる死体を見ては。




「(……あいつらが、ここをだと?)」




 跨ぎ、その周りを何度も歩き回る。




「ここは我も知らない不思議な場所」




「とある者の記憶から、模倣いたしました」




「その者が宿す力、それは誰より大きいもの」




「きっとその力に惹かれたのでしょう」




 するとツァーカムは、舞台の前まで歩むと、ある一点へ視線を送る。




「知っているはず、その者は」




「ここがどのような場所だったのか、知っている」




 劇場に響く二つの声。


 謳われる言葉は獲物を追い詰めるかのように、空間を移動する。




「我は記憶が覗けます」


「(まさか……)」




「その者の過去が、分かります」


「(ウソに決まっている……)」




 確信めいた表情で。




「……タキ、さ……ん?」




 語り続ける二種の顔。




「その者が語らないと仰るならば」


「(やめろ……)」




 心の中で、拒絶する。




「代わりに謳って差し上げましょうか?」


「(一体、お前らは何なんだ……)」




 過去の、出来事その全て。




「「さぁ」」




 ツァーカムが見つめていた先にあったもの。




 それは。




「「どうされますか?」」




 怯え、今にも泣きそうな。


 言葉には表しきれないほど。




「「右京、瀧さま」」




 どうしようもなく歪ませた。




 瀧の顔だった。

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