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13.ツァーカム


「「今宵は素敵な劇をお届けいたしましょう」」




 瀧達の前に広がるは、天高く、円状に造られた大劇場。


 その最前、舞台上。




 右半身が道化師に、左半身が赤のドレスを身に纏った女の姿をした奇怪な者が、瀧達に向かって深くお辞儀をする。




「今宵いらっしゃったお客様は……屈強なエルフの兵士が数十人に、人族の女性が二人。そして……ふむ。これはこれは」


「不思議な格好をした御客様もいらっしゃいますが。それも、大事な御客様」


「えぇ、そうですっ! 姿形など関係ない。ここに来たらばみな御客様。我が心をば、躍らせます」




 道化師が口を開けば赤ドレスの女が黙り、道化師が黙れば赤ドレスの女が口を開く。




 深いバリトンボイスに、甲高いソプラノボイス。


 二種の声が同一の者から交互に発せられるその様子は、まさに奇妙奇怪。




「ば、化け物めっ!」




「貴様っ、何者だっ!?」




 突然目の前に現れた謎の存在に、騒めきたてるエルフ国兵達。




「おぉ、御客様。どうかお静かに。ここは神聖なる場、そのような荒立ては大変困りますゆえ」


「ですがこちらも名乗らないのは失礼というもの」


「あぁ、そうです。我が愛しのプリマドンナ。許しを請うならまずはこちらから。きちんと礼を通さねば」




 恫喝の声に反応したその様相。赤ドレスの女の顔は無表情のまま、だが、道化師の顔は悲しみに暮れ、嘆き始めてはポケットから一枚のハンカチを取り出すと、目から零れる涙をふく。




「あれは、一体……なんなのですか……」




 その表情の変化を遠くから窺っていたレフィ。


 表情も、仕草も左右で全く違う化け物に対し、その気持ち悪さに思わず吐き気を催す。




「これはこれは。大変失礼いたしました」




 そして、道化師がハンカチを元のポケットに戻すと、改まった様子で口を開き、胸に手を当て再び頭を下げる。




「ご紹介遅れて申し訳ありません。我の名は、ツァーカム」


「ワタクシの名も、ツァーカム」


「あぁっ、そうです。どちらがツァーカムなどかは関係ない」


「どちらもツァーカムで、どちらもツァーカム」




 台詞を謳うよう、独特なリズムで喋り続ける両者。


 詫びては名乗り、屈める上半身をゆっくり起こせば。




「「魔族、オーキュノス様の配下にて、十のクリファが一人の者となります」」




「「「っ!」」」




 両者とも、口角を上げにやりと笑い、目じりを下げた二種の眼が、嘲笑うかのよう一同を見渡す。




「魔族だとっ!?」




「貴様っ! そこから動くなっ!」




「全員奴を包囲せよっ!!」




 魔族という言葉が発せられた瞬間、これまでにない緊張がその場に一気に駆け抜ける。




「素晴らしいっ! 魔族と聞いてなお恐れを抱かんその勇猛な姿!」


「悦ぶのもいいですが、パリアッチョ。そろそろ幕を開けましてよ」


「あぁっ、その通りだっ! 我が愛しのプリマドンナ」




 エルフ国兵によって囲われるツァーカム。だが、そこに焦る様子などは一切なく。己に向けられる武器を舞台上から見つめては、恍惚な表情を浮かべ。この状況を楽しむほど。




 そんな中。




「奴が……魔族、だと?」


「そんなっ! メル様、早くここから逃げましょう! この状況では誰が相手でも敵う者ではっ!」




 劇場前方でツァーカムとエルフ国兵達がやり取りをする間、後方では声を押し殺して話をしていた瀧とレフィ達。


 味方も少ない状況下、すぐに分が悪いと判断すると、敵に気付かれないよう、後ろに見える赤い出入口扉のほうへと逃げ込もうとしたが。




「おや? 御客様。何をそんなに慌てまして」


「「「っ!?」」」




 先ほどまで舞台上にいたはずのツァーカム。




「ど、どうして……そこ、に……」




 レフィが振り返ったその瞬間。




「これから幕が上がりますゆえ、そろそろお席につかれては?」


「えぇ、そうです。プリマドンナ。あぁ、もしや! どの席についてよいか悩んでおられるのですね!」




 今この時まで、そこには居なかったはずが。




「「御案内いたしましょう」」




 レフィ達の目の前に、逆さのまま宙に浮かんでは笑いながら待ち構えていた。




「…………ひっ」




 何がなんだが分からず、混乱する瀧ら。


 あまりの不気味さと恐怖が相まり、メルクーリオを後ろに庇っていたレフィが、思わず小さい悲鳴を上げる。




「それではっ!」




 そんなレフィ達の様子を見て楽しむツァーカム。


 合図を送るよう、一つ大声を上げ手を叩く。




 すると。




「な、なんだっ!?」


「急に灯りがっ!」


「くそっ! 何も見えんっ!」




 突然、大劇場の灯り全てが一瞬にして消えては、辺りが真っ暗闇となる。




「ごめんください」




 何もみえない中、どこからともなく聴こえる、深みのある声。




「ごめんくださいませっ!」




 そして。




「紳士、淑女の皆様方っ!」




「「「っ!」」」




 舞台下手に一つのスポットライトが灯されれば、再びそこにはツァーカムが。




「今宵は我が劇へお越し下さり感謝いたします! まもなく幕が上がりますが、まずは御客様を素敵な席に御案内いたしましょう!」




 右腕を広げ、意気揚々と喋る道化師。




「では、皆様……御入場あれっ!」




 そして、二度手を叩けば。




「…………うわぁぁぁぁあっ!」




 大劇場全体が灯りで照らされた瞬間。




「なんでっ!? こいつらがいるんだぁぁっ!!」




「く、くるなっ! くるなぁぁっ!!」




 先ほどまで空だったはずの席には。




「嘘……でしょ…………」


「なんて、数……」




 そこには、建物に入る直前まで瀧達に襲い掛かっていた奴らと同じ西洋人形が座っていた。




 一瞬にして大混乱に陥ってしまうエルフ国兵達。


 たちまちその場から逃げようとするも、右も左にも人形がずらっと並び、上階を見上げても、そこにも空席一つなく。人形たちは表情一つ変えず、静かに座り、碧い眼で彼らのことをじっと見つめて待ち構えていた。




「今宵、幕が開けますこの舞台っ! 前口上を務めるのは我、パリアッチョ道化師なり。だが役目となるのはこの時までっ。紡ぐ担い手は役者にこそっ!」




 ツァーカムの言葉に、一斉に立ち上がる人形たち。




「お魅せいたしますは生とし生けるものが抱いた様々な情が織り成す物語」




 舞台上、ツァーカムが踊れば人形は。




「憤り」




 怒り。




「嘆き」




 哀しみ。




「味わい!」




 楽しみ。




 そして。




「愉悦っ!!」




「「「「「アハハハハハハハハハハハッ!」」」」」




 喜び。




 ツァーカムの言葉に合わせ、その表情、仕草を変えていく。




「やめて……やめてっ!」




「なん……て、悍ま……し、い……」




 劇場内に絶えず響き渡る人形たちの笑い声。堪らずレフィは耳を塞ぎ、メルクーリオはその光景に気圧される。




「精一杯っ! お届けするのは我がアトレ人形たちっ!」




「「「「「……………………」」」」」




 一瞬の静寂が、訪れる。




 だが。




「さぁ、御客様をお席へ!」




 ツァーカムの合図と同時、席にいた人形たちは。




「「「「「キャハハハハハハハハハハッ!!」」」」」 




 一斉に、宙を舞い。




「「「うわぁぁぁぁぁっ!?」」」




 瀧達を、襲い始めた。

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