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9.お人形


-エレマ部隊本部基地 制御室-




「エンジニアッ! 復旧はまだなのかっ!?」




 彩楓との通信が途絶えてからというもの、続けて三将達が装着するエレマ体の情報すらも届かなくなってしまった制御室。


 あれから数十分が過ぎようとしてもなお、不具合の原因は掴めず。それでもエンジニア達は複数ある操作パネルを駆使し、接続回路やプログラムの全てを隈なくチェックし続けていた。




「くそっ! 一体なぜ、こんな……!」




 エンジニアからの報告資料を何度も確認する井後だが、そこに明記されている内容には、原因となりそうな情報はなく。それは向こう側、すなわちエレマ体を装着した三将達の環境に問題がある可能性を強く残すものだった。




「これではどうあがいても……! なんとか……なんとか繋がらないかっ!」




 今、こうしている間にも、瀧のエレマ体に異常が発生しているなどと井後達に伝わることはなく。




「もし……もし何かがあったとしたら……!」




 ただ、不吉な予感だけが井後の中で気色悪く這い上ってくる。




 すると。




「-総隊長っ! 取れますかっ!?―」




 その時突然、アレット向けの回線とは別、基地内部での通信回路から井後宛の連絡が入ってくる。




「どうしたっ!」




 どこからの連絡かと、すぐに回線パネルを確認する井後。そして、パネル上。通信中を示す電光が点滅をしていた箇所は。




「……転送装置所から?」




 井後に通信を送ってきた人物は、転送装置を管理していた職員からのものだった。




「どうしたっ、何かあったのか?」




 職員からの通信に応じる井後は、眉をひそめながらパネルに向かって尋ねると。




「-そ、総隊長っ! た、大変ですっ!-」




 パネルの向こう側からは、何かに対して怯えるような、酷く狼狽えた声が返ってくる。




 そして。




「落ち着けっ、何があったんだ!」




 次に職員から告げられたのは。




「-あ、天下様が……修理中だったエレマ体を取り、転送装置を起動させようとしていますっ!-」


「なんだとっ!?」




 謹慎を破り、部屋から抜け出しては、再び勝手な行動を取ろうとし始める烈志の様子だった。




「ふざけるなっ! 係員っ! 今すぐ天下の身柄を抑えるんだっ!!」




 それを聞き、般若の様相となった井後は、すぐに職員に対して烈志を取り押さえるよう命令を出すも。




「-そ、それがっ! 私が止めようにも止められずっ! 無理やりにっ!!-」




 既に職員も烈志を引き留めようと尽力したものの、それでも言う事を聞いてはくれなかったと。職員が半泣きになりながら井後にすがりつく。




「くそっ! 待ってろっ!! 今すぐそこへ向かうっ!」




 職員の様子に、井後は居てもたってもいられず通信を切るとすぐに席を離れ、一時その場をエンジニアに任せては、急いで転送装置のほうへと向かっていった。




* * *




「お、お前はっ……」




 生命の樹内部、突如エレマ体が消耗を始めたことに慌て、急いで出口を探そうと空間中を駆けまわっていた瀧。その道中、曲がり角の先で遭遇したのは。




「はぁ……はぁ……。何かと思えば、あなただったのですね……」


「タ……タキ、さん……」




 同じく出口を探しては生命の樹内を歩いていたメルクーリオとレフィの二人だった。




「なんだ……お前達だったのか」


「なんだとはなんですか? あなたこそ、そんなに慌てて。こんなところで何をして」




 敵ではなかったことに一瞬安堵する瀧だったが、思わず口から漏れた言葉に嫌気をさしたレフィは表情をムッとさせ、怒り口調で瀧に詰め寄る。




「いや、俺は……。っ! い、いやっ! そんなことよりっ!」




 だが、すぐに瀧は自身が着るエレマ体の異常を思い出し、二人に構ってはいられないとその場を後にしようとすると。




「タキっ……さんっ!」




 と、暗く沈んだ空間の中、一凛の花が咲いたようなパッと明るい表情を浮かべたメルクーリオが近づこうとする。




「おいっ、よせっ! お前なんかに構っている場合なんかじゃっ!」




 それを鬱陶しく思った瀧が、目の前にくるメルクーリオを傍にどかそうと、彼女の肩に触れようとした時。




「っ! お前……なんでお前だけが光っている」




 突然、メルクーリオの身体を見ては不可解な面持ちになったのだ。




「は? なんのことを言って?」




 それを聞いたレフィが、瀧が何の話をしているのやらと眉間に皺を寄せる。




「いや、お前……分かるだろ? ほら、こいつの身体、光って……」




 瀧はメルクーリオの身体を指差しては、これだよこれと、自分が何のことを言っているのかを伝えようと指摘し続けるも。




「……? いえ、私からは特に何も見えはしませんが?」




「なんだと……?」




 レフィの眼には瀧が見ているものは見えておらず。首を傾げては、ただ目の前の男がずっと虚言を張っているとだけにしか映らなかった。




「あ……の、タキ……さ、ん。そん、な……に見つめられ……ては」




 肝心のメルクーリオはというと、先程からずっと瀧に見られ続けては、顔を赤らめながら恥ずかしそうな素振りをする。




 すると。




「っ! 待て……異常が……収まっている?」




 今度は瀧はメルクーリオを差す自分の手の指に視線を移すと、先程までブレていたはずの現象が消えていることに気付く。




「まさか、そんなっ……」




 急いでパネルを起動させ、ステータス画面を確認する瀧。


 今一度見ると、そこには先程まで減少していたはずの電子の残量数が、僅かだが回復し、なお且つそこから再び減るような様子は見られなかったのだ。




「お前……それはなんだ? なにかの魔法なのか?」




 目を丸くし、ステータス画面を起動させたまま再びメルクーリオのほうを向く瀧。




「なん……の、ことで……しょう、か?」




 だが、それでもなおメルクーリオにはその自覚はなく。




「どういうことだ……?」




 メルクーリオらと再会してからずっと、瀧の眼に映っていたもの。


 それは、メルクーリオの身体の表層。そこには、彼女の身体を包み込むように、淡い蒼の光が薄っすらと輝いていたのだ。 




 だが、当の本人のメルクーリオさえも、その異変には気付かず。物珍し気に見る瀧に羞恥しては、じっとしていられない様子でソワソワと、自分の両頬に手を当ててはその場を往生する。




「そんなことよりっ! メル様、こんなやつ放っといて早く出口を!」




 ここでそんなやり取りにかまけてられないと、レフィが動こうとしないメルクーリオの手を掴み、通路の先へと進もうとした時。




「いたぞっ! あそこだっ!!」




「「「っ!」」」




 揺れが起きた後、メルクーリオやレフィ、瀧とはぐれてしまっていたエルフ国兵達が、声を荒げながら狭い通路を掻き分け、彼らの前に姿を現したのだ。




「貴様ら、そこから動くなよ……よくも神聖なる生命の樹をこんな目にっ!!」




 そして、すぐさま瀧達を円状に囲い始めると、持っている武器を突き出しては拘束しようとする。




「そんなっ! 私達は全く関係ありませんっ! これも魔族の仕業で」


「ええいっ! 聞き分けはいらんっ! ここまで立て続けに起きた異変も、全て貴様らがこの国に入国してから起きたことじゃないかっ! 今すぐ元の姿に戻せっ!!」




 言いがかりをつけてくるエルフ国兵に対しすぐさまレフィが抗議するも、彼らは聞く耳を持つことはなく。激昂するエルフ国兵は更に武器の刃先を瀧達に近付け、ジリジリと追い詰めていく。




「だから私達はっ!」




 必死に身の潔白を訴えようと再びレフィが異議を申し立てようとした。




 その時だった。




「…………待て」




 突然、瀧がその場にいる全員に聴こえるよう、低く吐息を混ぜた声を発する。




 そして。




「何か、聴こえる」




 と、何も見えない空間の先をじっと見つめては、そっと耳を澄まし微かに聴こえてくる音の正体を探る。そして。




「…………フフッ」




 瀧が見つめる先から、何者かの声が小さく聞こえ始める。




「フフフッ…………ハハハハハハッ」




 それは段々と大きくなり、やがて、高く子どものような笑い声がハッキリと聴こえだした時。




 暗闇の中から現れたものは。




「に、人形……?」




 赤い瞳を持ち、静かな笑みを浮かべた一体の西洋人形。




 それは、誰の力も借りず、一人でに宙を浮き、瀧達の下へと近づいてきたのだった。




「な、なんだ……あれは」




 突然現れた人形に、その場にいる全員が気味悪がる。




 すると。




「フフッ……アハハ……アハハハハハハハハハハハハッ!!!」




 先ほどまで浮かべていた笑顔とは打って変わり、人形は狂気的な笑い声を上げ始めた途端、大きく口を開けると長い牙をむき出し、瀧達に向かって突進してきたのだ。




「うわっ! なんだこいつっ!?」




 突然襲い掛かってきたに人形に驚く一同。頭上を越え、右に左とまとわりつくように飛び回る人形に騒ぐ中。




「くそっ! この野郎っ!!」




 瀧達を見張っていた一人のエルフ国兵が、己の武器を取り出し人形目掛けて一突きするも。




「パギャッ!? …………フフフッ、アハハハハハハハハハッ!!!」




 一度は動きを止めたかに思われたが、刺した武器は確実に人形の胴体部を貫き大きく損傷を与えたにも関わらず、人形は再び動作を始めては高笑い、貫かれたまま刃先の部分で暴れ始めたのだ。




「こ、こいつっ! 止まらな……うわぁっ!?」




「アハハハハハハハッ!」




 そして、人形は再び口を大きく開けると、自分を襲ってきたエルフ国兵に向かって飛び掛かろうとした。




 その時。




エクソサイスッ祓え!」




「っ!? ピギャァァッ!?」




 誰かの叫び声と同時、人形は青白い炎に包み込まれると、途端に苦しみ出し、地面に転がり暴れ始める。




 そして。




「ア……ァァ……ァ」




 暫くすると、地面に倒れ込んだ人形の動きは鈍り。そして、最後には青白い炎が人形の身体全てを焼き払ったのだった。




「こ、これは……」




 灰になった人形を見つめるエルフ国兵達。


 暫くして、それを誰がやったのかと辺りを見渡すと。




「やっぱり」




 彼らの前に出てきたのはレフィ。




「この人形、ゴースト系の魔物です」




 冷静に、黒焦げになった地面を見つめては、襲い掛かってきた西洋人形のことを分析する。




「ご、ゴースト系だと? そんな奴、生命の樹では今までっ!」




 レフィの言葉に動揺するエルフ国兵達。だが、レフィの眼は鋭く、ただじっと、己が倒した敵の残骸だけを見つめていた。




「ここに居てはまずいです。メル様、早くここから脱出を「ちょっと待て」っ!」




 そして、辺りを警戒しつつ、すぐこの場から去ろうとレフィがメルクーリオに声を掛けた時。




「……まさか」




 再び何も見えない暗闇の先を見つめる瀧。




「アハッ……」




 そして、またしてもその先から聞き覚えのある笑い声が一つ聴こえてきたかと思えば。




「アハハハハッ……」




「おいおい、嘘だろ……」




「そんな……」




 それを見た誰しもが、信じたくないと思ってしまった光景。




「「「アハハハハハハハハハハッ!!」」」




 姿を現し、彼らの前に立ちはだかったのは、数えきれないほどの大量の西洋人形たちだった。

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