「くっふっふ……」
戦禍の音に塗れる街とは対照的に、物音は一つせず、日も暮れ薄暗い闇に染まる森の中。
「マナの実。創造を越えた力を持つという秘めたる存在か……。手に入ればきっと、私が求める”深淵”に届くやもしれん……!」
王宮からひとっ飛びし、生命の樹へ一直線に向かっていたザフィロが、恍惚とした表情を浮かべながら、茂みの中から誰もいない生命の樹の入り口を見つめる。
「さぁ……この機に乗じて手に入れるとしようぞっ!」
胸の内からこみ上げる感情を抑えることは出来ず、口角はより上へと、眼を輝かせては中へと入っていく。
* * *
「総隊長っ!? 総隊長っ!!」
生命の樹内部、-創造の間-にて。
井後との通信中、突然接続が途切れたことに混乱し慌てる彩楓。目の前に浮かび上がる青パネルを操作しながら再応答を呼び掛けるも、基地からの返答はなく、片耳につける小型イヤホンからは砂嵐の音だけが流れていた。
「こんな時に限って、どうして急に……!」
魔物の侵攻が確認されてから絶えず鳴り止むことのない警報音に、彩楓も、そして彩楓を見張っていたエルフ国兵達もその場で騒然としていた中。
「っ!? なんだっ!!」
突然、生命の樹全体が大きく揺れ始める。
「み、みなの者っ! 近くの柱や物にしがみつくのだっ!」
あまりの揺れの大きさに、その場にいた者達がみな、態勢を崩される。
「一体何が起きているんだっ!?」
エルフ国兵達と同様に、咄嗟にその場に身をかがめる彩楓。
次の瞬間。
「……っ! こ、これはっ!?」
彼女が目にした光景は。
* * *
「はぁぁっ!」
「しっ! せやっ!!」
街の中心部。
オーロと別れてからこれまで、次々と侵入してくる魔物達からフィヨーツの民を守るために剣を振るい続けていたローミッドとペーラ。
「はぁ……はぁ! 隊長っ! この区域の民も全員逃走しましたっ!」
辺りを見渡し逃げ遅れた民がいないことを確認する二人は、休むことなく次の区域へと進んでいく。
「分かったっ! くそ……! キリがないっ!!」
ペーラの報告を聞き、すぐさま身体を反転させては後を追うローミッド。だが、彼の行く先には、パッと見ても複数体の魔物が待ち構えていた。
「私が道を作りますっ!」
そこに、後ろから付いてくるローミッドの手を煩わせないようにと、ペーラが疲れを見せることなく迫り来る魔物達を蹴散らしていく。
「助かるっ!!」
ここまでお互いをカバーしあい、阿吽の呼吸で躍動してきた両者。
すると。
「(…………ペーラ)」
その時、先で勇猛果敢に剣技を繰り出すペーラの背を見ていたローミッドが。
「(こんな状況で思うのはあれだが)」
ふと、己の部下のその成長に。
「(よく、ここまで強くなったものだ……)」
思わず笑みを零す。
「はぁっ! 隊長っ! これで……」
ようやく先に進めるほど、ある程度の魔物を倒し終えたペーラが、後ろを振り返りローミッドに合図を送ろうとした時だった。
「なんだ……あれは…………」
生命の樹、その頂にて。
「…………ふふっ」
誰もいない上空にたった一人。
風に吹かれては不敵な笑みを浮かべるのは魔族オーキュノス。
「素晴らしいわ……」
たった数十分という短い時間。変わり果てたフィヨーツの街並みを見下ろし、襲い来る魔物とエセクに四方八方と逃げるフィヨーツの民を指差しては、駆け回るその動きに合わせ人差し指で
「ずっと続くと思っていた平和が、突然大いなる力の前に為す術もなく奪われ、そして……多くの生き物がいとも簡単に死んでいく。あぁ……恐怖、怒り、悲痛、絶望の声がここまで聴こえる……。なんて心地が良いのかしら……」
そして、次に両腕を広げては身体を仰け反らせ、嬉々として天を仰ぐも。
「このままマナの実を回収するだけでよかったんだけど」
今し方まで浮かべていた笑顔を一瞬で止め。
「でも、そんなのつまらない」
その表情を、冷酷無情なものへと豹変させる。
「…………」
再び上半身を起こし、燃え盛る街並みを見るオーキュノス。
「そう、だからワタシはこう考えた」
ふと、右の手の平を生命の樹へとかざすと。
「お遊びを、しましょう」
そこから、紫色の液体を流し始める。
「現れるマナの実は全部で四つ」
頂から流れる、ドロドロとした粘着質の不気味な液体は。
「そして、ワタシからの贈り物も、おんなじ四つ」
生命の樹の表層を這いつくばりながら。
「どっちが先に見つけるか、勝負をするの」
急速に、全体を覆っていく。
「これくらいなら構わないよね。ヘイブ」
そして、オーキュノスが注ぐ液体が生命の樹全体を完全に覆った時。
「固有技。"
小さく、オーキュノスが術を唱えた。
その瞬間。
「これでマナの実がどこに現れるかは分からなくなった」
彼女の足元を中心に小さな円形の波動が発生し、同時に甲高い金属音が一つ鳴り響く。
「さぁ、あなた達。お行きなさい」
生命の樹の変わり果てた姿を見て、再び笑みを作るオーキュノス。
「それでは、始めましょう」
そして、軽く指を鳴らしては。
「全ては御方の復活のために」
その場から、姿を消したのだった。