王宮付近、上空にて。
「あと少し……」
王女リフィータのことが心配になり、王宮を目指してティガリスの背に乗り移動していたオーロとラレーシェ。
火の手が回り続ける街を見下ろしながら、ひたすら王宮を目指していた時だった。
「っ! あれは……」
王宮までもう間もなくといったところ、街中で逃げ遅れたエルフ達を案内している人物をオーロが目にする。
「ティガリスッ! あそこに誰かがっ!」
「任せろ」
オーロの声を聴いたティガリスが主人の意図をすぐに理解すると、一度小さく旋回した瞬間、そこからオーロが指差す方向へと一気に急降下。
「きゃっ!」
「ラレーシェちゃん、捕まって!」
突然ティガリスの身体が傾いたことに驚いたラレーシェが、振り下ろされないようオーロの背にしがみ付く。
「っ! お嬢、あれは」
「はぁ……はぁ……。皆さんっ! こっちに避難してくださいっ!!」
火の海と化す街中、大声を上げながら逃げ惑うエルフ達を安全な場所へと誘導していたのは、ザフィロと別れた空宙。
「急いでっ! 魔物とエセクが襲ってくる前に!」
あれから暫く茫然していたものの、絶えず響いてきた助けを求める声にはっとさせられた空宙は、己を縛りつけていた恐怖があれど、とにかく今は一人でも多く助けようと奮い立たせては、まだ逃げ遅れたエルフ達の為に奔走していたのだ。
「なぁ君っ! もし、もし手が空いていたら……あの倒れた家の下にせがれがまだっ!」
「今行きますっ!!」
辺りを見渡せど紅蓮の景色。そこには緑豊かな且つての美しい光景はどこにも無く、灼熱の炎と吹き荒れる熱風が空宙達を襲い続ける。
「とおちゃぁん! 早く助けてよぉっ!!」
エルフに案内され向かった先。そこには魔物の襲来により倒壊した家があり、その下。一人の男の子が崩れた柱から半身を乗り出しては父親に向かって大声で助けを求めていた。
「いま助けを呼んだっ! 頼むっ! 手を貸してくれっ!!」
自分の息子を見て半泣きになりながら空宙に縋りつくエルフの父親。
「すぐ助けますからっ! 一緒に持ち上げますよ! せぇーのっ!」
エルフの男の子の上に圧し掛かる太い柱をどかすため、エルフの父親と一緒に柱を持ち上げる空宙だったが。
「くっ! ダメだ……重すぎて……!」
男の子の下半身を丸ごと覆う柱は、二人がかりでもびくともせず。
その時だった。
「グルルル…………」
この状況を嘲笑うかのよう、空宙達から見て反対側、屋根の向こう側から一際大きな獣型の魔物が姿を現す。
「そんなっ!?」
重なる危機。
こうしている間にも、広がる火の手は家屋に潰される子どもの近くにまで及び、焦りが空宙の判断力を確実に奪っていく。
魔物を倒すのが先か、子どもを助けるのが先か。
すると。
「伏せてっ!!」
「「っ!?」」
どこからともなく叫び声が空宙達の耳に入った瞬間。
「ティガリスッ! ショックブラストッ!!」
「ガアァァァッ!!!」
空から大きな白き虎が舞い降りると同時、咆哮と共にその口から緑の竜巻が放たれる。
「危ないっ!」
そして、竜巻が放たれる瞬間を見た空宙がすぐにエルフの親子の頭を押さえ屈ませると、同時に竜巻は轟音を上げながら空宙達の頭上を通過し。
「グァァァァッ!?」
今にも襲い掛かろうとしていた魔物を倒壊した家の上部ごと遠くへと吹き飛ばした。
「なんだなんだっ!? 今度はなんなんだっ!!」
突然のことに取り乱すエルフの父親。
「っ! 君っ! 大丈夫っ!?」
その最中、風が落ち着いたところで空宙はエルフの子どもの無事を確認するため地面に伏せながら顔を上げると。
「う……うぅ……」
そこにはうめき声をあげるも、巻き込まれることなく柱に押しつぶされたままの姿があった。そして。
「っ! これなら……」
再びエルフの子どもの上に圧し掛かる柱に両手を添える空宙。ティガリスの咆哮により家の上部が吹き飛ばされたことで先ほどよりも軽くなっていることに気付き。
「ぐっ! うぅぅぅぅ!」
再び持ち上げると、先程までびくともしなかった柱が浮き始める。
「今ですっ! お子さんを引っ張ってくださいっ!!」
「あ、あぁっ!」
合図を送られたエルフの父親は、すぐさま自身の子どもの腕を引っ張り、ようやくにして救助に成功する。
「うわぁぁぁっ! お父ちゃぁぁぁんっ!」
助けられた瞬間、自分の父親に泣きながら抱きつくエルフの子ども。
「さぁ、早く逃げてっ!」
「ありがとうっ、ありがとうっ!!」
子どもの無事を確認した空宙が、別の魔物が襲い来る前に避難を促す。
「ソラさんっ!」
「っ! オーロさん! 助かりました……」
火の手が上がっていない森の方角へと走り去る親子の背を見つめる空宙の下へ、ティガリスが着陸すると、その純白の背からオーロが降り、傍へと駆け寄る。
「いえ。それよりソラさん、どうやって地下牢から」
「それは……」
「そうですか……ザフィロさんが…………」
オーロに聞かれるまま、ここまでのことを話す空宙。
「一緒に助けに行きましょうとは言ったのですが……」
「いえ、ソラさんのせいではないですので」
話を聞いていたオーロは、ザフィロを説得できなかったことに落ち込む空宙をフォローする。
「お、オーロ、ねえちゃん……」
その時、空宙とオーロの会話の途中、先程からティガリスの傍で様子を窺っていたラレーシェが、憂いる表情を浮かべながら、オーロの服の裾を掴む。
「っ! そうだ、ソラさん。王宮から脱出した際にリフィータ王女を見かけなかったですか?」
ラレーシェの顔を見て本来の目的を思い出すオーロ。
「えっ、リフィータ王女、ですか……? いえ、そのような方は見なかったです、ね……」
空宙にすれ違わなかったかと尋ねるも、空宙から返ってきた答えは、オーロが願っていたものではなく。
「そう、ですか……」
「すみません……俺もこの国にきてからすぐに捕まってしまったのもあるので、リフィータ王女の顔も分からず……」
「そうですよね……」
有力な手掛かりが掴めず、思わずその場で黙り込んでしまうオーロ。すると。
「もしかしたら、生命の樹に向かった可能性は……」
そう言い、空宙が生命の樹がある方角を向くが。
「……オーロさん」
「え?」
その時。
「なんですか、あれ……」
空宙の眼に映ったものは。