魔族、オーキュノスの手によって解除された天の加護。
「そ、そんなバカな……」
その術者であった王女リフィータが真っ先に駆け付けた先は、光一つなき真っ暗闇な王宮地下深部。
「こんなにも……容易く壊されるなど……」
すぐに魔法を唱え、手の平に収まるほどの大きさの炎を焚き灯りをともしたリフィータ王女が見つめるのは、かつて石柱の台座に置かれ、煌びやかな虹の光を放っていた水晶の成れの果て。
「魔族の奴らめ、一体どんな手を使って……」
リフィータ王女の頬を伝う汗が大理石に堕ち、無惨に散らばる破片には、青ざめる王女の顔が怪しく揺れ映される。
「無理じゃ……これではもう、天の加護は…………」
跡形もなく粉々に砕け散った水晶の姿を見ては、天の加護の再起動が不可能であることを悟るリフィータ王女の口からは、絶望と怒りが混じった声が漏れる。
すると、次の瞬間。
「っ! まずい、マナの実がっ!!」
すぐさま血相を変えその場で踵を返しては、再び地上へと向かおうとする。
「あれだけはっ! あれだけは決して!!」
そこに一刻の猶予はなく。
国の存亡を賭けた闘いが、リフィータ王女の身に襲い掛かろうとしていた。
* * *
「っ! ザフィロさん! 後ろっ!!」
地下牢を脱出し、宮殿の出口を目指す空宙。
「ダークフレイム ー黒き炎の槍よー」
「ギャァッ!?」
「ブラスト ー風よ、その身を刻めー」
「グパァッ!!」
しかし、地上に出るもそこは既に戦地と化し、逃げ惑う侍女たちや、出没したエセクに応戦するエルフ国兵達でごった返す。
「ええいっ、まだ襲ってくるか!」
更には出口を探す空宙とザフィロにも大量のエセクが襲いかかり、二人の行く手を幾度となく阻んでいた。
「ちっ。こうも何体も何体も。懲りない奴らめ」
迷路造りの宮殿に手を焼かされるザフィロ。
右に曲がれど左に曲がれど変わらず白壁面だけが並ぶ景色に加え、出会い頭に襲ってくるエセク達に対し、徐々に苛立ちを募らせる。
「どうして急にエセクが……」
「さぁ。突然宮殿の物達が騒ぎ出したと思えば、奴ら、どこからともなく湧き上がってきよったからの」
始末され黒い液体へと変化していくエセクの残骸を見下ろしながら、引き続き出口を探しに通路を進んでいく二人。
暫くして。
「っ! ザフィロさん! あそこ!」
大声を上げ空宙が指差した方向。
ここまで何度も見させられてきた曲がり角だったが、そこからはこれまでより一層明るい光が零れ、外から流れる風がはっきりと二人の肌身へと伝ってきていた。
「でかした。恐らくそこが出口だ」
ようやく見つけた出口に、ザフィロが足を速め空宙よりも先に外へと向かう。
「あっ! ザフィロさん、ちょっと!」
急いでその後を追いかける空宙だったが。
「(街のほうは大丈夫なのか……?)」
地下牢から出てここまでずっと考え込んでいたのは外の状況について。
後発隊と共にフィヨーツに入国し、生命の樹で捕まって以降、これまで外の様子がどうなっていたかも把握出来なかったこともあったが、突然のエセクの出没と、ここまで来るまでに何度もエルフ国兵達が応戦する様子を目にしてきたことも相まって、空宙の胸中ではより不穏な予感が気持ち悪く巡り巡っていたのだ。
「(頼む……どうか街は無事であってくれ…………)」
切に願う空宙が願う中。
宮殿を出た空宙達の前に広がっていた光景は。
「誰かぁ!!」
「お願いだっ! まだ家屋の中に息子がっ!」
「いやっ、来ないでっ! 来ないでぇっ!!」
倒壊し、あちこちに火の手が広がる住宅街。
大量の魔物とエセクに逃げ惑うエルフ達。
未だ崩れた家の中に子どもがいると、声を嗄らしながらも辺り構わず助けを求める者。
「そ、そんな…………」
空宙の切な願いは叶うことなく。目の前で起きている地獄絵図に、一気に血の気が引いていく。
「あぁ……あ……」
思い出すは、且つてこの世界に存在していた村、ディニオ村での惨劇の記憶。
「嫌だ、いやだ……」
次々と、頭の中でフラッシュバックする過去のトラウマが、空宙の心へと襲い掛かる。
「ざ、ザフィロさんっ! 早く皆さんを助けにっ!」
半分パニックになりながらも、同じく傍で惨状を見つめるザフィロに住民の救助へと促すが。
「……は? なんで私がこ奴らの為に助けなど」
「…………え?」
ザフィロから返ってきた言葉は、空宙の想像に全くなかったもの。
「えっ、いや、なんで」
「馬鹿馬鹿しいことを言うにも大概にしろ。これまで私をコケにしてきた者共だぞ? 助けるなぞ万が一にもするものか」
理解が追いつかない空宙に、ザフィロは立て続けに冷たい態度を取る。
「お、おかしいですよっ! だって、怪我人や……死者だってっ!!」
パッと見ても既に十数人の兵と民が血を流し、地面に横たわっている状況を、両手を大きく広げて指し示す空宙だが。
「関係ない」
「だってっ! 人が死んでいるん「いい加減にしろ」 っ!」
その時だった。
パンッ、と乾いた音が弾けたと同時。空宙の頬が赤くなる。
「貴様、何様のつもりでここにいるつもりだ。我らの任務は生命の樹に宿るマナの実を貰う為の交渉。しかも、その為仕方ない護衛を条件にだ」
あまりの突然のことに、打たれたほうの頬を抑えながら呆ける空宙に、低く脅す声で話すザフィロ。
「だがその交渉は決裂。なんなら貴様の身体の中にいる意味不明なモノのせいで私らは魔族の手の者だと疑われ、監視される始末にまで追い込まれたんだぞ。そんな状況、もはや護衛する意味も義理もどこにもないわ」
「そん、な……。交渉のことはザフィロさんだって!」
「うるさいぞっ!!」
「っ!!」
ザフィロが叫ぶと同時、彼女の身体から強い風が吹き荒れる。
「これ以上私を怒らせるな。もうこの国に用はない。私は……」
空宙を睨んでは、すぐに別のほうを向くザフィロ。彼女が見る先は。
「私の勝手でマナの実を回収しに行く」
転生を間近に控える生命の樹。
「個人的には研究材料として非常に興味がある代物だからな。魔族の手に渡る前に、私が奪い去っていくわ」
「そんな……」
「お前は自分の身を守るぐらいのことでもしておれ。あまりここで時間を無駄にするわけにはいかんから、私はもう行く」
そして、ザフィロは小さく魔法を唱えると、ゆっくりと宙を浮き、茫然とする空宙をその場に残して一人生命の樹がある方向へと向かっていくのだった。