「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」
「誰かぁぁぁぁ!!!!!!」
天の加護を失ってしまったエルフ国フィヨーツ。魔族との戦乱という世の中、これまで王女リフィータの力によってもたらされていた平穏の日常が、大量の魔物達の侵入によりあっという間に瓦解する。
「ウィンドバレットッ! エアスラッシュッ!」
「グランドスピアッ! ロックウォールッ!!」
国を囲う外壁門を守る衛兵達が、次々と迫り来る魔物達相手に対し懸命に応戦するも。
「フレイムッ!」
「キシャァッ!」
「うわぁぁぁぁ!!」
圧倒的な、数の暴力による急襲に対応できず。
「っ! くそっ! 数が多すぎる!」
「なんで天の加護が消えているんだっ!」
「おいっ! また別の所から入られたぞっ!」
一人、また一人と魔物が持つ凶刃の前に倒れ、防壁門のあちこちに体当たりをされては大きく穴を空けられ、そこから侵入を許してしまう。
街の中も大混乱。
突然現れた魔物に悲鳴や叫び声を上げるエルフの民らは、次々と家屋を破壊尽くす魔物達から逃げ惑うよう、右往左往と、安全な場所を求めては徐々に戦乱の巷と化していく街中を走り回っていた。
「きゃあっ!」
「--っ! アンナッ!!」
すると、街を外れた森林地帯付近にて。
「アンナッ! 大丈夫っ!? さぁ早く!」
一組の母娘が迫り来る魔物から逃げていたが、母親に手を引かれていた一人の女の子が、逃げ走っている最中、地面から突起していた石に足を引っ掛け、思わず転倒してしまう。
「グギャギャギャギャッ!」
すぐに母親が倒れた娘を起こそうとするも、そこへ家族を追いかけていた一匹の魔物が襲い掛かろうとした。
その時。
「剣技! ”
「ギッ!? ギャアァァァ!!」
森の中でサイレンを聞きつけ、急いで街へと戻っていたローミッドが、すかさず魔物に向け斬撃を入れる。
「大丈夫ですかっ!」
剣技の前に身体を真っ二つにされ息絶えた魔物の残骸をよそに、地面にしゃがみ身構えていた親子に声をかけるローミッド。
「あ、ありがとうございます……っ!」
ローミッドの声に顔を上げる母親は、差し伸べられた手に触れようとすると。
「貴様っ! 咎められている身でありながら、我らが国の民に気安く触ろうなどっ!」
同じく国中に鳴り響くサイレンを聞き、ローミッド達を追って森の中を駆けてきたエルフ国兵が怒り、ローミッドの腕を掴もうとする。
だが。
「いまはそんなこと言っている場合ではないだろうっ!!」
「なっ!?」
そんなエルフ国兵に対し、ローミッドは激昂すると、自身の腕に握られた手を振り払っては、エルフ国兵のことを強く睨みつける。
すると。
「隊長っ!」
そこへ、少しばかり遅れて街へと戻ってきたペーラが、ローミッドの背後から迫るもう一体の魔物に気付き、ローミッドへ大声を飛ばす。
「っ! まずいっ!」
ペーラの声にすぐさま後ろを振り返ったローミッドが、物凄い勢いで地面を駆け向かってくる魔物に対し剣を構え、母娘に危害が及ばないようにと咄嗟に防御の態勢に入った、その時。
「フェニクスッ! ”
「っ!? グギャアアアア!!」
今度はフェニクスがオーロの指示によって森の上空から急降下し、ローミッドに突進してきた魔物の身体へ巻き付くと、紅蓮の炎と化しそのまま魔物の身体中を一瞬にして焼き尽くす。
「皆さん大丈夫ですかっ!」
「すまない、助かった! さぁ、今のうち急いで安全なところへ!」
「は、はいっ!」
ローミッドはオーロの助けに礼を言うと、すぐに母親と女の子を立ち上がらせ、避難を促す。
「……さて」
母娘が遠くへと走っていく背を見守るローミッドが、一声掛けては振り返った先。
「助けてくれぇ!」
「誰かっ! 誰かぁっ!!」
次々と火の手が上がる街中からは、逃げ遅れた多くの民の助けを求める声が反響していた。
「ペーラ」
「はい」
「助けに行くぞ」
「承知」
一人でも多く、一刻も早く魔物の手から救うべく、ローミッドとペーラの両者は剣を抜き、街へと駆けていく。
「私もすぐに」
「まて、お嬢」
その二人に続こうと、オーロも移動しようとしたが。
「どうしたのフェニクス」
「あの娘を見よ」
「あの娘って……。っ!」
止めたフェニクスが示した方向。
「あ…………ぁ……」
そこには、自分の生まれ育った国の惨状に言葉を失い、茫然と立ち尽くすラレーシェの姿が。
「ラレーシェ、ちゃん……」
生まれてからずっと、国の外の様子など見る事がなく、穏やかに育てられてきたラレーシェ。
彼女にとって、目の前で起きている光景はあまりにも衝撃的なものであり、焦土の匂い、全身に吹かれる熱風を受け湧き上がってくる恐怖に、思わず身をすくめてしまう。
「ラレーシェちゃんしっかり」
「み、みんなが……街が…………」
「この状態では流石に一人おいていくわけにはいかないだろう」
フェニクスが、怖気ずくラレーシェの傍でその身を案ずる。
「だけど、街の皆さんが」
だがこうしている間にも、戦火に激しく燃え上がる街からは多くの悲鳴と叫び声が、オーロ達の耳へと入り続ける。
「……フィヨーツ国兵の皆様、どうかラレーシェちゃんを」
未だ数名、その場に居残っていたエルフ国兵にオーロがラレーシェの身のことを頼もうとした時。
「っ! おばあ様……おばあさまはっ!?」
我に返ったラレーシェが、唐突にオーロにしがみ付くと、王宮にいるであろうリフィータ王女の身を強く心配し始めたのだ。
「ラ、ラレーシェちゃん……」
離れる気配がないラレーシェに、どうしたらようかと戸惑うオーロ。
すると。
「……お嬢、いけ」
「っ! フェニクス、それってどういう」
「ここは我らに任せ、お嬢はティガリスの力でその娘と一緒に行動を共にせよ」
突然、フェニクスがオーロに対し、ラレーシェの傍にいてやってくれと願い出る。
「で、でもっ!」
「(そうよ、オーロちゃん)」
「っ! リヴァイア……!」
オーロの頭の中で響く水竜精の声。
名を言うと同時、オーロの首飾りからはリヴァイアが姿を現す。
「ここは私達に任せて。その娘には今、あなたが必要なはず」
フェニクスと同様に、リヴァイアもオーロに対してラレーシェと一緒にいるようにと説得を行う。
「フェニクス、リヴァイア……」
己が召喚獣の言葉に、静かに耳を傾けるオーロ。そして、再び自身にしがみ付く少女を見る。
「オーロ……ねぇちゃん」
ゆっくりと顔を上げるラレーシェ。母を亡くし、父をも戦で失った彼女にとって、リフィータ王女はこの世で唯一となる家族。そんな大切な存在の安否が分からないことに、焦燥と、また家族を失うかもしれないという恐怖に、その顔は今すぐにでも泣き出しそうなものとなっていた。
「(わたしは……)」
住民の救助か、ラレーシェの傍にいるべきか。
「どうする、お嬢」
選択を迫られるオーロは、その場で目を瞑ると、静かに考え込む。
「……………………」
そして、暫しの間。
「……アスピド、ティガリス。来て」
開口一番にオーロが発したのは、残る召喚獣たちの名。
「……参じた」
「ほいさぁ」
呼ばれた二体の召喚獣は主人の声に応えると、颯爽とその姿を現す。
そして。
「アスピド。貴方は魔物に襲われそうになっている方達を優先して守って。フェニクスは街中に入ってきた魔物を片っ端から追い払って。リヴァイアは怪我を負った方の治療を」
「承った」
「わかったわ」
「ほいさぁ」
「そして……ティガリス」
オーロが出した答え。
「あなたは、私とラレーシェちゃんを乗せて、直ぐに王宮へと向かって欲しい」
「っ! オーロねぇちゃん……」
「……御意」
それは、ラレーシェと行動を共にすること。
「オーロねぇちゃん」
「大丈夫、今からリフィータ様の下へと送るから」
「貴様っ! ラレーシェ様をどうするつもり」
「さぁ乗ってっ! いくよ!!」
オーロは騒ぎ立てるエルフ国兵達を背後に、急いでラレーシェをティガリスの上に乗せようとする。
「しっかり捕まってね」
「う、うんっ!」
二人が乗り込むと同時、ティガリスが純白に煌めく両翼をゆったりと羽ばたかせ、浮上を始める。
「みんな……頼んだよ」
地上から様子を見守る三体の召喚獣に、戦場の命運を託すよう小さく呟く。
「では……参る」
そして、ティガリスが合図を送ると、目にも止まらぬ速さで上空を駆け抜け、二人を街の中央奥にある王宮へと連れていく。