「はぁ……はぁ……」
「オーロちゃん、さすがに休憩したほうが」
時間はとっくに昼を越え、まもなく夕刻へと差し掛かろうとする中。
「まだっ……ラレーシェちゃんが……頑張っているのに……。私だけなんて、できないっ!」
朝早くからここまで、一度たりとも休むことなく。オーロとラレーシェは祠の前でマナの混成を絶えず続けていた。
「ラレーシェちゃん……頑張ってっ!」
「はぁ……はぁ……!」
虹色の輝きをその目にするまで、あと僅か。
百聞は一見に如かず。混成から成功までの過程を一度目撃したラレーシェの精度は回を重ねるごとに急激に成長するも、同時にその小さな身体に圧し掛かる負担と疲労は、とても過酷なものとなっていた。
「でも貴方達……それ以上は身体が先に壊れるわよっ!」
これまでずっと祠の中で渦巻くマナの流れを視ていたオーロは、途中、過度な疲労によりラレーシェの顔色が徐々に悪くなっていたことに気付き、少しでも回復させてあげようとリヴァイアを召喚。更に、己自身もラレーシェの後ろに回り込み、彼女の背に向け両手をかざしてはマナを供給し始めていた。
「う……ぐっ!」
祠の中に集うマナの全粒子の半分以上が結合を終え、その動きを止めた辺り。突然の頭痛がラレーシェを襲うと、そのあまりの痛みにラレーシェは思わず顔をしかめ、蹲ろうとする。
もう残り少ない時間。
「(もう……だめ……)」
とうとう、ラレーシェの集中力と体力にも限界の兆しが。
「ラレーシェちゃんっ!!」
「っ!」
だが。
「もう少しだからっ!!」
ラレーシェが、これまで体験したことのない苦痛に耐えきれず、祠へとかざす両手から放つ力を緩めようとした時。
「最後まで粘ってっ!!」
同じく長時間にわたる能力の酷使によって視界はぼやけ、既に限界を迎えていたオーロが、ラレーシェの後ろから大声で叱咤し。
「リフィータ様に……あなたがちゃんとここにいるってことを、見せつけるんでしょ!?」
切れかけたラレーシェの気持ちを繋ぎとめようとする。
「…………うんっ!」
苦しいと。
もうやめたいと。
「すぅーーーっ!」
楽になりたいと。
「はぁぁっ!!」
それでも。
「(絶対に……絶対にっ!)」
――ラレーシェ
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
――民を、この国を。頼んだぞ
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
亡き父親との約束があるからと。
ラレーシェは寸でのところで踏ん張り直すと、胸いっぱいに吸った新鮮な空気で靄のかかった頭の中をクリアにする。
「っ! いいよっ! 頑張れっ!!」
ラレーシェが振り絞る力に呼応するように、密集するマナの粒子群は一つの球状を模りながら、その形を保ち続け、動きを止めていく。
そして、ラレーシェは最後の力を自身の両手に注ごうと、閉じた両目を開いた。
その時だった。
「っ!!」
突然、ラレーシェの視る世界が変わる。
「(なに……これ)」
それは、ラレーシェが生まれて初めて見た光景。
これまでずっとぼやけていた視界がハッキリした途端、ラレーシェの眼に、マナの流れが細かく、鮮明に映ったのだ。
「(……これ、が?)」
ラレーシェが視た先にあったもの。そこには、高速で動き続けていた碧、薄緑、小麦色、茜色の四種の粒子が一つ一つお互いに結合し、その動きを止めていく様子があった。
「(すごい……全部、分かる……)」
それは、オーロが視ていた世界と同じもの。
「(あぁ、そっか……)」
遂に、ラレーシェの努力が実った瞬間だった。
「(オーロねぇちゃんが言ってたこと……。マナは初めから、教えてくれてたんだ)」
その世界は、少女に必要な情報だけを与え、導く。
「"
ラレーシェが、技を唱える。
白熱光を帯びたマナが、ラレーシェの意に沿うように、減速する範囲を広げていき。
そして、全てのマナが完全に止まった瞬間。
「あ……あぁ……」
四種のマナが再び輝き出す。
そして、その輝きが放った色は。
「…………やった……」
幾度となく待ちに焦がれた、虹色の輝きだった。
「オーロ、ねぇちゃん……」
目の前の出来事に、茫然とするラレーシェ。
ゆっくりと後ろを振り返った先には、目に涙を浮かべ優しく微笑むオーロが。
「……うんっ、そうだよ」
オーロのその表情が、マナの混成に成功したことをラレーシェに伝える。
「へ……へへっ」
遂に成し遂げたラレーシェ。
心の奥底から喜びの感情が溢れるも、成功したことを受け止めた瞬間、これまでの緊張から一気に解放され、ドッと身体中に疲労感が巡り、力無く膝から崩れ落ちる。
「おめでとうっ……」
そんなラレーシェを抱擁するオーロは、彼女の耳元で労いの言葉を掛ける。
「ありがとう、オーロねぇちゃん……」
これまで一度たりとも自分を見捨てず、懸命に付き添ってくれたオーロに感謝するラレーシェは、薄っすらと目に涙を浮かべ、微笑みながら空を仰ぐ。
そんな少女を祝福するかのように、祠の中で虹色に輝くマナも、色鮮やかに空中を舞い、二人を囲う。
「……きれい」
その景色にうっとりするラレーシェ。
すると、どこからともなく森の中から現れた鳥が、上空へと散らばっていくマナを追っかけ、羽ばたいていく。
思わずラレーシェの視線が、マナから鳥へと移った。
両翼を広げ、優雅に羽ばたく一羽の鳥。
その鳥は、マナを追いかけ、上へ上へと舞い上がる。
どこまでも、どこまでも。
「--っ!!」
その時だった。
「……オーロ、ねぇちゃん」
違和感を覚えたラレーシェ。
「天の……加護が」
あってはならぬことが。
「消えている……」
起きていた。
* * *
「どこまで連れていくつもりだ……」
街中から遠ざけられるよう、エルフ国兵によって誘導されるローミッドとペーラ。
森の中へと入っても、足を止めることなく奥へ奥へと連れていかれては、エルフ国兵に命令され、無理やり哨戒任務を続けさせられていた。
辺りを見渡すローミッド。
日も落ち始め辺りが暗くなっていく中、周りに自分達を見張るエルフ国兵がいることを除いては、特段そこに不審なものなどは見当たらず。
「いつまでこんなことをさせられるものか」
依然良くない状況が続くことに焦りを募らせていると。
「……ペーラ?」
自身の後ろから付いてきていたペーラの足音が聞こえなくなったことに気付き、思わず後ろを振り返る。
「…………」
その先には、神妙な面持ちで立ち尽くし、じっと己を見つめる彼女がいた。
「どうしたのか?」
その様子を不思議に思ったローミッドは、何か異変があったのではと体の向きを変え、ペーラの下へと近づこうとする。
すると。
「隊長」
一変。意を決した表情を浮かべたペーラは、ローミッドの顔を真っ直ぐに見つめると。
「お話が、あります」
胸中に抱える想いを吐露し始めた。