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41.約束の日


 空宙が囚われ、その対応にレグノ王国側とエレマ部隊側が奔走させられていた時。




「……寝れねえな」




 エレマ部隊本部基地、隊員専用部屋にて。


 時計の秒針が刻む音だけが鳴り響く中、そこでは灯一つ点けず、一人ベッドの上で仰向けになり寝ころぶ烈志がいた。




 謹慎処分を受け、基地での活動もできないことから、やることもないため早い時間に就寝しようと潜り込んでいたものの、夕刻にあった井後との面会のことが頭から離れきれず、一時間、二時間と、眠りに就くことなど出来ないまま、ただただ悪戯に時間だけが過ぎ去っていた。




「くそっ……」




 寝返りをうち、横を向く烈志。目の前にあるグレーの壁を見つめては、自身のこれまでの行動を顧みる。




「オレ、どうしちまったんだろうな」




 一人の女を追いかけ、振り向かせる為にと、ただひたすらに己が納得する強さを求め続けてきたこと。


 それが気付かぬうち、いつの間にか自暴自棄へと堕ち、結果として同盟国の軍隊の部隊長ともなる人物を討ってしまう寸前までとなってしまった。




 ――処遇は追って知らせる。




「……オレ、こんまま辞めさせられるんだろうな」




 再び仰向けとなり、天井を見上げ、顔に右腕を被せる烈志。


 その姿には以前のような勇猛さはどこにもなく、今はただ、後悔に打ちひしがれるばかり。




「親父になんて言おう」




 烈志の頭に続けて思い浮かんだのは実家の父について。無理を言って稽古をつけてくれた肉親に合わせる顔もないと、自責の念に押し潰されそうになる烈志は、どこにも矛先を向けることができない感情が溢れ出そうになるも、一度深呼吸をし、眠りにつこうと、またそっと目を閉じた。








 …………おい――




「(……なん、だ?)」




 …………おい、アンちゃん――




「(……何か、聴こえる)」




 そこは、夢の中。




 ……アンちゃん、聴こえてねーのか?――




「(……誰か、呼んでる?)」




 視界が真っ暗闇に覆われ、意識は朧気となる中、烈志に向かって謎の声が囁く。




「おい、起きろっ!」




「っ!?」




 唐突な大声に驚いた烈志。


 目を覚まし、思わず飛び起きると。




「な、なんだよ……ここ」




 そこは六方面全てが真っ白な空間。


 先ほどまで寝ていた自室の様子などはどこにもなく、目の前に広がる異様な光景に驚く烈志は慌てて周辺を見渡していると。




「やっと起きたか」




「っ!」




 再び、謎の声が空間に反響する。




 声につられ、烈志が後ろを振り向いた。





 その先には。




* * *




「……オーロねぇちゃん、大丈夫?」




 日は変わり、空宙が捕らわれてから一夜明け。




「っ! だ、大丈夫だよ」




 今日も朝からラレーシェの修行の手伝いへと向かっていたオーロ。




「で、でも……今日オーロねぇちゃん、ずっと暗い顔してる……」


「ううん、私は大丈夫だから。気にしないで」




 いよいよ今日が、ラレーシェの修行を成功させなければならない約束の日。すなわち、それはオーロがレグノ王国側を離れ、生命の樹の次期契約者になるかどうかを決断しなければならない日ということ。




「ラレーシェちゃん、さっきよりもマナの制御が良くなってるから。あと少し。その調子だよ」




「うんっ! ラレーシェ、絶対に成功させるから」




 初めてオーロがマナの混成を成功させてからというもの、それ以降は回を重ねるたびにマナの混成の精度に磨きがかかっていたラレーシェ。




 この短期間の成長は目を見張るものがあったが、成功にはあとわずかという所。


 ほとんどのマナが結合を終え、動きを止める寸前にまでは手が届くものの、そこからあと一歩のところでマナを衝突させてしまい、失敗に終わっていた。




「(私の能力のサポートがあるとはいえ……この歳では考えられないほどの集中力と忍耐力……)」




 連日に渡る能力の酷使。そこに、昨日の空宙の件がオーロの更なる負担へとなり、彼女にとって今の状況は身体と精神の両方にかなり堪えるものがあったが。




「(もう少し、もう少しで届きそう。もうそこまで来ているの)」




 目の前で再び祠に向かい手を翳す少女の懸命な姿を見るオーロは、決して弱音を吐くことなく。気落ちするような様子を見せないようにと。




「(いけない……私がしっかりしないとっ!)」




 ここが正念場だと。


 ほとんど休めていない身体に鞭を打ち、自らを奮い立たせ、祠の中に集まるマナの流れに目を向ける。




* * *




 フィヨーツ王宮内、地下深部にて。




「リフィータ様」




「……マルカか」




 五芒星で描かれた魔法陣の中央、石柱上に置かれた虹色に煌めく水晶を今日も静観するリフィータ王女。


 その下を訪れたマルカが、リフィータ王女の真後ろに立ち、言葉をかける。




「捕えた奴の正体は」


「未だ、魔族の手の者とは判断が出来ず」


「他の連中は」


「今朝もマナの照射を試みましたが、全員、姿かたちに異変はなく。魔族側が人族に化けているわけではないかと」


「今はどうしている」


「現在、警戒を緩めることなく、一人につき複数人の監視体制の中、生命の樹も含めた国内各所での哨戒任務に当たらせています」


「なるべく民の下へは近づけるな。何か怪しい動きをした時は……構わず討て」


「……はっ」




 リフィータ王女からの問いに素早く答え、現時点での状況とそれに講じた策を、声色一つ変わることなく、つらつらと述べていく。




「あの禍々しい何かを抱える小僧が魔族を打ち倒した英雄だと? ユスティめ、笑わせるでない」




「レグノ王国が魔族と手を組んでいる可能性は」




「充分にあり得る。仮にあの小僧が魔族を倒したことが本当だとしてもだ。それが魔族側の自演によって起こしたものだと考えた場合、人族が魔族への対抗手段を手に入れたと見せかけ、我々を油断させたところで国内に侵入し、生命の樹の破滅を狙うと。そういった算段も見えてくる」




 昨晩遅く、ユスティからの空宙に関する弁明をマルカによって聞き伝えられたリフィータ王女だったが、その訴えには微塵も耳を傾けることはなかった。


 空宙の件が起こってからというもの。生命の樹の転生を魔族の手から守る代わりにマナの実を譲渡してほしい、と。レグノ王国からの要求と交渉条件も含め、実はこれら全てが魔族による支配を進める為のものではないかといった線で思案を深めていたのだ。




「何人たりとも、生命の樹の転生を邪魔させてなるものか」




「……御意に」




 水晶を見つめるリフィータ王女の眼は細く鋭く、マルカに届く声には重く刺さるような怒気が込められてゆく。




「……失礼いたします」




 そして、再び静まり返る中、じっと水晶を見続けるリフィータ王女の背に向かい一礼するマルカは、次の仕事へと向かう為、リフィータ王女一人を残し、早急にその場を去っていった。

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