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40.佳境


「はぁ……はぁっ!」




 生命の樹にて空宙達が囚われてから数時間後。




「ソラさんっ!!」




 ラレーシェの修行を手伝っていたオーロが、空宙達が捕まったことを聞きつけ、慌てて王宮の地下牢へと駆けこんでくる。




「っ! オーロさんっ!」




 エルフ国兵に捕まった後、牢屋に閉じ込められていた空宙は、声を聴くやすぐにその場から立ち上がると、頑丈な鉄格子に掴まり、オーロの姿を見ようと格子の間から顔を覘かせる。




「ソラさんっ!」


「オーロさんっ! 皆さんは……他の皆さんはっ!?」




 マルカに顔を強く踏みつけられ気を失ってた空宙が次に目を覚ましたのは牢屋の中。その間、同時に捕まっていたローミッド達がどうなったかなど知りも得なかった為、オーロに皆の安否を尋ねる。




「ローミッドさん達は検閲がさっきばかり終わって、異変は見られなかったということで魔族ではないと判断され既に任務へと戻ってます。厳重な監視付きの下、ですが…………」


「そ、そう、ですか……」




 皆の無事を聞いた空宙は一瞬ばかり安堵するも。




「(また、自分のせいで……)」




 その心の中は、すぐに自責の念に囚われる。




「(あの時も……)」




 空宙が思い出すのは、初めてディニオ村を訪れた時のこと。


 アーシャによって連れられた際、村長であったダルクにより自分が魔族の者ではないかと疑われ、尋問をかけられたこと。




 マルカの技によって露わになった、身体の中に蠢く赤黒の帯。




「(今回も……)」




 今回も自分の身体が原因で起こったことだと。




「(どうして……)」




 己を責める気持ちが強まっていく。




「……ㇻ……さん」




「(一体、俺の身体は……)」




「……ㇻ……さん?」




「(分からない……どうして、いつも)」




「ソラさんっ!」




「っ!!」




 茫然とする空宙。


 大声で呼び掛けられ反射的に顔を上げると、鉄格子の向こうには心配そうに己の顔を見つめるオーロが。




「大丈夫、ですか……?」


「あ、いや。その……すみません」




 思わず謝った空宙はすぐにオーロから視線を外すと、少し気持ちを落ち着かせるためにと、格子から離れる。




「おい。そろそろ時間だ」


「「っ!」」




 するとその時、一人のエルフ国兵が面会の終わりを告げにと地下牢に現れる。




「っ! わ、分かりました!」




 すぐに兵士に向かって返事をするオーロ。




「……ソラさん」




「っ! は、はい」




「ごめんなさい。すぐにここから出してあげたいけど、私も今は手が離せない状況で……。いま、ユスティさんがリフィータ様とマルカさんに事情を説明しているから。少しの間だけど、辛抱してください」




 再び空宙のほうに向き直り、格子の間から手を伸ばし、空宙の手を握ると。




「必ず誤解を解いて、あなたをここから出してあげますから」




 諦めてはならないと。必ず助けると。


 真っ直ぐに目を見て、固い決意を告げる。




「……ありがとうございます」




 力無く答える空宙。だが、差し伸べられた手を見つめ、そこへ一抹の望みを念じ、託す。




「おい、早くしないか」




「……では、失礼します」




 そして、兵士に急かされたオーロは、最後に空宙に別れを告げるとその場から離れ、兵士の誘導の下、地下牢から出ていくのだった。








「……お願いだ」




 エルフ国兵とオーロが居なくなり、再び一人きりとなった空宙。




「どうか、これ以上悪いことは起きないでくれ……」




 自身が捕まってからずっと、頭の中に過ぎる不吉なビジョン。




「もう、あの時のようなことは……」




 それはかつて、自身が囚われてから暫くして起きてしまった、哀しい出来事。




「どうか、どうか……皆さん、無事で」




 過去のトラウマを思い返しながら、何事もないことをただ祈るばかり、牢の中で一人静かに項垂れるのだった。




* * *




-エレマ部隊本部基地 制御室-




「空宙が捕まった!?」




「-はい、現地から報告を受けた私もすぐにフィヨーツへ連絡を取ったのですが-」




 深夜遅く、突如ユスティから連絡が入ったと報告を受けた井後は、すぐに自室から制御室へと向かい、メインモニターにてユスティから空宙がフィヨーツで囚われたことを聞かされる。




「こんな大事、なぜ他の隊員からは連絡が」


「-恐らく、他の皆様も魔族の手の者と疑われ、向こうで検閲を受けているからかと-」




 隊の規則として、アレットでの異常事態があった際には迅速に本部基地へと連絡を行うものと定められており、これまで特にこういった際にはいち早く彩楓から井後、もしくは荒川へと連絡が入っていた。




 だが、今回の件について最初に井後の耳に知らせたのはユスティ。




「護は……瀧は……彩楓は無事なのか!」


「総隊長っ!」


「なんだっ!」




 井後が現地で任務に当たっていた隊員達を心配する中、一人のエンジニアが声を掛ける。




「たった今、左雲隊員から連絡がっ!」


「っ! 急いで繋げっ!」




 エンジニアから報告を受けた井後はすぐに指示を出すと、ユスティが映し出されているメインモニターが右側へと移動させ、一回り小さいサイズのサブモニターを左側へと設置する。




「繋ぎましたっ!」




 エンジニアの合図とともに起動するサブモニター。




「……なんだっ、何も見えないぞ!」


「い、いえっ! しかし、接続は確かにっ!」




 しかし、そこに映し出されたのは真っ黒な画面。




 すると。




「-……総隊長っ!-」


「っ! 彩楓、彩楓なのかっ!?」




 井後も含め、制御室にいるエンジニア達が目の前のサブモニターに困惑する中、光一つ見えない画面の向こうから、彩楓の声だけが井後の下へと届く。




「っ! はいっ! 左雲です! 連絡が遅くなり申し訳ございませんっ!」




「無事なのか!?」




「は、はいっ! 全員無事ですが、いまはフィヨーツの兵達の監視の下、かなり行動が制限されまして……」




「なんだと……?」




「任務には戻れているのですが、移動するにも何するにしても、大勢の兵達が囲うようにしてついてくるようになり……いまこうして通信出来ているのもやっと……。何とか理由をつけ、ようやく人気のない真っ暗な所から本部へと繋げられました……」




 サブモニターの画面は変わらず真っ暗なまま、その向こうから僅かに小さな声だけが制御室に流れるという異様な事態。


 決してこの瞬間が外にバレないようにと必死に努めるがため、若干に震える彩楓の声色に、井後の表情はより険しいものへと変化させられる。




「-井後殿-」


「っ! ユスティ殿……」




 ユスティに再び呼ばれる井後。




「-恐らく、今回の原因はソラ殿の身体の中にある、赤黒の帯でしょう。アリー殿から伺いましたが、マルカ殿……あちらの重役となる者が使用した術に、ソラ殿の身体の中で巣喰うものが反応し、それによってフィヨーツ側がソラ殿を魔族の手の者と疑いを掛けたようで……-」




「赤黒の……帯、か」




 いまもなお空宙の身体の中で蠢く赤黒の粒子の帯。




 以前に空宙が王立魔法研究所に立ち寄った際、ザフィロによって調べられたことはユスティを通して井後も状況は知らされていた。だが、その時の結果としては正体不明のまま。オーロの能力で視た情報も頼りに、空宙が元の世界へと帰れない原因になっているのではと、度々ユスティと議論を交わしていたのだが。




「ここにきて状況を悪化させるとは……」




「-えぇ、私もそんなことが、とは思いましたが……今はこの状況を打破すべく、尽力するしか……」




 何一つとして手掛かりが掴めてない中、相手国を説得しようにも空宙の身の潔白の証明に難航することは必至。


 これまで幾度となく困難を乗り越えてきたユスティに、再び大きな壁が立ちはだかる。




「-……っ! 総隊長!-」


「っ! どうした!」


「-何者かがこちらに近付く音が……もしかしたら監視の兵達かもしれません-」


「分かった。彩楓、お前はこのタイミングで通信を切れ、これ以上怪しまれるわけにはいかない」


「-承知いたしました-」


「とにかくお前達が無事なことは分かった。状況は厳しいかもしれないが、もし少しでも通信が可能ならば、また連絡してくれ」


「-はい-」




 井後の言葉に短く返事をした彩楓。それを最後に、サブモニターからは一切の音が入らなくなる。




「ユスティ殿。外交関係上、今回はこちらから交渉することは出来ないため、全てをお任せすることになりますが……どうか、空宙のことを、宜しくお願い致します」




「-えぇ、分かっております-」




 サブモニターが停止し、再び二人きりの通信となった井後とユスティ。




「-この国の恩人を、決して見捨てることはいたしません-」




 井後からの願いに、ユスティは心からの強い想いを声に乗せ、表明する。




「-では、これにて私は-」




「感謝いたします」




「-また、転機があれば-」




「いつでもお待ちしております」




 そして、ユスティが言葉少なに別れを告げるとすぐ、ユスティを映していたメインモニターの画面は真っ暗となる。




「…………」




 何も見えなくなった画面の奥をじっと見つめる井後。




「(今回の件……レグノ王国としか同盟を結んでいない我々からは、決して口出しができないもの……)」




 一人考え込むは、日本国とレグノ王国にある協定関係が、フィヨーツ国にはないということ。




「(現時点で空宙の所属はレグノ王国軍になっている以上、迷惑を掛けてしまったが……ユスティ殿に任せるしかないのか……)」




 いまこうしている間にも状況は変化し、そこに一石も投じることができない自身の力不足を痛感する井後は。




「(こうしている間にも、あいつらは困っているというのに)」




 しがらみ、立場、自身を取り巻く様々な思惑に。




「(今の俺に、何ができる……)」




 大きく心が揺さぶられる。




「……戻る」


「っ! はい! ご苦労様です!」




 そうして、一番近くにいたエンジニアに声を掛けた井後は、重く感じる足を引きずるように、ゆっくりと制御室を出て自室へと戻っていくのだった。

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