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37.確かな答え


-エレマ部隊本部基地 面会室-




「……具合は大丈夫か」




「…………はい」




「……そうか」




 時刻は夕方に差し掛かる頃。


 朝一、自室にて過去の新聞を読み漁っていた井後は、荒川から烈志との面会が可能になったことを伝えられ、その日やるべき業務を一区切りつけた所で、烈志が待つ面会室へと向かっていた。




 そして、今まさに面会室で烈志と顔を合わせたところ。




「単刀直入に聞く。なぜ、あんな愚行をした」




 目の前にいた烈志からは生気が感じられず、普段は完璧なまでにセットされた髪もボサボサと乱雑に下げ、姿勢も猫背になっては、錆びて古くなったパイプ椅子に力無く座り込んでいたのだった。




「……分かりません」




「分からない?」




 井後からの質問に対しても、目を合わせず只々俯いては小さく呟いて答える烈志。




「ただ……」




「…………」




「自分がしでかした事については……取り返しのつかないことをしてしまったと……自覚しています」




 いまの烈志の頭の中はぼんやりとした状態だった。だが、ハッキリと考えもまとまらないなかでも、自身の行動に責を感じていることは伝えようと。ゆっくりと。できる限りの誠意を示さんとばかり、慎重に言葉を選ぼうとする。




「規定に反する訓練場の超過使用。施設職員に対する暴言及び暴力行為。そしてなにより……同盟国側兵士への殺傷未遂。しかも相手は」




「…………」




「その相手は、レグノ王国軍にとっても重要人物となるローミッド・アハヴァン・ゲシュテイン氏だぞ」




「本当に……申し訳ないと思ってます」




 淡々と、烈志がこれまでに犯した数々の違反行為を述べていく井後。だが、その顔は般若のような形相をし、それは誰が見てもハッキリと分かるほど、凄まじい怒りが眉の辺りに這う様子を顕わにしていた。




 その時。




「総隊長」




 部屋の扉を叩く音と共に、荒川の声が井後を呼んだ。




「どうした、荒川。今は尋問中で」


「面会中失礼いたします。総隊長、たった今、彩楓隊員から生命の樹のデータが送られてきましたので」


「っ! そうか……仕方ない。すぐに向かう」


「すみません。宜しくお願い致します」




 いつもなら井後の都合を汲み取る荒川だが、この時ばかりは半ば強引に井後へ報告を伝えると、すぐに扉を閉めては急ぎ足で外廊下を駆け去っていく。




「……彩楓、ちゃん」




「烈志」




「っ!」




「今後、お前の処遇については追って知らせる」




「は……はい」




「……では、これにて失礼する」




 言葉少な、今後の身の振り方について考えるよう烈志に伝えた井後は静かに立ち上がると、部屋の隅に設置された荷物置きとしての机の上から置いておいた帽子を取り、そして次には何も言わず、部屋を出ていった。




「……本当に、すまねぇ」




* * *




「はぁ……はぁ。へへっ、出来たっ!」




 マナの混成を試みたオーロ。とうとう虹の輝きを出現させることに成功し、まだ呼吸は荒くも興奮冷めやらぬ様子でラレーシェに笑顔を向け、小さく右手の拳を握る。




「ど、どうやったの……」




 ずっと求めていた、四種のマナの混成による虹の輝き。今もなおその輝きを放ち続けるマナに釘付けになるラレーシェだったがすぐに、嬉々として駆け寄ってくるオーロに発現させた方法を聞く。




「えっとね……! そのね、はぁ……はぁ。ちょ、ちょっと待っててね」




 まだ呼吸が整わないオーロは、ラレーシェからの質問に答えるよりも先、右手で自身の胸を擦りながら、その場で深呼吸を行いゆっくりと平静を取り戻していく。




「ふぅ。よしっ、待たせてごめんね。えっと、そしたらね……どこから話せばいいかな」




 顔から流れる一筋の汗を手の甲で拭うオーロ。さっきばかり成功させたマナの混成について、はじめから虹の輝きが出るまで過程を一度振り返り、それを少しずつ整理していく。




「えっと、結論から言うとね。マナを混ぜるまではよかったんだけど……マナはぶつけるんじゃなくて、交わすようにしなくちゃいけなかったの」




「……? どういうこと?」




「あー……。上手く説明するのも難しいんだけど……。実はね」










「つまり、ラレーシェが修行をしていたときは、二つのことがいっしょに起きていたって、こと?」




「そう。さっき、ラレーシェちゃんの修行の時に祠を除いてたら、ぶつかっては消えていくマナと、ぶつからずにお互い白い光を出すマナの二つ場所があったの」




 ようやくオーロが説明を始めるも、いまいち何もピンとこず、眉間に皺を寄せクビを傾げたラレーシェ。それを見たオーロは、急いで結論から言うよりも先、まずはこれまでのラレーシェの修行中で起こっていたことを話すことにした。




「さっきも話したけど、四種のマナを一カ所に集めて、そこから力を加えてマナを加速させていくまではよかったの。でも、そこからもっと速くさせていった時、火と水、土と風のように打ち消し合う関係同士のマナはぶつかったら消えちゃうし、逆に相性が良いもの同士はそのまま残っちゃう。そうすると、全体の質量バランスは崩れて、いずれは溢れていく力にマナ自体が耐えられなくなって……今までみたいに爆発していた」




「う、うん……」




「でもね、ラレーシェちゃん」




「…………」




「白い光を出していたマナは、決してぶつかって出来たものじゃなかったの」




「っ!!」




 オーロの言葉に、ラレーシェの目が大きく見開かれる。




「で、でもっ! あの光はマナがぶつかることで出来たものじゃ」


「私もはじめはそう思ってた。マナを混成する。それは四種のマナを全部ぶつけあうことなのかって。でもそれはとんだ思い違いだったの」




 驚くラレーシェを背にし、自身が作り出した虹色の輝きを放つマナを見つめるオーロ。




「マナはね。どこに結び付いたほうが一番良いのか、初めから決まっていたの。それは、相性が良いモノに対しても、悪いモノに対しても、同じことだった」




 そして、球体状に集う虹色のマナに近寄ると、そっと。それらに優しく触れる。




「マナを加速させる時は、マナ同士がぶつからないギリギリの擦れを狙う。交わし続けた時、マナは大きな力に引き寄せられて、それらは自然と一つ一つが組み合わさって、パズルのように結びついていく(……ありがとう、もういいよ)」




「っ!」




 オーロが心の中で語り掛けたと同時、触れていた虹色のマナはその輝きを失うと、瞬く間に元の四種のマナに戻り、空中へと霧散していく。




「マナの混成をやる時。決してマナをぶつけることなく、マナの流れを視て交わし続ける。それは、虹色の輝きが放つまで」




 全てのマナが散らばった時、再びオーロは少女のほうへと向く。




「これが、リフィータ様からラレーシェちゃんへと与えられた課題の正体」


「っ!」




 これまでずっと。


 謎だらけだった修行が、とうとう解き明かされる。




「ラレーシェちゃん」




 四体の召喚獣が静観する中、何も言わずお互いを見つめ続けるオーロとラレーシェ。


 この時、ラレーシェから見たオーロはどこか、普段よりも大きく見え、その表情は一つの信念によって引き締められたものとなっていた。




「ラレーシェちゃん。この修行には、とても緻密な力の制御が求められる。それは途方もなく、大変な道のりになるかもしれない。でも、私と。私の召喚獣たちが、あなたの眼の代わりになる。一つ一つ、必要なことや手順、全部。ちゃんと指示を出していく」




 力が籠る、オーロの言葉。




「一人でダメなら、二人……ううん。ここにいるみんなで」




 そこには確かに、少女を信じるという気持ちが存在し。




「あなたなら絶対に、出来る。私が出来ること、全部あなたに伝えるから」




 不可能を可能にした召喚士に、手を握られる少女。


 握られた手からは、暖かく、不思議と力が流れる感覚が伝わる。




「だから、絶対に成功させよう」




 口を半開きにさせる少女。うん、と一つ、返事をしようしたが。




「あ、あ……」




 どうしてか、言葉が喉元に引っ掛かった。




 これまでずっと、一人で藻掻いていたラレーシェ。


 弱音を吐こうにも吐けず、相談しようにも相談できず。




 ただ一人、長く長く、暗いトンネルの中を彷徨うように。




「うん……うんっ」




 だが、ようやく。


 出口を示す、一筋の光が見えたのだ。




「さっ! 泣いてる暇はないよ! 今見たこと、しっかり覚えているうちにやってみよ!」




 その光は、明確な答えを持ち。己がもうこれ以上迷わなくてもいいと、正しく示してくれる存在となって現れた。




「うん……うんっ!」




 孤独に闘い続けてきた日々。




 はじめて会った時。オーロが後継者と言われた時。


 自分の全てが否定されたと。




 積み上げてきたものが崩れ去ったと感じていた少女。




 悔しさと、劣等感と。自己嫌悪に潰され。


 こいつさえいなければと、憎しみに心が蝕まれていった。




 修行を手伝ってくれると言われた時。


 嬉しかったものの、やはり心のどこかではその全てを信じてはいなかった。




 だが今。


 己を真っ直ぐ見つめる黄金の目と、己の手を握り締める両手から伝わる暖かいそれは、打算などない真心そのものと気付く。




 ――ラレーシェ、お前は父さんの、自慢の娘だ




 ようやくにして出会えた光は。




 少女に、確かな一歩を踏み出す勇気をくれるのだった。



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