「いくよ」
「う、うん……」
場面は再びオーロとラレーシェがいる森の中。
マナの流れを視る力でラレーシェの修行過程を観察したオーロは、ラレーシェが祠の中に集めたマナが爆発を引き起こした後、暫く呆けた顔をして黒く燻んだ祠の中を見つめていたが、突然、何かを思いついたかのように勢いよく立ち上がると、すぐにフェニクスとリヴァイアに続けてアスピドとティガリスを召喚。
そして、何かの儀式を行うかのように四体の召喚獣を拓けた場所の四隅に配置させ、虹色の輝きを見出す為にと、再びマナの混成を行おうとしていた。
「みんな、私の指示通りに動いてね」
召喚獣それぞれにアイコンタクトを送るオーロは、全員の準備が整ったことを確認する。
「まずは、リヴァイア」
「はーい」
「なるべく細かく、水のマナを発散させて」
「分かったわ」
オーロの合図にリヴァイアは愛想よく返事をすると、身に着ける碧の羽衣を
「わぁ……きれい」
リヴァイアの動きにつられる羽衣からは水のマナが現れ、それらはすぐに上に向かって浮遊し、徐々にオーロ達の目の前を青の世界へと染めていく。それらを操るリヴァイアは絶えず踊り続け、足先から指先までを丁寧に滑らせるその姿はまるで天女のよう。
見惚れたラレーシェが、思わず感嘆の声を上げる。
「その調子。次は……ティガリス」
「……御意」
次に合図を送られたのは白き勇猛な虎。厳かな声で主人に応えると、その身に宿す純白の両翼を広げ、ゆったりと羽ばたき、その場に風を起こす。
すると、ティガリスが吹かせた風からはあるに芽吹いた若葉のような薄い緑色の粒子が現れ、リヴァイアが生み出した水のマナの隙間に浸透し、それぞれのマナが衝突しないよう混在していく。
「そのままね。アスピド、お願い」
「ほいさぁ」
水のマナと風のマナ、それぞれの放出量が同等になったことを視認したオーロは、次に老翁の岩亀に委ねる。
「ひっ……」
オーロから指示を受けたアスピドが動き出そうとした途端、昨日の明朝、宿での襲撃の際にて踏みつぶされたことを思いだしたラレーシェが、その時のトラウマで小さく悲鳴を漏らす。
「はっはっはぁ。大丈夫じゃよ、お嬢ちゃん」
そんな少女を見たアスピドは目を細め、顔をしわくちゃにしながら朗らかに笑うと、小さかったその身体を徐々に大きくしていく。そして。
「ではでは」
はじめは子ども一人がようやく甲羅に座れるほどの大きさしかなかった身体が、みるみるうちに見上げるほどの大きさになった時。
「ふぅ~っ!」
その巨体を震わせ、はいつくばっては地面を小刻みに揺らしていく。
「わわっ!?」
突然の地震に、無防備だったラレーシェが地面に尻もちをつく。
「気を付けてなぁ~。さぁ~っ!」
掛け声と共に、更に地面を揺らすアスピド。
「来たぞぉ~」
すると、揺れる地面のあちこちから、一つ、二つと。小麦色の光がポツリポツリと現れ始める。
「まだまだぁ~」
その光は時間を置かず、アスピドによる振動に呼応して次々と数を増やし、先に出ている水のマナと風のマナの下へと向かっていく。
「……ふぅ。オーロのお嬢ちゃん、どうだい?」
「うん、いい感じ。ありがとう」
「ほいさぁ~」
オーロの反応に、アスピドの顔が再びしわくちゃになる。
「じゃぁ、さいごは」
「承った」
「うん、お願い」
「……参る」
オーロが声を掛け終えるよりも先。待ちに待ったかのように、緋色に煌めく炎鳥が言葉一つ告げると、大空へと羽ばたき、見守る主人の頭上を大きく旋回する。
一同がその動きを目で追う中、優雅に宙を舞うフェニクスは、上空にて陽の光を浴びると、広げる両翼にマナを集中させ、燃え滾る炎の色をより濃く、より大きくさせていく。
「あんまり出し過ぎないでよー!」
「仰せのままに」
オーロの声に応えるフェニクス。首を上に向け一つ大きく雄叫びを上げ、激しく、雄々しく燃やす羽を羽ばたかせる。
そして、その両翼からは茜色に煌めく粒子を発生させると、それらはリヴァイア、ティガリス、アスピドが放った三種のマナが集う上に降り注がれていく。
「すごい……」
四体の召喚獣の中心に集った四種のマナ。密集して出来た形は一つの大きな球体となり、中は碧、薄緑、小麦色、茜色の粒子が複雑に入り混じり、その総量はラレーシェがこれまで祠に集めていたものとは比較にならないほど、一帯を覆うほどの規模と成していた。
「ありがとうフェニクス! もういいよーっ!」
全てのマナが同量になったところで、オーロは上空に舞うフェニクスに合図を送り、地上へと戻るよう指示を出す。
「よし……。準備はできたね」
そして、両袖を少しめくって気合を入れ、数歩前へと進む。
「オ、オーロねぇちゃん、どうするの?」
今までに見たこともないマナの量を目の前にして畏怖の念を抱くラレーシェに対し、少しも恐れを見せないオーロ。
「大丈夫、みてて」
一瞬、後ろを振り返ってはラレーシェを見て微笑むと、すぐに集うマナのほうへと向き直る。
「みんな、いくよ」
自身に視線を寄せる召喚獣たちに、改めて声を掛け、合図を送る。
「……すぅー、はぁ」
そして、マナの混成を行う際にラレーシェがやっていたことと同じように、目を閉じ、深呼吸を始める。
「すぅー。"
彼女が技を唱えたと同時、四種のマナが少しずつ、空中で動き始める。
「すぅー、はぁー」
オーロの呼吸に合わせ、動き始めたマナはその速度を少しずつ上げていく。
「すぅー……はぁー……」
さらに呼吸を深くしていくオーロ。すると。
「っ! あれは……」
ラレーシェが叫び見つめる先。オーロによって激しく動き回るマナの塊の一端から白熱光が発生する。
「よしっ。ここから」
マナに変化が現れたことで更に一息入れるオーロは、神経を研ぎ澄ませ、マナの速度を上げてゆく。
「で、でもそれだと」
ここまでの過程は同じように出来ていたラレーシェ。だが、その先で何度もマナを爆発させ、失敗に終わらせてきたことで、オーロも同じように失敗を犯してしまうのではないかと疑心になる。
だが。
「すぅー、はぁー」
再び集中するオーロが、次に放った言葉は。
「…………"
「っ!!」
これまでラレーシェが唱えたことのない技。
「な、なに……?」
「いいから、見てて」
知りも得ぬ工程にラレーシェは困惑するも、オーロはラレーシェに対してほんの少し厳しい口調で言葉を返すと、閉じていた両目をゆっくりと開く。
「ぶつけるわけではなかった」
白熱光を帯びるマナの範囲が広がっていく。
「決して、混ぜることでできるものではなかった」
とめどなく加速し続けるマナの動き一つ一つを細かく、少しの異変も逃さぬようにと丁寧に見つめ、丁寧に操っていく。
「もっと、薄く。マナ同士がぶつからない範囲での、最短の距離間に」
その表情は真剣に、金色の眼を凝らして。
「マナが、初めから全部知っていた。そこが、最適解だって」
とうとう、集うマナ全てが白熱光を帯びた時。このまま加速し続けるのかと、オーロ以外の者達はそう思ったが。
「遅く……なってる?」
ラレーシェが異変に気付いたのはある一部分。
今し方まで目にも止まらぬ速さで移動を続けていたマナが突如、端から少しずつ減速を始めていたのだ。
「これは、私の意思で起きたものじゃない」
「え?」
減速する範囲は徐々に広がり。
「何がどう結びつくかは、マナが決めること」
「そ、それって……」
ついに、マナ全てが減速し、とうとうその動きが止まる。
「私は、それに寄り添うだけ」
全てのマナが完全に止まった瞬間。
「ほら」
「う、うそ……」
四種のマナが再び輝き出す。
「……ふぅー、よしっ!」
その輝きが放った色は。
「すごい、ほんとに……」
ラレーシェが喉から手が出るほど欲しかった、虹色の輝き。
「へへっ」
混成が終わったばかり、呼吸を荒くし肩で息をするオーロ。
「できたっ!」
ラレーシェが驚きの表情を見せる中。
自身の推察と試みが成功したこと。なにより、これでようやくラレーシェの力になれると思った栗色髪の召喚士は、少女のほうを向き、先程まで浮かべていた真剣な表情とは打って変わって、子どものようなあどけない笑顔を見せるのだった。