時刻は正午を回った頃。
「……あれか」
「あぁ。結局、ほとんど休みなく走らせちまったな」
「仕方ないです。その代わり、予定よりも早く到着できたということで」
「メル様、メル様っ。到着しましたよ、起きてください」
レグノ王国とフィヨーツ国。両国間の国境線付近から続いた森林地帯をようやく抜けた後発隊は、馬車の速度を落としながら、その先に現れたフィヨーツ国の正門を見る。
昨晩、湖畔周辺の荒れ跡を発見した一同は、敵影を警戒した為、ほかに野宿が出来る場所はないかと探し続けていたが、適した場所は見つからず。交代で仮眠を取りながら、そのまま夜通しフィヨーツへの進行を余儀なくされていた。
「--っ! そこの馬車、止まれ!」
空宙達が正門に近付いたとほぼ同時、馬車の存在に気付いた門番達が声を上げると、一斉に空宙達の馬車へと駆け、囲い込むように慎重に近づいていく。
「私が行こうか?」
「いや、いい。アタシが行く」
レム王からの書状を乱雑する荷物の中から取り出したペーラが馬車を降りようとするが、馬を止めにと馬車の前方へ出ていたルーナがそれを引き止め、素早くペーラから書状を取り、そのまま馬車を降り門番達の前へと躍り出る。
「フィヨーツ国の勇兵達よっ! アタシはレグノ王国軍盾士部隊部隊長、ケセフ・ルーナ! この度、御国の危機に増援として参った者だ! 馬車にいる者も同様の目的で来た。ここにレム王からの書状もある。ザフィロの親じ……ツェデック・アリー氏からも事前に話は行っているはずだが、どうか通してはくれまいか!」
ルーナは小さな身体からは想像し難いほどに大きく通る声で口上を述べ、持っていた書状を広げると、門番達にハッキリと見えるよう高々と掲げる。
「レグノ王国からの増援だと……? いや、それよりもお前……」
ルーナの口上に対し一瞬、向けていた槍を降ろした門番兵だが、その目が見ていたものは書状ではなく。
「まさか、獣人か?」
「……あ?」
ルーナの姿そのもの。
「だったらなんだってんだよ」
門番兵の言葉に、丁重な態度を示し続けていたルーナの表情が急変する。
「っ!? そんな、こんな小さな少女が?」
「里は魔族によって滅ぼされたはずでは」
「まさか、噂の生き残りが……?」
他の門番兵達もルーナの姿を見るや、みな信じられないといった顔を浮かべ、物珍しいものを見るような目を向ける。
「まずいな。ソラ殿、馬車の中を頼みます」
「っ! はいっ!」
一人の少女をエルフの兵達が神妙な顔で見つめるといった異様な雰囲気が漂う中、ルーナの様子がよからぬ方向に向かっていることに気が付いたペーラが、冷静になるようにとルーナを宥める為、慌てて馬車から降り駆け寄ろうとした。
その時。
「その子の身元を詮索するのは、御止めください」
「「っ!」」
突然、エルフ達の後ろから聴こえてきたのは怒りの籠った野太い声。
「ザフィロの親父……」
ほんの僅かに開いた正門から現れたのはアリー。
後発隊を迎えようと生命の樹から急いで正門まで来ていたが、ルーナを囲う門番達に向けるその顔は般若の形相となっていた。
「その者達は、以前わたしが申し上げておりました、我が王国からの増援の方々です。どうぞ、このままここをお通しください」
「し、しかしっ! 魔族が化けている可能性が」
「わたしが彼女の姿を見誤るわけがありません。それに、マルカ殿からも事前に許可を取ってます故、どうぞ。ここをお通しください」
言う通りに動こうとしない門番達に対し一切引くことなく、真っすぐと目を見つめては圧を掛けていくアリー。
「…………し、仕方ありませんね」
暫くの沈黙が続いた後、ようやく根負けした門番が、武器をしまうと正門の前まで向かい、馬車が通れるほどの幅まで開こうと作業を始める。
「すまねぇ、ザフィロの親父」
「気にするな」
正門を開くエルフ達を見るアリーの下へ歩み寄るルーナは、申し訳ないとアリーに対して謝るが、アリーはそれを笑顔で流しては、ルーナの頭をそっと優しく撫でる。
「それより嬢ちゃん、思ったよりも到着が早かったが、何かあったのか? 馬の様子を見た限り、かなり無理して走ってきたように思えるが……」
「あぁ、実は向かっていた途中で何かが争ったような跡があってな。どこか別の場所で野宿が出来ないか探してたんだが、見当たらないもんだから結局、ほとんど休まずに走らせてたんだよ」
「なに?」
「まぁ、とはいえ特にそれらしき奴らに出くわすことも無かったから、みんな大丈夫だよ」
「……そうか」
ルーナの話にアリーは一瞬眉をひそめたが、後発隊の無事を知りホッと胸をなでおろす。
「ザフィロの親父。来てもらってすぐに悪いけど、入国したら真っ先に厩舎で馬を預けたい。こいつら、相当無理させちまったからよ。あと、うちらも任務に向かう前に一度宿屋に寄りてぇ。ちょっと……寝たい」
「あぁ、分かった」
「すまねぇな」
そうして、ルーナはすぐに馬車へと戻ると、アリーの先導のもと馬を歩かせ、徐々に開いていく正門へと馬車を向かわせるのだった。
* * *
「すぅー……はぁー……」
昨日に引き続き、虹色の輝きを生み出そうと祠に向かってマナを混ぜ合わせるラレーシェ。直向きに修行へと取り組む彼女だったが、その実力が急に上達するほど都合がいいことは起きず。
「キャッ!?」
祠の中で混ざり合っていたマナはまたしても爆発し、失敗に終わる。
「……もう一度」
だがラレーシェはめげることなく。自身の祖母にあれだけの啖呵を切った手前、そう簡単に諦めてたまるかと、爆発の衝撃で尻もちをついていたがすぐに起き上がり、休む間もなく再び祠に両手をかざし、集中する。
「おーいっ!」
するとその時。
「ラレーシェちゃーん! おにぎりとお茶、王宮から貰ってきたよー!」
街の方角から、両腕でおにぎりと水筒を抱えたオーロが森の中を駆け抜けてくる。
「っ! オーロねーちゃん。そっか、もうそんな時間……」
朝早くからの修行。時間の流れも忘れるほどに集中し、打ち込み続けたラレーシェ。
「……続きはまた、ご飯のあとか」
「どう? あの後から何かつかめた?」
「ううん、まだなにも……」
「そっか……」
森林をそよぐ風が汗ばむ二人に心地よさを届ける中、王宮の給仕に作ってもらったおにぎりを頬張るオーロとラレーシェは、ここまでの修行の成果について話し合う。
「集まるところまではいいんだけど、そこから同じ分量で混ぜ合わせるのがどうしても難しくて……」
「うーん、混ぜ合わせる、かぁ」
ラレーシェの話を聞きながら、一緒に考え込むオーロ。だが、異種のマナを混ぜ合わせることに関してはオーロ自身が経験したことのないものだけにイメージが湧かず、足踏みするラレーシェにどう手助けしたらよいかと頭を悩ませていた。
「……ラレーシェちゃん、混ぜ合わせるのは必ず四つのマナ全部からじゃないとだめ?」
「ううん、混ぜ合わせるだけなら二種類からでも出来るよ」
「うーん……」
ラレーシェの話を聞き、再び考えに耽るオーロ。
「……ちょっとやってみるか」
「え?」
「フェニクス、リヴァイア。来て」
何か思いついた顔をし、その場から立ち上がるとそのままフェニクスとリヴァイアを召喚する。
「二人とも、ちょっと聞きたい事があって」
「あら」
「どうかしたか」
「二人のマナを混ぜ合わせることってできる?」
「「…………え?」」
「……なるほど。エルフのお嬢がやってることも、お嬢も試してみたいと」
「そう、話を聞いたところで、まずは私も同じことをやってみないとどう手助けしたらいいか分からないから」
「そういうことね。相手が相手だから、あまり乗り気ではないけど……オーロちゃんの頼み事とあらば協力するわ」
「ありがとう、二人とも」
フェニクスとリヴァイアにこれまでの経緯と目的を説明したオーロは、己の召喚獣から承諾が得られると笑顔を見せ、礼を言う。
「それじゃ早速」
そして、フェニクスとリヴァイアを向かい合わせてはそれぞれの術を発動させようとした時だった。
「あ、ちょっと待って。オーロちゃん」
突然、リヴァイアが己が主人に対して制止の声を上げる。
「先に言っとくけど、ワタシとフェニちゃんのマナだと、混ぜ合わせるなんて出来ないわよ?」
「…………あ」
それを聞くや、オーロは間の抜けた表情を浮かべたのであった。