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31.胸中


「あれは……。おーいっ! ローミッド殿!」




「……ん? おおっ、アリー殿。それに皆さんも」




 基地からフィヨーツへ転送された瀧と護を森の中で迎えた彩楓とアリー。


 先ほど遭遇したリフィータ王女からの言い伝え通り、すぐにマルカの下へと向かう為に瀧と護を引き連れながら急いで街の中を歩いていた所、生命の樹での任務をひと段落終えたばかりのローミッドとばったり会う。




「よかった、無事に合流できたのですね」


「いや、まぁ無事と言えば無事なのですが」


「ん? それはどういう」


「実は……」








「……なるほど。そちらもでしたか」




 人混みの中を掻き分けながらアリー達の下へと近づいた後、すぐに瀧と護の存在に気が付いたローミッドは安堵するも束の間、森の中で何があったかを彩楓から聞かされ、小さく頷いては難しい顔になる。




「ということは、ローミッド殿も?」




「えぇ。先ほどまで生命の樹の見回りへと行っていたのですが、終わり際、入口のほうでマルカ殿とあったもので」




「なるほど……」




「まさか一般の者の中にも?」




「流石にその可能性は考えたくはありませんが、もしかしたらこの中のどこか。常に我々の動向を窺っている者が紛れているとするなら、こうして迂闊に集まって話し合うのも控えたほうが良いかもしれませんね」




 別々の場所とはいえ、お互いにほぼ同じタイミングで国の重役とあってしまったこと。


 それがたとえ偶然のことだったとしても、ローミッド達にとっては自分達の行動が監視されているのではないかと、思わず勘繰ってしまうほどの出来事となる。




 何気ない風景に見えていた街中の様子が途端に、狭く、窮屈に思わされる彩楓達。




 すると。




「おい、いつまで話し込んでいる。さっさと案内したどうだ」




 そんな彩楓達の事情など知らない瀧が、ずっと待ちぼうけを受けていることを嫌い、アリーを急かし始める。




「っ! こらっ、アリーさんに対して」


「はっはっ。いいんですよ、左雲殿。待たせてしまって申し訳ない。では、ローミッド殿、我々も急ぎ生命の樹へと参ります」


「承知した。どうか宜しくお願いいたします」


「では」




 そして、アリーはすぐにローミッドへ別れを告げ、再び次の目的地へと向かおうとした時。




「あっ、アリー殿」




 すれ違いざま、振り返ってはローミッドが声を掛ける。




「? どうかされましたか?」


「いや、その……ザフィロ殿のほうは」


「あぁあの馬鹿娘ですか……。あいつは今頃」






-フィヨーツ 王宮外庭-




「あっらぁ~。こんなに壁面が綺麗になって。リフィータ様もきっと、お喜びになりますわぁ~」


「ぜぇ……ぜぇ……。も、もうよいだろ」


「えぇっ! 何を仰っているのですか? まだこの王宮の百分の一も清掃出来てませんのよ? 冗談は壊れて首がグールグル回り始めた散水用のポンコツ魔道具だけにしてちょうだいませぇ~」


「な、なんだと」


「御得意の魔法でずるをしようだなんて、思わないでくださいましぃ~。手作業手作業っ、真心込めて一生懸命っ」


「も、もうこれ以上は」


「さぁさぁ、次へと向かいますよ~!」


「いやだ、いやだぁ~!」


「はいはい、わがまま言わないの~」


「あぁぁ。手がぁ、手がぁ……」






* * *




「ラレーシェちゃん、落ち着いた?」


「ぐすっ……。う、うん……」




 祖母からの咎め立てに耐えきれず、生まれて初めて激昂をぶつけてしまったラレーシェは、リフィータ王女が去った後も暫く泣き続け、オーロに宥められるもようやく落ち着き始めた頃には、顔も服もひと目には見せられないほどにグシャグシャとなっていた。




「急にリフィータ様に怒鳴り始めた時はどうしようって」


「……ぐすっ。それでも、イヤだったから…………」


「…………」


「役立たずなんて、思われたくない。ちゃんとアタシが居るんだって……お婆さまに、言いたかった」




 まだ胸の奥から湧き上がってくる嗚咽を必死に堪えながら、オーロの胸の中で己の想いを吐露するラレーシェ。




「……うん、そうだね」




 そんな少女を、オーロは包み込むようにそっと抱き寄せ、金色に靡く髪をゆっくりと撫でる。




「ラレーシェちゃん」


「…………うん」


「私も手伝うからさ。一緒に、頑張ろう」


「……うん」


「……よしっ」




 返事を聞いたオーロは、ラレーシェの両肩を掴むと自分から少し遠ざけ、目を腫らした跡が残る顔をじっと見る。




「じゃ、早速いまから特訓だっ」


「……うんっ」




 そして、笑顔で励ますと、それに釣られたラレーシェも両目を手の甲で拭っては、元気な声で応えるのだった。




* * *




 時は夕暮れ。


 レグノ王国とフィヨーツ国、両国間国境線付近の森林地帯にて。




「……おい、なんだよこの荒れ跡」


「……倒れている木々の様子を見る限り、まだ最近のものだな」




 王都を出発して以降、ここまで何事もなく馬車を走らせてきた後発隊。辺りが暗くなり始めてきたことを受け、野宿の為に安全地帯を探そうと近くに見えた森の中を探索していた時だった。




「どうも切り口を見ても魔物の仕業ではなさそうだ……。誰かここで争ったりでもしたのか?」




 少し中へと進んだ先には唐突に開けた場所に広がる湖畔の側にかけ、一部地面が大きく抉られ、木々は見るも無惨に斬り倒された跡があった。




「少なくとも、この近辺で野宿をするのは危険ですね……。もう少し移動して、別の場所を探しましょうか」


「そうだな。おいっ、一旦馬車のほうへ戻るぞ」




 まだ争った者が近くに潜伏しているかもしれないと思った空宙の提案にルーナが同意し、他のみんなを呼び掛ける。




「…………」


「? おい、ペーラ」


「っ! あ、あぁ。そうだな、急いで戻ろう」




 眉間に皺を寄せてはずっと、荒れた痕跡を観察していたペーラ。戻り際に後ろを振り返ったルーナに呼び掛けられて、ようやくその場から離れる。




「(…………あれは……、間違いなく隊長の技の跡)」




 出発の前、ユスティからは先発隊は無事に到着したと伝えられていたペーラ。




「(何事もなかったのではないのか……?)」




 だが、長い時間。誰よりも己が隊長の剣技を傍で見てきた彼女の眼だけは実を捉え。




「(隊長は……本当に無事だったのか?)」




 今一度、馬車へと乗り込む直前に後ろを振り返る彼女の心の中には。




「(……隊長、どうして)」




 ただただ、不安と焦燥が渦巻くのであった。








 一方で。




「メル様、荷物はこれで全て……メル様?」




 野宿の準備をする為にと、一度降ろした荷を再び馬車へと積み上げるレフィ。一通り載せ終えたところで主人に確認を取ろうと、近くで待機していたメルクーリオに声を掛けるが。




「はぁ……」




 当のメルクーリオは己が侍女の声に反応することなく。雑草の中で小さく咲く一凛の花を見ては淡いため息を吐く。




「メル、様? どうかいたしましたか?」




「……タキ、さん」




「(--っ! …………まただ)」






* * *




レフィ視点






 ここ最近、メル様の様子がおかしい。


 昔から少し抜けたところはあるけれど、それを抜きにしても、ここ数日は……特に変。




 声を掛けても上の空。心はここにあらずといった様子で、ふらふらとしていて。




「……タキ、さん」


「っ!」




 また。


 まただ。




 また、あの男の名を口にした。




 ウキョウ・タキという男。


 礼儀もなくぶっきらぼうで、とにかく癇に障る方。




 あの日の晩。


 メル様との見回り番をつとめていた時、教会に不審な者が入っていくのを見たと街の人から通報を受けて見に行ってみれば、その先にはあの男がいた。


 何をしていると聞いても、メル様が声を掛けても。答える素振りはなく、無愛敬な態度を取り続けていた。




 どうしてメル様はあんな方のことを気にされるのか。




 そういえば、メル様の様子がおかしくなったのは確か、教会での祈りの集会のあとからだった。


 久々の集会に心を躍らせていたメル様。目の前で子どものようにはしゃぐメル様に、転んでけがをしないかと手を焼かされてはいたけど、いつぶりかの笑顔を浮かべていたメル様を見て、私もどこか安心していた。




 その時だった。




「……この音は?」




 突然、街中に流れ始めた楽器の音色。


 それは生まれてきてから、一度も聴いたことのない素敵なものだった。




 メル様も足を止め……そうだ、メル様の顔。


 今、私の目の前で浮かべている表情は、その時と同じ、ふやけ、ウットリとしたものだった。




 あの日から。




「……メル様」




 あなたは一体、何を考えていらっしゃるの。

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