-フィヨーツ王宮内、地下深部-
「……リフィータ様」
「なんだ」
ドーム型を
「少し、よろしいでしょうか」
そこに、マルカが様子を窺いながら、慎重に声を掛け近づこうとする。
「どうせ、役人の者共の件だろう」
「……左様でございます」
マルカが言うよりも先、用件に強く心当たりがあったリフィータ王女は辟易とした様子で答えては、水晶から目を離しマルカのほうを向く。
「先日、リフィータ様がお決めになられた生命の樹の継承者につきまして、一部の役人から反発の声が上がっておりまして」
「何もしていない者の口からは、常に不満の声が出るというもの。十中八九、継承者が何故エルフの王族の者ではなく人族の娘なのか、ということなのだろ? くだらない話だ」
「…………」
淡々とした様子で話すリフィータ王女。一度ゆっくり息を吐き、再び水晶のほうへと向いては、手をかざし始める。
「”
そして、リフィータ王女が水晶に向かい術を唱えた瞬間。
「--っ!」
フォンッ、と物が吸い寄せられるような音と共に、リフィータ王女を中心に幾つもの小さな魔法陣が展開され、地下空間が青白い光によって眩く照らされる。
「天の加護。妾が開発した対魔物・魔族用の防護結界。その仕組みは、生命の樹と術者の魂をつなげ、生命の樹に流れる四属性全てのマナの流れを知覚し、魔道具を通して全て同じ配分率で合わせ、制御するもの」
「……流石でございます」
「その過程において、マナの流れを常に視認しなければならない。目が覚めている時は勿論、寝る時も。どこにいても、生きているうちはずっと」
地下に響くはリフィータ王女の声のみ。話が進むにつれ、その声は冷酷に、
「マルカ」
「はっ」
「マルカ、これまで一番近くで見てきたお主に問う。お主はこの術を見て、簡単そうに扱えるものだと言えるか?」
自身の配下を試すように、唐突にマルカへ問いかけるリフィータ王女。
「いえ、決して」
対し、マルカは一切表情を崩さず、己の主人の背を真っ直ぐ見ては迷いなく答える。
「天の加護さえあれば魔族による害を受けないと。いつまでも、安全に、平和に暮らせると。何も知らない者からすれば、まさに理想のような話なのだろう。だがその実は、この国を、民を守る為。一時の気の緩みすら許されず、己が寿命を代償とし、全ての国民の命をこの手この身一つで背負うというもの。それを、まだ未熟な、幼い少女一人に任せられると思うか」
展開された魔法陣が徐々に閉ざされ、光と共に消え去っていく。
「エルフの王族だろうがなかろうが、それは決して国を守る理由にはならん。手段を選んでいる余裕はない」
何もなくなった天井を、リフィータ王女は憂う顔をして眺める。
「マルカ」
「はっ」
「お主には暫く苦労を掛けさせるが、事の
「承知いたしました」
リフィータ王女からの銘を受けたマルカはその場で深く一礼し、地上へ戻ろうと
「……もう、時間がないのだ」
街の中心部から遠く外れた森林地帯にて。
「ここが、エルフの国なのか?」
「なんだ? 樹だらけで街なんてなんもねぇじゃねぇか。つーかあの女どこだ?」
小型のパラボラアンテナの前に立つのは瀧と護。
基地からフィヨーツへの転送を終えた二人は、すぐに彩楓と現地で合流するようにと事前に井後から伝えられていたが、辺りにその彩楓の姿はなく。顔をしかめながら、自然に囲われた景色をあちこち見渡していると。
「はぁっ……はぁっ。すまないっ! 遅れてしまった!」
そこに、彩楓が慌てた様子で茂みを掻き分け、二人の下へと駆けこんでくる。
「来たか……。珍しいな、時間に厳しいお前が遅れるとは」
「ちょっと、先に別の用があってな……」
昨晩遅くまで作業に取り掛かっていた彩楓は、目の下にはくっきりとクマを浮かばせ、息を切らしながら二人に向かって謝る。
「おい。そんなことより早くここから「おおっ! 来ましたか!」……あぁ?」
朝早くからの転送で既に機嫌を悪くしていた護が、一刻も早く任務を終わらせたいが為に彩楓に詰め寄ろうとした時。
「いやはやっ! お待ちしてました、御二方」
そこに、彩楓の後ろをついてきたアリーが、大声を上げ、諸手を広げては駆け寄ってくる。
「実は、アリー殿をここまで連れてくる為に事前に迎えに行っててな。ここからはアリー殿に案内をお願いすることになる。くれぐれも失礼のないように」
彩楓からの紹介に、アリーは改めて二人に軽く頭を下げる。
「宜しくお願いします。では」
そして、アリーが街の方角へと向き、歩き出そうとした。
その時だった。
「お主ら、そこで何をしておる」
「「っ!?」」
突如、その場に現れたのはリフィータ王女。
付き人はおらず、一人森林の中を歩いては、鉢合わせた彩楓達の姿を見て、怪訝な顔をしながら睨みつける。
「リ、リフィータ様!?」
予想外の人物に、彩楓とアリーが思わず動揺する。
「あ? 誰だおま「おいっ、よせっ!!」」
リフィータ王女のことを知らない護が早くも王女に対し不敬な態度を見せようとした所を、彩楓が慌てて抑え込む。
「(おいっ! 何すんだてめぇっ!)」
「(馬鹿者っ! あの方がエルフ国の王女様だっ!!)」
急に口をふさがれたことにより暴れようとする護だが、それを彩楓は必死に制止しようとする。
「リ、リフィータ様っ! こんな所に何用で」
「何をしているとはこっちのセリフだ。お主ら、その後ろの物はなんだ。我が国内で勝手に」
「こ、これは私達の仲間を呼ぶ為の装置で……。こ、この度、増援が参りました!」
これ以上リフィータ王女に怪しまれてはまずいと、酷く取り乱しながら事情を説明する彩楓とアリー。
「増援? その後ろにいる者共のことか?」
「は、はいっ! この方々が、先日申し上げた後発隊の者になります!」
「……なるほど。だが妙だ。そなたらの国の者が正門を通ったなどといった報告はマルカからは一切受けていない」
「「っ!」」
しかし、馬車で移動する空宙達はともかく、基地から直接フィヨーツ国内へと転送する瀧と護については事前に説明をしなかったことが仇となり、より疑いを抱かれてしまうことに。
「そなたら。どうやってこの国に入ってきた」
リフィータ王女の表情が険しいものへと変わる。
「そ、それは……」
あまりの事態にたじろぐ彩楓。
懸命に思考を巡らせてはこの状況をどう誤魔化せばいいかを考えていると。
「……はぁ。まぁよい、今はそなたらに構っている時間はないのだ。アリー。今すぐマルカの下へと向かい、このことを報告した後、防衛部隊へと合流せよ」
「えっ、あっ……。しょ、承知いたしました!」
リフィータ王女は呆れた様子で大きくため息を吐き、これ以上彩楓達を咎めるようなことはせず、アリーへ指示を出し、再び森の奥へと進もうとするのだった。
「た、助かった……のか?」
リフィータ王女の態度が急変したことに呆気にとられながら、少しずつ遠のいていく王女の背を見つめる一同。
「と、とにかく急ぎましょう。皆様、こちらになります」
リフィータ王女の言葉通り、急いでマルカの下へと向かおうと、アリーの合図とともに彩楓達はその場から移動を始めたのだった。
「……また面妖な者が二人に、妖霊なんぞ連れよって」