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28.一緒に


 レグノ王国王都より五十キロほど離れた位置。




「「「…………」」」




 王都を出発してから約二時間半、休むことなく馬を走らせ続ける空宙達。


 馬車に揺らされる中、そこには和む様子など一切なく、みな口をつぐんでは、この先再び起こるかもしれない大きな戦いを危惧し、表情を硬くしていた。




「あ……ソ、ソラ……さん」




 そんな中。




「……え? あ、はいっ!」




 突然、おどおどとした様子のメルクーリオが、向かいに座る空宙に声を掛ける。




「メルクーリオさん、どうかしましたか?」


「タ……タキさん、は……ご一緒には……ならなかった……のです……か?」


「え?」




 メルクーリオが問いかけてきたのは瀧の不在について。


 後発隊として組まれていたが、今この場に居ないことを不思議に思ったメルクーリオ。空宙なら何か知っているのではないかと、両の手の指を微かに絡ませながら尋ねる。




「瀧、ですか……?」




 まさか急に瀧のことなど聞かれるとは想像していなかった空宙。メルクーリオの顔をまじまじと見ては一瞬、どう答えたらよいか頭の中で考えを巡らせていると。




「……メル様」


「っ!」




 そこに、厳しく刺すような声がメルクーリオを呼ぶ。




「あの男のことなど尋ねてどうされるのです」


「レフィ……」




 二人の会話に割って入ってきたのはメルクーリオの侍女、レフィ。


 メルクーリオの世話と護衛の為にと急遽、後発隊に同行することとなったレフィだが、空宙とメルクーリオを交互に見た後、再びメルクーリオに対して懐疑的な目を向ける。




 すると。




「あいつらなら来ねぇって、前に軍会議の時にユスティさんが話してたろ」




 馬車が出発して以降、二度寝を取っていたルーナが空宙達のやり取りに目を覚ますや、空宙よりも先にメルクーリオの質問に答える。そして、細かい事情はお前から説明しろと言わんばかり、空宙に目をやっては合図を送る。




「っ! えっと、はい。先発隊として先に向かっていた彩楓さんが仮設の転送装置でエレマ隊本部とフィヨーツを繋いでくださるので、後発隊として入った瀧さんは、俺らには同行せず、基地から直接フィヨーツへと向かう手筈になっています」


「そう……。そう、でした……ね」




 ルーナと空宙からの説明によって軍会議のことを思い出したメルクーリオは、話を聞き終えた途端に目を下へと逸らし、力無く返事をする。




「ま、うちは好都合だけどな。……あいつと一緒だなんて死んでもごめんだ」




 ふと笑みを浮かべたのもつかの間。護の顔がちらついた瞬間、ルーナの表情が殺気立ったものへと変わる。




「…………」


「っ! ルーナさん」


「わぁってるよ。急に殺気放って悪かったって。……つーかよ。おい、ペーラ」




 レフィの表情が強張るのを見た空宙に注意されるルーナ。両手を上げて謝ると、今度は向かい側に座るペーラの様子が気になり話し掛ける。




「っ!? わ、わたしか? どうかしたか?」




 不意を突かれたペーラが、慌てて皆の顔を見ながら言葉を返す。




「お前はもっとシャキッとしろって。なんだ? また隊長さんのことが気になるのか?」


「い、いや、わたしはただ」


「ユスティさんも言ってただろ。オーロの件はともかく、まだ向こうでは魔族との交戦は起きてねぇって。案ずる気持ちは分かるけどよ、今のうちらだって連中からしたら格好の標的なんだ。いつまでも浮いたままでいるんじゃねぇよ」


「わ、わかってる……。わかっているっ!」




 ルーナの物言いに対し機嫌を損ねたペーラは、拗ねた顔をしてはそっぽを向く。




「……はぁ」




 ペーラの反応にため息を吐くルーナ。




「少し休憩するぞ。馬の速度が落ちてきた」




 最前で駆け抜ける馬の様子を窺い、疲れが見え始めた所で一同に声を掛け、馬車を停めようと徐に立ち上がる。












「さて……どうする、お嬢」




 フィヨーツ、王宮より近くの宿にて。


 部屋の中で佇むは、炎鳥フェニクスと水龍リヴァイアに、主であるオーロ。




「うーん……。どうしよう」




 彼女らが見下ろす先にいたのは。




「放してっ! 放してってば!」




 リフィータ王女の孫娘であるラレーシェ・シェドーヌ。


 彼女は自身の背に乗っかかる大亀をどかそうと、必死に手足をじたばたとさせ暴れるも、大亀はびくともせず。オーロを襲おうと持っていた短剣はリヴァイアによって取り上げられていた。




「どうしようって……。オーロちゃん、今さっきこのに命を狙われたのよ? フェニちゃんが居なければ貴方」




 フェニクスからの問いに対して曖昧な態度を取るオーロに、珍しくもリヴァイアが叱責する。


 寝起きの所を襲われそうになったオーロだったが、間一髪。幸いにも、何かあった時の為にと護衛として召喚させていたフェニクスによりラレーシェの短剣から辛くも逃れ、その後、すぐに彼女を無力化させていた。




「そうだけど……」




 リヴァイアの話を聞いてもなお判断に迷うオーロ。


 目の前にいるのはエルフ国の要人。命を狙い、今もなお自身を強く睨み続けては敵意をむき出しにされているとはいえ、扱い次第によってはただ事では済まないと重々認識はしていたのだ。




 すると。




「ぐぅぅ……重いよぉ……」




 オーロ達が対応を決め兼ねていると、流石に大亀の重さに耐えきれなくなったリフィータが、とうとう弱々しく音を上げ始める。




「はっはっ。重いはワシにとっては素晴らしい誉め言葉じゃ」




 そんなラレーシェの背に乗る岩亀、アスピドは目を細ばせながら、しゃがれた声で朗らかに笑う。




「と、とりあえずっ! だいぶ大人しくなってきたから……アスピド、ありがとう。暫く休んでていいよ」


「はっはっは。ほいさぁ」




 オーロの合図に、アスピドは再び笑いながらその姿をマナの粒子へと変化させ、ラレーシェの背から消え去る。




「さてと」




 床に伸びるラレーシェにゆっくりと近づくオーロ。その場に屈み、覗きこむようにしてラレーシェの様子を静かに窺う。




「えっと……ラレーシェ、ちゃん、だっけ? どうして私を襲おうとしたのかな?」




 警戒はしつつも、なるべく刺激させないように優しい声色でここへ来た目的を訊く。




「そ、それは……」




 ようやく立ち上がることが出来たラレーシェ。




「あなたが……あなたが生命の樹の後継だって……」




 両の拳を握り締める彼女から返ってきた言葉は。




「お婆様がワタシじゃなくてあなたを選んだからっ!!」


「っ!」




 これ以上と言わんばかりに、憎悪の感情が込められたものだった。




「どうしてっ!? どうしてワタシじゃないのっ!?」




 叫び散らしながら怒りで震える拳をオーロの胸に打ち付けるラレーシェ。




「お嬢っ!」


「オーロちゃん!」




 主に危害が及ばないよう再びラレーシェを拘束しようと試みるフェニクスとリヴァイア、だが。




「待って」




 冷静に、それをオーロが止める。




「(この|娘《こ》……)」




 自身に向かって喚き、目には涙を浮かべながら顔を真っ赤にし必死に訴えるラレーシェに対し、オーロが最初に気になったのは彼女の両拳から両腕にかけて。


 乱暴に振り回すその腕と拳には沢山の傷跡があり、古くなったものもあれば最近出来たであろうと推測できるものまで、様々と。




「(もしかして……)」




「じゃぁ……どうしてワタシ……ここまで」




 徐々にラレーシェが振り被る拳に勢いが無くなっていく中。




「(……そっか)」




「何のために……ずっと」




「(事情はどうあれ、この娘からしたら……)」




 ラレーシェを見てオーロが思い返していたのは先日の王宮でのラレーシェとリフィータ王女のやり取り。


 命を狙われたことによる怒りは一切なく、心に芽生えるは、哀しみの感情。




「お父様と……約束……したのに」




「(自分の使命を、理不尽に奪われたようなものだもんね……)」




 とうとうオーロに向かって拳を振り回すのを止めたリフィータ。力無く膝から崩れ落ち、俯いては床に両腕をだらんと下げ、啜り泣く。




 あまりの様相に皆何も言えず、静まり返る部屋に響き渡るのは少女の泣く声のみ。




「……ラレーシェちゃん」




 暫くして、泣き崩れるラレーシェのぐしゃぐしゃになった顔をゆっくりと覗き込むオーロ。


 涙で濡れた頬にそっと手を当て、慰めようとラレーシェの後頭部を優しく撫でる。




「ごめんね、大人の事情に巻き込んでしまって」


「……ワタシ、ワタシ」


「ラレーシェちゃんが頑張ってきたことを、奪ってしまうようなことになってしまって」


「うるさいっ! ワタシはっ!」




 その時。




「でもね」




 嗚咽を繰り返すラレーシェがオーロの目を初めてちゃんと見た時。




「私には、それを嬉しがるような気持ちはどこにも無いの」


「っ!」




 ラレーシェが見たオーロの目は、悩み、苦しみ続けている目であり、それはあまりにも生命の樹の次期契約者として選ばれた者がする表情とは程遠いものだと気づかされる。




「(今、私がこの娘の為にしてやれること)」




 レグノ王国のため、自身のため。そして、何よりも目の前にいる少女の為。


何とかして生命の樹の契約者になるのは避けなければならない。




「あのね、ラレーシェちゃん」




 オーロが決めた選択。それは。




「あなたが生命の樹の契約者になれるように。鍛錬、手伝ってあげる」


「…………え?」




 少女の手を取り、寄り添うということだった。

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