-エレマ隊本部基地 制御室-
「総隊長。たった今、彩楓隊員から連絡が。作業は順調に進み、間もなくエルフ国の座標分析が終わるとのことです」
十名以上のエンジニア達が慌ただしく業務に当たる中、その様子を見守っていた井後の下に荒川が駆け寄る。
「そうか、御苦労。分析が完了次第、護と瀧にはフィヨーツへの転移の準備に取り掛かるよう伝達してくれ」
「承知いたしました」
荒川からの報告を聞いた井後は、メインパネルに映るフィヨーツ含む周辺の地形図を静観しながら、次の指示を出す。
すると。
「ところで総隊長」
「……ん?」
「天下隊員のことで」
唐突に、周りにいるエンジニア達には聞かれないようにと荒川が井後に耳打ちをし始める。
「状況は」
「医師の判断ですと、まだ尋問を受けれる状況ではないとのことで」
「……分かった」
言葉少なに荒川が伝えた内容は烈志の容態について。
先日、勝手な行動を取った上にローミッドへの決闘を仕掛けた烈志は、井後と彩楓によって基地へと強制的に連れ戻されたが、その後、過度な疲労により倒れては、今日に至るまで未だに快復へと向かえていない状況だった。
「引き続き、そっちのほうも頼む」
「はい」
荒川は短く返事をすると、足早に制御室を後にする。
「…………」
その背を横目に一瞥する井後。
「……場合によっては、剥奪の処置も考慮しなければならないか」
その場から微動だにせず、腕を前に組んでは険しい表情で小さく声を漏らすのだった。
日付は変わり、陽が昇る前。
-レグノ王国 王都裏門前-
「おい、荷物はこれで全部だよな」
「よいしょ、っと……そうですね」
「隊長……私もすぐに」
「……メル様? 先ほどから周りを気になされて、どうかなさいましたか?」
「っ! い、いえ。あの……タキさん……は」
フィヨーツへの出発を目前としていた後発隊。
昨晩、ローミッドから報告を受けたユスティはすぐに空宙達にも状況を伝え、フィヨーツでの事態が思わぬ方向で複雑に蠢き始めていることから、まだ空が暗い時間ではあったものの、急いで馬車に荷物を載せるなど予定よりも前倒しで準備を進めていた。
「ソラ殿……」
準備を終えた空宙に声を掛けるユスティ。
その表情は、リフィータ王女の要求に対し一晩中苦悩し続けてきた様子が伺えるほどに、酷く思い詰めたものとなっていた。
「ソラ殿、これ以上負担を掛ける訳にはいかないとは存じていますが……どうか、フィヨーツへ到着いたしましたら、シェーメ殿の力になっては頂けないでしょうか」
「分かりました。俺に出来ることならば」
その様子を見た空宙が、ユスティを安心させるようにと、憂いに染まる目を真っ直ぐに見つめて言葉を返す。
「感謝致します」
それを受けたユスティは、空宙の手を強く握り締め、その場で深々と頭を下げる。
「おいっ、そろそろ行くぞ」
そんな二人を、馬車に乗り込んだルーナが半起きの声で呼びかける。
「っ! はい! では、言って参ります」
「えぇ、宜しくお願い致します」
ルーナの呼び声に反応した空宙が再度ユスティに声を掛け、駆け足で馬車へと乗り込むと、それを合図に馬車が動き出す。
「皆様、どうかご無事で」
三度低頭するユスティ。
鳥の囀る声もない平野の中、自身の声は微かにも残らず。虚しくも、すぐに馬車の駆ける音によってかき消されるのだった。
-フィヨーツ 王宮より近くの宿にて-
「オーロちゃん、オーロちゃん」
「ん……んん?」
まだ陽が昇る前の刻。
寝室で一人寝ていたオーロを見張り番のリヴァイアが起こす。
「……んへあ? リヴァイア、どうかした?」
唐突に起こされたオーロが寝ぼけ眼を擦りながら掛け布を捲ると、自身の召喚獣に向かって用を尋ねる。
「オーロちゃん、誰かの気配が近づいてきてる」
「っ!」
リヴァイアの言葉により目が冴えるオーロ。
リヴァイアが「誰か」ということは、それは自分とは親しい関係の者ではないということ。
すぐに戦闘態勢を取り、息をひそめ、扉の外から近づいてくる足音に耳を澄ませる。
「…………」
徐々に大きくなる足音。
「……誰ですか」
近づく足音が扉の前で止まってから暫くして、オーロが慎重に声を掛ける。
そして、オーロの声に反応するように扉がゆっくりと開くと。
「っ! あなたは」
そこに居たのは、昨日、王宮の謁見の間にてリフィータ王女に呼ばれたエルフの少女。
予想外の人物に、オーロは思わず呆気にとられる。
「ど、どうしたの? こんな時間に」
オーロが心配するように少女に尋ねるも、少女は部屋の中に入ろうとはせず、ただじっと、オーロの事を見つめ続けていた。
あまりにも様子が変だと思ったオーロは警戒を緩め、少女に近付こうとした。
その時だった。
「っ! オーロちゃん危ないっ!!」
「っ!?」
ジッと立ち止まっていた少女が突然、手に何かを持つと、オーロ目掛けて突進する。
「死ねっ!!」
その手に握られていたのは小さな剣。
「オーロちゃんっ!!」
無防備のオーロに、凶刃が襲い掛かる。
-フィヨーツ 上空-
「ふぅん。これが天の加護、ね」
エルフ国の兵士達の見張りが届かない辺り。空中で浮遊するのは魔族、オーキュノス。
目の前にある見えない結界に対し、その感触を確かめようと何度か手を触れるも、触れられた結界はその手を決して通すことはなく、緩やかな振動を繰り返すだけ。
「まぁ、今はまだ泳がせておきましょう。お目当ての白金の英雄さんもまだ見えてないようだし」
だがオーキュノスは慌てる様子もなく、ただじっとフィヨーツを俯瞰し、不気味にも不敵な笑みを浮かべる。
そして。
「もう少しだけお待ちなさい。時が来たら、貴方達にはちゃんと仕事を与えてあげるから」
そう言いながらオーキュノスが振り返った先には、赤黒いフードを纏った四人の姿。
「ふふっ。残虐に、残酷に。血のお祭りへと染めてあげましょう」
平和なエルフの民の暮らしに、魔族の手が忍び寄る。