王女の右腕、マルカの助けによりフィヨーツへと入国を果たすことが出来た先発隊。
一度、厩舎に寄り馬車を預けた後、そこからは徒歩でフィヨーツの中央へとむかっていた。
「なんだか、想像していたより近代的な街だな……」
初めてエルフ国へと足を踏み入れた彩楓。
目の前の光景に目を輝かせては、興味津々に街の様子を観察する。
「魔道具の研究については我がツェデック家の専売特許であり、昔から研究に必要なマナを、ここフィヨーツから輸入しては、製造した魔道具とその技術の一部を再びフィヨーツへと再輸出することで、お互い発展し合ってきました」
嬉々としてはしゃぐ彩楓の様子を見てはアリーが鼻を高くし、思わず饒舌になる。
先発隊の前に広がるは、自然と魔道具の融合都市。
自然に目を向ければ、そこには生命の樹から無尽蔵に溢れるマナによって肥えた大地が果てしなく続き、多くの作物を育て、野山の水源から流れる川の水は曇り一つなく透き通り、エルフ国の民の喉と心を潤す。
街に目を向ければ、建物は全て魔道具で出来たものであり、移動手段、作物の収穫、水の確保も全て魔道具によるもの。
大量のマナが必要とされる魔道具の持続駆動も、大気中に存在するマナを直接、魔道具へと送り込むことで可能とし、エルフ国の民は衣食住の全てを不自由なく営むことができていた。
「ふん、似非魔術師に対して自慢げに話しよって。恥ずかしいわ」
そんなアリーの様子を横目に見ていたザフィロが、自分の父親と彩楓を交互に見ながら嫌味を吐く。
「年がら年中自分の研究に夢中になっているお前には分からないだろうな。魔術とは、こうして人々が幸せに暮らせるように、マナという日々の恩恵を最大限活用し、その根底を支えてあげるものだ。我が家の長年の努力と継続の結果が、今お前の目に映っているものなのだ。ダァー! ハッハッ!」
だが、アリーはザフィロの態度を気にすることなく、むしろ先ほどよりも誇らしげに、大きく胸を張っては大声で笑い、語らい続ける。
「…………うるさい」
嫌味を言う前よりも不機嫌になるザフィロ。
「本当に、仲が悪い親子ですね」
「あー、ははは……」
そんな二人の様子を後ろから見ていたローミッドとオーロも、半ば呆れた表情をしながらゆるりと歩いていた。
その時。
「……皆様、こちらです」
突然、道端で立ち止まったマルカ。
彼が指し示した先に見えてきたのは、辺り一面透き通った湖に囲われた、巨大な木造の建築物。
「ここが……」
辿り着いたは国の役人が集まる宮殿。表面には幾何学模様がびっしりと施されており、宮殿の縁に沿っては等間隔に樹木が綺麗に植えられ、正面入り口からは真っ白な大理石が宮殿を囲う湖を左右二つにぶった切るように、ローミッド達の足元までと敷き詰められていた。
「どうぞ、中へ」
大理石の道脇に立ったマルカが、ローミッド達を宮殿の中へと促す。
- レグノ王国 王都 剣士部隊訓練場 -
「っ! 隊長たちが!」
ユスティから先発隊の到着を聞いたペーラ。
「承知いたしました! すぐに出発できるよう、準備いたします」
ローミッドの無事に安堵するも、その胸中では自身もフィヨーツへ向けて今すぐに出発したいと逸る気持ちが押し寄せていた。
「出発の日につきましては、先発隊にいらっしゃる左雲殿がフィヨーツでの転移座標の設定作業を終えてからとなりますので、井後殿からの連絡があり次第、改めてお伝えいたします」
ユスティはそう言うと、また他の者へ伝える為にとペーラに向かって軽くお辞儀をしては、速やかにその場から走り去っていく。
「(…………隊長、私もすぐに……)」
-エルフ国 フィヨーツ 宮殿内-
宮殿に入り、また暫く歩き続けていたローミッド達。中は複雑に入り組んだ構造となっており、右に左にと角を曲がっては、何度もペイズリー文様が一面中に彫られた壁面を見させられていた。
「おい、いつまで歩かせるつもりだ」
普段から運動することのないザフィロ。
疲労によって元々猫背だった姿勢を更に前屈させ、纏う紺のローブの裾を地面に引きずりながら気だるそうに歩き、小さく愚痴をこぼす。
「いいから黙って歩け」
それを耳にしたアリーが、最前を歩くマルカに聴かれないよう、ザフィロに近付き小声で注意する。
すると。
「お待ちを」
ここまで一度も止まらず歩き続けていたマルカが唐突に立ち止まり、後ろについてくる一同を制止させる。
「い、行き止まり……?」
マルカが立ち止まった先にあるのは、模様も何も描かれてない、まっさらな壁面。
「皆、少しばかり離れておけ」
戸惑うローミッド達に、マルカから離れるようアリーが指示を出す。
「…………」
目を閉じては目の前の壁面に向かって両手をかざすマルカ。
刹那。
「”
「「「っ!」」」
呪文を唱えたと同時、建物内が小刻みに揺れ始める。
「こ、これはっ!」
次に、目の前の壁面中央に縦の切れ目が現れると、そこから左右にへと徐々に開き始める。
完全に壁面が開ききった先には。
「ようやく戻ってきたか」
紺の絨毯を挟み、左右に並び立つエルフ達の最奥中央。
朱の玉座に悠々と座るリフィータ・シェドーヌ王女の姿があった。
「お待たせいたしました」
マルカによって開かれた壁面の向こうに現れたのは謁見の間。
部屋は赤い漆で塗られた壁に覆われており、いたる所がろうそくによって燈され、その妖しく揺れる炎がエルフ国の王女の顔を艶やかに照らし、更には王女の従者である大勢のエルフ達がその場で微動だにせず立ち、静かに王女の言葉を待ち続けていた。
「随分な人数を連れてきたものだな、アリー」
マルカによる一礼後、暫く沈黙を続けていたリフィータ王女がアリーを見つめ、口を開く。
「はっ。この度、御国に奉られる生命の樹の転生を狙う魔族の手を払う為、我がレグノ王国軍より増援を引き連れて参りました」
「……ふむ」
ローミッド達より一歩前へと進み、地べたへ跪くアリー。
しかし、アリーの言葉を聞いた所でエルフ国の王女は顔色一つ変えず、ヒラヒラと、扇を自身の顔の前で煽ぐ。
「どうやら一人、この世の者ではない輩が混じっておるが」
ゆっくりとローミッド達を見渡すリフィータ王女。一瞬、エレマ体を着た彩楓の姿に目を止め、懐疑的な視線を飛ばすも、すぐにその視線はオーロへと移り。
「まぁよい。ちょうど我が望む者も連れてきておることだ」
そして。
「さて、そなたら」
音を立てずにゆっくりと、手に持つ扇を畳み。
「話をしようぞ」
おもむろに、交渉の場を開き始めた。