ローミッド視点
もちろん、知っていたよ。
――と、ところで隊長……
君が、私のことを好いていることくらい。
――そ、その……。今晩ですが
君は、私にとってかけがえないのない部下だ。
――お互いに見回り任務もないことですし、久しぶりにどこか食事にでも
だからこそ、この戦乱の世の中、君には最後まで生き伸びて欲しい。
――そう……ですか
私には構わず、今は自身を守ることだけに専心してくれ。
――そう、ですよね!
……すまない。
* * *
三人称視点
「君のような、平和な世界で暮らしていける者には分からないことだ」
「……なんだと?」
どこか奥歯に物を詰めるようなローミッドの言い方。そこに烈志が突っかかろうとした、その時。
「っ!?」
突如、ローミッドの姿が烈志の視界から消える。
「どこ行きやがった!」
慌てて周囲を見渡し、ローミッドの姿を探す烈志。
「ここだ」
「っ!」
声に気が付き、振り向いた先は真上。
「はぁぁぁっ!」
雄叫びを上げるローミッドは、全体重を剣に乗せ烈志の頭上に向かって振り下ろす。
「ぐっ!?」
かろうじて剣で受け止めた烈志だったが、あまりの衝撃にまだ修理中のエレマ体のあちこちが軋み始める。
「(やべぇっ!)」
先ほど放った擬技の影響も重なり、これ以上の負荷は避けなければならないと感じた烈志は、上から押し付けるローミッドの剣をいなそうとするが、しかし。
「させんっ!」
すかさずローミッドは烈志の動きに合わせて自身の剣を烈志の剣に押し付け、攻勢を強めていく。
「くそっ!」
再び鍔迫り合いの形となる両者。
「さっきまでの威勢はどうした」
「う……るせぇっ!」
焦りを見せる烈志に対し、ローミッドの表情は先ほどよりも一段と研ぎ澄まされたものへと変化していく。
「……いいだろうな、今さっきの攻撃を受けてもなお骨一つ砕けることなく。その身体に守られ続けられるというのは」
ふと、ローミッドは烈志が纏うエレマ体に目を向け妬みの言葉を溢す。
「殴られても、蹴られても、斬られても。決して生身は傷付かない、死ぬことがない。そんな温室育ちの君達に」
続ける言葉には怒気を孕ませ。
「私の事情など分かるはずもない」
それらを烈志に向かって吐き捨てた。
「だからっ……なんだって」
「貴様らの世界と違い、魔物も魔族もいるこの世界において一瞬の隙は命取りになると言っているのだ!!」
ローミッドの怒号が夜空へと舞う。
「良いだろうな! 命が危険に晒されることのない世界で生きるというのは! 自由に生き、自由に人を好きになり、自由な未来を歩むことが出来るというのは!! 貴様には分かるまい! 確かに彼女は私を好いている! だが、深追いすればそれは時として浮ついた心を生み、敵の前で隙を見せ命を失うことに繋がりかねないということをっ!」
誰にも言うことのなかった想いが、溢れ続ける。
「彼女は大事な、大事な部下だ! これからも生き続けて欲しいと願っている! だが彼女は全ての敵に勝てるほど強くはない! だからこそ! この戦争が終わるまで彼女には剣のみに専心してほしいのだ! そこに私への恋心を入れる余地はどこにもないっ!!」
吐き出される言葉と共に、ローミッドの剣を握る力が更に増す。
「舐めるなよ、若造」
「…………っ!」
己とは正反対の生き方をしてきた者の胸の内を突きつけられ、そして、あまりの剣幕に気圧される烈志。
それでも。
「う……るせぇって言ってんだろっ!!」
「っ!」
黙って引き下がることなどなく、ローミッドの剣を押し返す。
「だったら尚更だろうがっ! いつまで生きていられるか分かんねぇんだったら、今すぐにでも想ってること伝えさせてあげろよっ!」
ローミッドに対し、口角泡を飛ばして反論する。
「死んでからじゃ遅ぇんだぞっ!」
烈志も怒りと共に、剣を握る手に力を込める。
「ぐぅぅぅぅっ!」
「あぁぁぁぁっ!」
譲れないプライドと想いをぶつけ合う。
大きく声を張り上げながら、お互いの剣をはじき返しては、再び距離を取る。
「はぁ……はぁ……。技」
「っ!」
呼吸を整え、先に仕掛けたのはローミッド。
抜刀の構えを見せると、腰を落とし擦れ擦れまで地面に膝を近づけ、鞘に納めた剣に己のマナを集中させる。
「(あの技……っ!)」
ローミッドが見せた構えに目を見開く烈志。
脳裏に過ぎるは初めてローミッドと剣を交えた際の、敗北の記憶。
「もう一度……。この技で沈めてやろう」
「はっ! 二度は喰らわねぇ!」
烈志は魔族を相手にする時さながらの殺気を放つローミッドに怯むことなく白い歯を見せると。
「すぅー。技」
「っ!」
深く呼吸を取り、その場でローミッドと全く同様の構えを取り始める。
「まさか」
目の前で見せられた構えにもしやと思ったローミッドは、急速にマナが集まっていく烈志の剣に目を向け、驚愕する。
「これもかっ!」
「その、まさかだっ!!」
予感は的中した。
烈志は過去に一度自分自身が受けたローミッドの技を模倣し、土壇場も土壇場。今まさに目の前の宿敵に対しぶつけようとしていたのだ。
二カ所に集まり続けるマナに呼応し風が生まれ、両者を纏うように吹き荒れる。
「お前が、私の部下を……。ペーラを守ることなど、出来はしない」
「いいや、あんたに勝って、オレはペーラちゃんを絶対に振り向かせてやる」
マナが、極限まで貯まりきる。
そして。
「「“
ローミッドと烈志が同時に技を唱えた瞬間。
両者の姿がその場から消える。
――――――――刹那。
「「はぁっ!!」」
湖畔を囲う森林の中央、再び姿を現した二人の剣が、衝突する。
耳を劈くような衝撃音が森林中を駆け巡り、再び木々は騒めき、湖畔の水面には激しく波紋が広がっていく。
「はぁぁぁぁっ!!」
「あぁぁぁぁっ!!」
ぶつかり合う剣からは金属音と電流が弾ける音が鳴り響く。
決死の形相で雄叫びを上げるローミッドと烈志。
分かり合えぬ想いが、無情にも交錯する。
そして。
「なっ!!」
先に限界が来たのはローミッドの剣。
烈志が振るった剣に耐えきれず、根本から折れる。
「もらったぁ!!」
この局面を制したのは烈志のほう。
がら空きとなったローミッドの胴に、渾身の一撃を与えようと振り被る。
「しまっ!?」
為す術を失ったローミッドが、自身に向かってくる烈志の剣を凝視した。
その時だった。
「”
森林のどこからか、荘厳な声が叫び上がったと同時。
「「っ!?」」
突如、烈志が握っていた剣が粒子状となり瞬く間に消え失せる。
「なっ!?」
剣を失った烈志は何が起きたか分からず、空となった腕をローミッドの胴の手前で振り回し、勢い余り地面へ顔から突っ伏してしまう。
烈志と同じく、目の前で起きた事態に混乱するローミッド。
烈志が立っていた位置から真っ直ぐの方角、森林の奥を見つめると。
そこからは。
「天下っ! 貴様、何をしている!!」
「天下、お前……」
怒鳴り声を上げながら近づいてくる彩楓と、通常のエレマ体を着ては怒りに打ち震えた顔付きで、地面に倒れる烈志を見つめる井後が姿を現した。
「あなたは……」
「ローミッド氏、今はお気になさらず。それよりも」
井後の姿を見たローミッドはすぐに冷静になり、折れた剣を鞘に納めその場で姿勢を正すが、井後は自分に気を遣わないようにと優しく声をかける。
「天下、お前。何をしていた」
そして、地面に膝をつく烈志を見ては、脅すような口調でこの場の状況を説明するよう問い始める。
「そ、総隊長。オレは……」
彩楓と井後が来たことで漸く、自分がしでかした事に気がついた烈志。井後の質問に答える言葉も浮かばず、ただその場で狼狽える。
更には。
「ローミッドさんっ!!」
「ローミッド、何があった!」
騒ぎを聞きつけたオーロ達が、テントの方から慌てた様子で走ってくる。
「っ! これは一体……」
そして、地面のあちこちが抉れ、何本もの木々が無惨に倒れている光景を見ては呆然とし、すぐにローミッドと烈志、彩楓と井後の顔を交互に見る。
「何をしていたかと聞いている!!」
そんなオーロ達を気にも留めず、こめかみに青い線を浮かべ、これ以上なく激しい怒声を浴びせる井後は、何も喋ろうとしない烈志の胸ぐらを掴みかかる。
すると。
「井後殿」
その様子を見ていたローミッドが烈志を掴む井後の手にそっと触れると。
「お騒がせして申し訳ございません。天下殿は私と稽古をしていただけです。何も問題は起こしてはいません」
「「っ!」」
次の瞬間、井後に向かって嘘をつき始めた。
もちろん、その言葉を聞いた井後と烈志は驚きの表情を浮かべ、ローミッドの顔を見る。
「ですが、この有り様は」
「これはただ、ちょっとお互いに夢中になり過ぎてしまっただけです」
笑顔で話し掛けるローミッド。
「……今はお互いの益の為、ここで問題を大きくするのは避けましょう」
「っ!」
誰にも聞かれないよう、井後の耳元で静かに囁く。
「……承知した」
そして、ローミッドからの提言を受け入れた井後はすぐさま烈志の胸ぐらから手を離しては。
「……左雲」
「はっ!」
「今すぐ烈志を連れ、基地に戻るぞ」
「っ! ……畏まりました」
彩楓に指示を出すと、本部へ連絡を取り帰路の準備に取り掛かり始める。
「ローミッドさん、一体何が」
折れた刀身を拾い上げたオーロが心配そうな顔をして近づき、ローミッドに声をかける。
「オーロ部隊長、騒がせてしまいすまない。私は大丈夫だ」
「ですが……」
「問題ない。剣も予備の物を使うとしよう」
オーロに対してもローミッドは嘘を貫き、その場を諫めようとする。
「今は、生命の樹にだけ集中するのだ」
先ほどまで平気なフリをしようと笑顔を振りまいていたローミッド。
帰還準備が整った井後達の様子を見ては、再び真剣な表情へと戻る。
「オレは……」
井後が来たことで既に戦意を喪失させ、彩楓の肩に抱えられながらグッタリとする烈志。
「では……、近々改めてお話を」
「えぇ、お待ちしております」
転送が始まり、井後は振り返り際にローミッドに声を掛けると、ローミッドもすぐに返事をし、井後達の転送を見届ける。
そして。
「……行ったか」
転送後。
静けさが戻った森の中で、誰もいなくなった先を、ローミッドはただ静かに見つめ続けるのだった。