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19.敗北の記憶

烈志視点






 オレの実力を見たら、少しは気を向けてくれるんじゃないかって思ってた。


 だけど、ペーラちゃんの気持ちはオレには無く。




 あるのは、あのおっさんにだけ。




「オレと、勝負しろ」




 おっさんは強い。多分、互角か少し上くらい。


 でもな、惚れた女に一度も振り向いてもらえないどころか、恋の敵を目の前にして何もしないなんて。




 そんなの、男としてどうなん?




 行くしかないっしょ。


 勝てば、何かは変わる。




 そう、考えていた。




「はぁ……はぁ……」




 なのに。




「勝負、あったな」




 敗けて、しまった。




「急な申し入れとはいえ、なかなか良い勝負をさせてもらえた」




 手も、足も出なかった。




「だが、手数を増やそうとし過ぎか、一振り一振りの太刀筋が粗い。足捌きは良いから、もう少し相手の動きに合わせ、より丁寧に、効果的な剣筋を心掛けると化けるかもしれない」




 人生で初めて見せてしまった、好きな女の前での醜態。


 混乱と動揺で、おっさんの話なんて微塵も耳には入ってこなかった。




「隊長、そろそろ日が暮れますよ」


「おっと、そうだな。では、天下殿。今日の合同訓練、感謝する。また、今度」




 おっさんとペーラちゃんが去っていく。




 オレだって、エレマ隊の中でトップの剣士。


 モデルを始める頃までは、実家の道場で血反吐吐くほどひたすら剣を打ち込まされてきたんだぜ。


 おっさんみたいに、他の剣士達相手に圧勝したのによ。




 何が、違う。




「と、ところで隊長……」


「ん? どうした、ペーラ」




 ようやくオレがその場からゆっくり立ち上がった、その時。




「そ、その……。今晩ですが、お互いに見回り任務もないことですし、久しぶりにどこか食事にでも」




 ペーラちゃんが、おっさんにデートの誘いを持ち掛けてきた。




 あぁ。


 なんてみっともねぇんだ。




 好きな女の前で恥を晒すどころか、挙句の果てには引き立て役になっちまうなんて。




「おぉ。お誘い、感謝する。確かに今日は任務もない」




 きっとこの後、ペーラちゃんとおっさんは。




「だが、申し訳ない」




(…………は?)




「そういう日こそ、早めに帰り、日々の疲れを取ったほうが良い」




 おい、おっさん。




「ペーラも今日はいつもより疲れただろう。食事はまた今度にでも」




 ペーラちゃん、明らかにあんたの事が好きで誘ってんだろ。




「そう……ですか。そう、ですよね!」




 なんで、断るんだよ。


 俺は思わずおっさんの顔を見た。




「すまないな」


「……っ!」




 直感で分かった。




(こいつ……!)




 わざと、ペーラちゃんの気持ちに気付かないふりをしてる。




「なん、でだよ……っ」




 それが、余計にオレの心の中をぐしゃぐしゃにさせた。








 その日以来、オレは剣の鍛錬を真面目に取り組むようになった。


 サボってばかりいた基地での訓練も、毎日行くようにした。




「親父っ、頼む! オレに稽古をつけてくれっ!!」




 何年振りだろうか。すっかり足を運ぶことすらなくなった実家の道場にも顔を出し、親父に向かって頭を下げてまで、力をつけようとした。




 親父も周りの弟子らも、みんな驚いていた。


 そうだろうな。オレだって、こうして自分から剣の鍛錬をしたいだなんて思ったことはなかったからな。




 けど、それだけ。


 あの日のことが決して忘れられないほど、屈辱的だった。








 一時、エレマ隊とレグノ王国で問題が起きて、向こうの世界へ行けなくなった時。


 その間もオレは休むことなく、ただひたすら、剣の練習を繰り返していた。




「絶対に、あいつに勝ってやる……っ!」




 そして、今度こそペーラちゃんに。


 ただ、それだけの為に、剣を振り続けた。








「えっ!? 国交が回復っ!?」




 ある日、総隊長に呼び出されたオレ達は、また大規模な戦いがあるからと、再び向こうの世界に行って欲しいと命令が下った。


 初めその時は急なことで驚いたし、周りの連中もオレと同じようにビックリしていた。




 でも、それ以上に。




(やっと……! あの時のリベンジが出来るっ!!)




 オレの中では、あいつに対しての闘争心でいっぱいだった。








「ペーラちゃーんっ! 久しぶりー!」




 戦場の中、久々に見るペーラちゃんは相変わらずの美貌を放っていた。けど。




「っ!? 貴様っ! 近寄るなっ!!」




 ペーラちゃんはオレの声に気付いた途端、居合の構えを取りながら殺気を放ってきた。




「おいおいおいおいっ! そんな怖い顔しないでって! オレ、あれから結構頑張って鍛えてきたんだぜ? 今日の活躍、見逃さないでよー?」




 その反応は予想外で、驚いたオレは咄嗟にペーラちゃんを和まそうと笑ってみせた。




 でも。




「……遊びじゃないんだぞ」




 その表情はもっと険しくなって、あんなにも美しかった目から送られた視線には、明らかな敵意が含まれていた。




「おいっ、天下! 何をやってる!!」




 ペーラちゃんの態度に茫然としていたオレに、どこからか左雲ちゃんの声が飛んできた。




「……ん? 左雲ちゃんじゃん。今ペーラちゃんと話してるところだから、邪魔しないで……。っ!」




 ペーラちゃんとの取込み中にオレの肩を掴んできた左雲ちゃんには若干苛立ったけど、ペーラちゃんの後ろから近づいてくるある男を見た瞬間、そんな感情はすぐに消え失せた。




 おっさん。




「……あんただけには負けねぇ」




 オレはすぐにおっさんの目の前まで近づいて、一目なんか気にせずその場で挑戦状を叩きつけた。




「……なるほど。出会い頭にいきなり宣戦布告とは。それよりも、お互いこの戦地で生き延びましょう」




 おっさんもペーラちゃんと同じように、その顔には険しいものが浮かび上がってたけど、オレからの挑戦状はどこか意識の外へと追いやるように、まともに聞いているようには見えなかった。




 今度こそ、あんたに勝って。


 そして、ペーラちゃんを。




 そんなオレの想いは、意外な形で。


 またしても砕かれてしまった。








「よくも二人をっ!!」




 魔族との混戦の中、突然戦場に現れた銀のエレマ体を纏った一人の魔族。


 そいつは一瞬にして左雲ちゃんと瀧の奴を戦闘不能に追いやった。




(こいつはやばい……!)




 一目見た瞬間、本能で感じた。




(ペーラちゃんも、他のみんなももう限界だ……! オレが、やるしかねぇ!)




 オレは左雲ちゃん達をボロボロにした魔族の背後を強襲しようとした。




 だけど。




「黙れ」


「あああああっ!?」




 気付けばオレは斬られていた。


 意識を刈り取られるほどの衝撃が、身体全体を襲った。




 また、敗けた。


 今度は大切な人を守ることすら出来ず。




 オレは……こんなにも、弱いのか。








「……こ、ここは」




 気付いた時、オレは基地に帰還していた。


 意識を取り戻してからすぐ、あの後の出来事を総隊長から聞かされた。




 ――空宙が帰ってきた。あいつが、魔族の大将を倒した。




(空宙が、生きてた……? そんな、あいつ。今までどこに)




 総隊長が話したことにオレは暫く混乱した。


 けど、時間が経つごとに頭の中が整理されていく中で、浮かんできたのは。




「っ! ペーラちゃんは!?」




 大好きな人の顔。


 ペーラちゃんの安否が気になったオレは、総隊長に詰め寄った。




「お、落ち着けっ! …………安心しろ。主力については、両軍とも全員無事だ」


「そ、そうか……。よかった」




 身体から一気に力が抜ける。




 すると。




「烈志」




 総隊長はオレの名前を呼ぶと。




「お前達には、無理をさせてすまない」


「……え?」




 突然、オレの目の前で頭を下げた。




(なんで、総隊長が謝るんだよ)




 ――勝負、あったな


 ――黙れ




 二度の敗北の記憶が過ぎった。




 オレが弱いから。




「なん、でだよ……っ」




 オレが、もっと強くないといけないから。






 くそダセぇ。

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