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16.決闘 その1

 時は遡り、数時間前。




* * *




ペーラ視点




「では、本日はここまでとする。以上! 解散!」




 もう日が暮れる頃。


 訓練場の中央に整列していた部下達が、私の号令によって一斉にその場から去っていく。皆、全身に程よい汗をかきながら、充実し、引き締まった表情をしていた。








 朝一番、私は不安と不満が混ざり合った感情を胸の中に抱えながら、隊長の見送りへと向かった。




「隊長、おはようございます」


「あぁ、おはよう」




 フィヨーツへと向かう馬車に荷物を載せる中、いつも通り、隊長は私からの挨拶に笑顔で応えていた。




 今日から二日間。


 私は隊長の代わりに部隊を率いなければならない。


 非常時の為にと、過去に何度か隊長の監視の下で代理隊長の訓練を受けたことはあるが、こうして隊長が離れた状態で部隊を率いるのは王国軍へ入隊して以来初めてだった。




 先発隊が王都を離れている間、もし魔族が攻めてきたら……




 その時私は、隊長のように皆を率いていけるのだろうか。


 王都の民を魔族の手から守ることが出来るのだろうか。






 隊長はいつも冷静で、剣術において右に出る者はおらず、私のようにすぐ頭に血が上り周りが見えなくなるようなことは決して無く、皆の心の支えになるような、本当に頼りになる方だ。




 私が入隊して間もない頃から、手取り足取り丁寧に、剣術について沢山の事を教えてくださった。




 どこまでも真っ直ぐ、美しい剣術。


 周りの兵士達も、隊長が剣を振るう姿に憧れの情を抱かない者はいなかった。




 初めは私も隊長に対しては、ただ一人の剣士としての憧れを抱いていただけだった。






 ――おい、聞いたか? あいつ、この前酒場の娘と付き合うことになったって


 ――本当か? こんな状況でよくそんなこと


 ――いや、むしろいつ死ぬか分からない今だから、伝えきれる時にお互い気持ちを伝えたかったのかもしれねぇな






 帰り際に耳にした部下達の会話。


 決して浮かれた話をするななど、そういった考えというわけではない。




 私は……隊長のことを。 




 い、いかん!


 こんな心の揺らぎで己の剣の真っ直ぐさを失っては。




 ――ペーラ、お前の剣、俺は好きだぞ




「--っ!」




 また、思い出すあの言葉。


 どうしてだ。冷静になれ、ショスタ・ペーラ。


 どうして、こんなにもこの心は締め付けられるのだ……




 今は戦禍の最中。


 この気持ちを抑えるんだ。




「……隊長」




* * *




三人称視点






「俺と、再戦しろ」




 夜中。突如森の中から現れた烈志。


 ローミッドが見張り役となるタイミングを狙い、決闘を申し込む。




「嫌と言っても……聞かないだろう?」




 こうなることを初めから予見していたか、闘志をむき出しにする烈志を前に落ち着いた様子を取るローミッド。




「何故、こうも私に突っかかってくるのかは分からないが……いいだろう」




 鞘に納めてた剣を静かに抜き。




「かかってこい」




 烈志と同様に構えを取る。




 両者の間に夜風が吹く。


 聴こえる音は、木々の葉が擦れる音と、虫の鳴き声のみ。




 雲に隠れた十三夜月が顔を出し、二人の姿を照らした。




 瞬間。




「だぁぁ!」


「はぁっ!」




 二つの剣が交じり合う。




「っし!」


「やぁ!」




 同時に踏み込んだ烈志とローミッド。


 物凄い勢いで激突した両者の剣からは激しく火花が散る。




 決闘が始まってすぐ、一歩も譲らぬ鍔迫り合いが繰り広げられる。


 両者の息使いがお互いの顔に吹きかかるほど詰め寄り、先手を取ろうと両足を地面に擦り付けながら左右に移動させ、押し合い、気迫をぶつける。




「ぬううううあああっ!」


「っ!」




 先に仕掛けたのはローミッド。


 己に迫る剣を受け止めながら腰を落とし、左足で地面を抉りながら踏み込んでは、持ち前の馬鹿力で烈志を押し返す。




「はあああっ!」




 後ろによろける烈志。


 その一瞬を逃さぬと、がら空きとなった左の胴体目掛け、渾身の一振りを繰り出す。




 相手が味方とはいえ、死なぬ傷付かぬ身体と解っている故の容赦のない速度で迫るローミッドの剣が、烈志に当たろうとした。




 だが。




「っふ!」


「なにっ!?」




 あと僅か寸のところ、烈志はその場で上体を反らし、ギリギリのタイミングでそれを躱す。




 完全を意表を突かれたローミッド。


 烈志の顔面の上を剣が通過し、轟音を立てながら空を切る。




「おらぁっ!」




 すぐに態勢を戻した烈志。


 空振る剣に重心を持ってかれよろけるローミッドに対し、すかさず反撃を繰り出す。




「ぐっ!?」




 間一髪の所で受け止めたローミッドだが、十分な態勢での受け身が取れず、衝撃により大きく後ろに飛ばされる。




「くそっ!」




 両足を地面に引きずらせながら勢いを殺し、急いで剣を構え直すが。




「オラオラオラァ!」




 この好機を逃さんと、烈志はすぐにローミッドへ詰め寄ると、次々と連撃を繰り出しながら、決して向こうに反撃の隙を作らせない。




「ぐっ! このっ!!」




 更に後退させられてしまうローミッド。




「っ! しまっ!」




 気付いた時には自身の背中に大きな樹が。




「もらったぁぁぁ!」




 とうとう追い詰めたと思った烈志は渾身の左一文字斬りを繰り出す。




「なめるなぁ!!」




 しかし、伊達にレグノ王国軍剣士部隊の部隊長を任されてないのがこの男。


 先ほど烈志が取った回避の態勢とは真逆に、瞬時に上半身を前へ屈ませ窮地を脱する。




「なにっ!?」




 完全に仕留めたと思った烈志だったが、こちらも相手の予想外の行動に驚かされながら、目の前にある樹だけを豪快に斬る。




 その時。




「いまっ!」




 前に屈み回避を取ったローミッドが、その態勢のまま烈志の懐へと潜ると、そこから思いっきり上体を上げ。




「ぐぁっ!?」




 烈志の顎下目掛け、物凄い勢いで自身の頭を打ち付ける。


 自身の剣に踊らされた烈志は防ぐ動作に移ることすら出来ず、ローミッドからの反撃を諸に喰らう。




「はぁ……はぁ……くそっ!」




 後ろによろける烈志。エレマ体に守られているからこそ痛みはないものの、息を切らしながら、仕留めそこなったことに対する苛立ちと、顎下から伝わる衝撃に嫌悪感を顕わにする。




 対して。




「はぁ……はぁ……。ふっ、まだまだだな」




 同じく息を切らしてはいるが、烈志と違い未だ余裕の表情を見せるローミッド。




「なん、だとぉ!」




 そんな様子を好ましく思わなかった烈志はローミッドに向かって吠え叫ぶと、再び剣を構え、距離を取った。




 その時。






「少し、いいか」




 突然、ローミッドが烈志に声を掛ける。




「あぁ!?」




 森に響く、大樹の倒れる音。




「あの時と同じことを言うが……」




 ローミッドの言葉に。




「君の剣では彼女の目を惹くことはできない」








 烈志の端正な顔が、怒りで歪む。

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