三人称視点
「この度は、本当にありがとうございました!」
瀧の助勢により無事に催すことが出来た、礼拝の集い。
修道女の長と、瀧に声を掛けた修道女は何度も頭を下げ、彼に向かって万謝する。
集った人々からは万雷の拍手を受け、他の修道女達からも羨望の眼差しを浴びた瀧。だが、当の本人は演奏後から不興顔のまま、ずっと表情を変えず。
「もうこれきりだ」
二人からの礼に対しただ一言だけを告げると、外へ出ようと後ろを振り返り出口へ向かおうとする。
その時。
「……邪魔だ、どけ」
出口で瀧を待っていたのは、メルクーリオとレフィ。
瀧は一瞬だけメルクーリオと目を合わせるが、それでも何も言わず、二人の間を通り抜けようとすると。
「お待ちください」
それを許さなかったのは、侍女のレフィ。
両手を広げ、瀧の前に立ち塞がると。
「あの晩、ここで何をしていたのですか?」
二日前の夜中での瀧の行動について問いただす。
「それに、何故あの時弾けないなどと嘘を」
「お前たちには関係ないことだ」
「何ですって?」
レフィを睨み、あからさまに見下す瀧。
対し、瀧の返答に強い反感を持つレフィ。
「レフィ……! 待って」
一髪千鈞。
両者から放たれるヒリついた空気感に、メルクーリオは慌てて二人の間に割って入り、侍女を宥めようとし。
「瀧さん……」
そして、瀧の方へと向き直す。
白く透き通った絹肌を微かに赤らめながら、気を抜けば思わず逸らしそうになりそうなほど、瀧への視線を必死にコントロールする彼女は。
「また……御聴かせ……願え……ます、か?」
両手の指を、自身の胸の前でぎこちなく絡ませ。
心の内にある焦がれた想いを、嗄れた声と共に絞り出す。
――また、聴かせてちょうだい
「っ!」
一瞬。
――私が大好きな、瀧の奏でる音を
ほんの一瞬だけ。
瀧の両目が大きく見開かれる。
だが。
「……断る」
メルクーリオの想いが届くことはなく。
瀧はその場で吐き捨てるように拒否すると、メルクーリオとレフィの間を強引に通り抜け、足早にその場から離れる。
「ちょっ! あなたっ!!」
慌てて出る瀧の背中に非難の声を浴びせるレフィ。
そして、大聖堂の出口から漏れ出す外の光に溶け込む瀧の後ろ姿を、憐みの眼差しで見つめるメルクーリオだった。
* * *
瀧視点
あの日。
総隊長の指令でこの街を散策していた日。
見回り任務の代役があるからと、事前に街の造りを把握していた最中だった。
「……ここは」
人気のない夜中、思わず俺はある建物の前で立ち止まってしまった。
そこは、かつて俺がヨーロッパへと留学へ旅立っていた時によく訪れた聖堂と似た造りをした建物だった。
「誰も……いないか」
周りに人の気配がないことを確認した俺は建物の中へと入り、暗闇の中、どこか懐かしい気持ちを抱きながら、その景観を眺めていた。
その時だった。
「……あれは」
恐らく最深部。
質素だが、それでも月明りによって輝く美しいステンドグラス達によって照らされた祭壇。
その目の前。
「まさか」
見た瞬間。
それが何なのか、すぐに気づいた。
「…………」
俺は恐る恐る、覆われた黒布を捲った。
「この世界にも、あったのか」
黒布の中から現れた姿は、人生の大半を共にしてきた、かつての相棒。
あの日から。
俺が引退してからずっと目にしてこなかった物。
もう二度と、弾くことはないと。
そう思い、これまで過ごしてきた。だが。
何故。
どうして。
俺は今、椅子に座り、蓋に手を掛けている。
引退を決めた、あの日から。
二度と弾くものかと、思っていた。
なのに、何故。
「弾かれる……の……ですか……?」
「っ!」
誰もいるはずのない大聖堂。
聞き覚えのある声に、俺は思わず飛び退いた。
そうだ。そこにいたのは。
「ぜひ……御聞かせ……願えます……か?」
忌々しいあの女。
「お前は……」
僅かな月明りに薄っすらと。
あの女の姿に、俺を蝕む過去の記憶に残る面影が重なった。
「忌々しい……忌々しいっ!」
――また……御聴かせ……願え……ます、か?
似ていた。
――また、聴かせてちょうだい
初めて会った時から。
――私が大好きな、瀧の奏でる音を
ずっと、気に食わなかった。
「っ!? おいっ、危ねぇぞっ! ちゃんと前見ろ!!」
いつも優しく微笑みかけようとするその表情も。
遠慮しがちに物を尋ねるその仕草も。
「…………くそっ」
ずっと。嫌気がさしていた。
――瀧さん
自分の身を顧みず、他人にどこまでも優しく接しようとするところも。
――なんで、弾けないなどと嘘を
「……黙れ」
あいつが。
メルクーリオが。
俺に嘘を言い続けながら病気で死んだ、姉に似ていたことが。
* * *
三人称視点
その晩。
「よし。今日はこの辺りで野宿としようか」
フィヨーツへ向け王都を出発した先発隊。
出発してから既に丸一日が経つが、ここまで複数回魔物との接触があったもののそれ以外は何事もなく順調に進路を辿り、開けた場所を見つけた所でアリーが馬車を停め、全員に指示を出す。
「ローミッド氏は薪集めを。シェーメ氏は近くの泉まで水汲みを頼みます」
「承知した」
「はいっ」
アリーの指示により早速行動に出る二人。
「そしたら次は「あの、アリーさん」 ん? どうかしたかい?」
指示出しを続けていこうとするアリーに、彩楓が伺いを立てる。
「野宿の準備の際に申し訳ありません。我々も基地に戻る為にこの場所の座標情報を本部へと送らなければならなく……。私はその作業に当たっても宜しいでしょうか」
「あぁ。構いませんよ。どうぞ、そちらを優先されてください」
「感謝いたします」
彩楓はアリーに礼を言うと、その場でパネルを開き、本部との連絡を試み始める。
「ふんっ、生意気なやつめ。なんで此奴と同乗しなければならな「ザフィロ」 っひ!」
「お前は俺と一緒に寝床を造るぞ」
彩楓が背を向けた途端悪態をつき始めたザフィロに対しアリーが低く轟く声で威圧し、その声を聴いたザフィロは再び今朝のように打たれることを警戒し、その場で頭を抱え身を縮める。
「……はぁ。さて、あとは準備をしている間の周辺哨戒だが」
「俺がやるよ」
「っ!」
その時。
「お、おう……そうか。それは助かる。では、お願いした」
積極的に手を挙げたのは烈志。
少したじろぎながらも、烈志に哨戒任務を頼むアリー。
アリーの返事を聞いた烈志はそれ以上何も言わず、鞘に納める剣を抜き、森の中へと入っていく。
「(天下のやつ……今朝からどうしたんだ。普段はあんな真面目に行動を起こす奴ではないんだが……)」
本部からの返答を待つ間、アリーと烈志のやり取りを見ていた彩楓。
「(今朝も一人で魔物を狩っていたと言っていたが、だとしてもあの大量の返り血。接敵頻度を考えても短い滞在時間でとは考えにくい)」
いつもと違う烈志の行動に戸惑い、森の中に入っていく烈志の背中を不審な目でじっと見つめる。
「(本当に……何があったんだ?)」
深夜。
「ガァーーー! ンゴッ、ンゴ……グガガァーー!」
「あたしの……魔術は…………だから……」
「……さて」
簡易テントの中で眠るツェデック親子。
その隣。二人を起こさぬよう慎重に起き上がり、外へと出るローミッド。
テントから少し離れた位置。
湖畔が見える辺りで周辺の見回り番を務めるオーロに、ローミッドが声を掛ける。
「シェーメ殿。交代の時間だ」
「っ! ローミッドさん! ありがとうございます」
ローミッドの声に気付いたオーロは、笑顔で振り返ると、番を交代しテントの方へと戻っていく。
「……すぅ、はぁ」
瘴気による汚染が見られない自然の中。
久々に吸う澄んだ空気が肺に満たされる感覚を辿りながら、己の神経を研ぎ澄ませていく。
せせらぐ夜風に火照った肌が冷え、緊張感が漂っていく中。
「さて……。いるんだろう?」
唐突にローミッドが声を飛ばした先は、簡易テントからは反対側の方角。
そこから現れた人物は。
「あぁ」
彩楓と共に本部基地へと帰還したはずの烈志。
専用エレマ体を装着し、真剣な眼差しを向ける青年は。
「俺と、再戦しろ」
剣を突き立て、決闘を申し込んだ。