翌日。
「……ソラさん?」
早朝から王国軍訓練場へと向かっていた空宙とオーロ。
王都の道を歩く途中、空宙は昨晩井後から聞かされた話についてずっと考え込んでいた。
――すまない空宙。こちらも今動きが取りづらい状況なんだ
「(俺が失踪している間に、向こうでは何が起こっているんだ? それに……)」
「ソラさん?」
――政府のほとんどの人間は……魔族と戦争をしているという事を信じていない
「(この世界の人類が滅んでしまったらマナの回収どころの話じゃ無くなるっていうのに……どうして)」
「ソラさんっ!」
「っ!?」
先ほどからずっと空宙のことを呼び続けていたオーロ。
考え事に夢中になっていた空宙は、ようやく彼女の呼び声に気付く。
「あっ……」
目の前を見ると、自身の前に立ち塞がり、上半身を屈ませ心配そうに顔を覗き込むオーロと目が合う。
「どうかしたのですか?」
「い、いえ……大丈夫、です」
咄嗟に取り繕う空宙。
「そう、ですか……。訓練開始まであまり時間がないので、少し急ぎましょうか」
暫く空宙の眼をじっと見ていたオーロだが、再び訓練場がある方角へと向き、歩き始める。
「あっ、はい!」
空宙もオーロの後ろに続き、王都の道を進む。
「(彼女に……皆さんに、どう話せばいいんだ…………)」
* * *
-エレマ隊本部 総隊長室―
「以上をもちまして、今期のマナ総回収量の報告とさせていただきます」
自身のデスクに座り、目の前に浮かび上がるスクリーンに向かって話す井後。
画面の向こう側に映る者は。
「報告ありがとう、井後君。一時はレグノ王国との国交が途切れたことでマナの供給が止まってしまったとはいえ、それを差し引いても、十分な回収量だ」
「エレマのお陰で、今や日本は世界でも群を抜くエネルギー大国に。十数年前の状況が信じられないくらいですよ」
国外省国務大臣、
経済産業省未来資源エネルギー庁長官、
「一時は混乱を招いてしまいましたが、今後は更なるマナの安定供給に向け、国家間の強固な関係構築に尽力いたします」
国の重鎮たちを前に井後は狼狽せず、表情を一切崩すことなく懇切丁寧に対応する。
「いやぁ、それにしても」
だが。
「
「っ!」
安館が放った言葉に、井後の眉が僅かに動く。
「全くですよ。人生というのは何が起こるのか、分からないものですねぇ……。おっと! 大臣、そろそろ」
そんな井後の様子には気付かず、安館の隣でほくそ笑む藤林は、安館に対して時間がきたことを知らせる。
「おぉ、もうそんな時間か。では、井後君。引き続き……
「……承知いたしました」
「ではでは」
安館と藤林が席を離れたと同時、井後の前に映し出されていたスクリーンが消える。
「…………ふぅ」
平静を装っていたとはいえ、相手が相手。
部屋に一人となった井後は、緊張を解そうとたちまち背もたれに寄り掛かり、深く息を吐く。
すると。
「総隊長」
部屋の外から突然、荒川の声が井後を呼ぶ。
「……入っていいぞ」
井後は少し間を空け、荒川に返事をする。
「失礼します」
部屋に入ってきたのは荒川と一人の男。
「ごきげんよう、井後さん」
ブラウンスーツを纏い、頭部には灰色基調に黒のラインが施されたボーラハットを被るその者は、部屋に入ってすぐにハットを取り、井後に向けて頭を下げ挨拶をする。
「っ! これは左雲殿、ようこそお越しくださいまして」
男の姿を見るや、井後はすぐにその場から立ち上がり、出迎えに参る。
男の名は、
戦闘体エレマ開発の最大出資財閥「左雲家」現当主であり、正真正銘、左雲彩楓の父親である。
「お構いなく。先ほどまで御勤めされてたばかりでしょう。私には気を遣わず、この場だけでも休まれて。
蒔絃は自身に対して畏まる井後を労わると、徐に応接用のソファに座り出す。
「ありがとうございます。……では」
井後は上着を脱ぎ近くのクローゼットに掛けると、蒔絃に向かい合う形でソファに座る。
「……手短にいこう。今の状況は?」
「はい。先日の闘いで損傷したエレマ体は急ピッチで修理作業を行っております。幸い、以前より緊迫した状況ではなく、向こうの国とは現在、エレマ体の今後の強化の為の画策に動いているところです」
「……そうか」
蒔絃の質問に淡々と答えていく井後。
部屋の扉前では荒川が立ち、外から人の気配がないかを警戒する。
「あの兄弟については政府には--」
「私の下で隠してあります」
「……分かった」
蒔絃は一言だけ述べると、ソファから立ち上がり、部屋の出口まで向かう。
「……井後さん。今は複雑な立場で色々と難しいだろうが、左雲家はいつでもエレマ隊を、君を支援する。また、連絡してくれ」
「……ありがとうございます」
蒔絃の背中を見る井後。
そして、蒔絃は部屋から出ようとした。
その時。
「そうだ。彩楓のことだが……」