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11.歪


-レグノ王国内 大聖堂―






 時刻は深夜一時を回る頃。




 荘厳な雰囲気を醸し出す、古びた建造物。


 物音は何一つなく、美しく飾られたステンドグラスから流れる青い月光が、主祭壇に優しく降り注がれる。




 その祭壇前。




「…………」




 黒い布で覆われた、長さ二メートルの物体の傍には一つの影が。




「この世界にもあったのか」




 誰一人いない聖堂内を散策するのは右京瀧。


 布を捲り、目の前に置かれている物体の正体を見るや、静かに呟く。




 捲られた布の中から現れたのは一台の古びたグランドピアノ。


 徐ろに、瀧は傍に置かれた演奏用の椅子に座ると、じっと鍵盤の蓋を見つめる。




 そして蓋を開けようと、窪みにそっと手を掛けた。




 その時。




「弾かれる……の……ですか……?」


「っ!」




 瀧以外の姿は無かったはずの大聖堂に小さく響く、華麗な声。


 驚いた瀧が、慌てて声がした方を向くと。




 そこには。




「ぜひ……御聴かせ……願えます……か?」




 一人微笑む青髪の聖女がいた。




「お前は……」




 微かに頬を赤く染めるメルクーリオ。


 意外な人物に虚を突かれた瀧は一瞬言葉を失うが。




「……いや、俺は




 すぐに冷静となり、素早くグランドピアノから離れる。




「そう……ですか」




 瀧の言葉を聞くや、落ち込み、残念がるメルクーリオ。




 すると。




「メル様!」




 メイド服を着た一人の女性が声を荒げながら大聖堂の中へと入ってくる。




「っ! レフィ……」




 名を呼ばれたメルクーリオは後ろを振り返り、自身に向かって駆け込んでくる女性を見る。




「メル様、こんな時間にこのような場所で何を……。っ!」




 息を切らす女性はメルクーリオに訊ねようとするが、瀧の存在に気付いた途端、その場で身構える。




「確か、貴方は……。こんな所で一体何を」




 瀧を睨む女性。


 怪しまれる瀧は何もせず、静かに二人の様子を窺うだけ。




「ち、違う……の。レフィ、彼……は」




 瀧と女性の間に入ろうとしたメルクーリオだが。




「帰る」


「--っ! 瀧……さん…………」




 瀧は吐き捨てるようにただ一言だけを告げ、無表情で二人の横を通り過ぎ、足早に大聖堂から出て行った。




* * *




「まず、我々エレマ隊と日本政府の間事情から説明しよう」




 ユスティを介してまで連絡を取った訳を訊かれた井後。


 一度周りを見渡し、何かを確認する素振りを見せ、再び空宙の方を向く。




「空宙と夏奈君は、十三年前に日本とアレットがワームホールによって繋がった事は覚えているかい?」


「はい」


「は、はい……」




 井後は空宙と夏奈を交互に見る。




「その当時、我が国はエネルギー資源の供給問題に頭を抱え、その解決策すら浮かばない状況にまで追い込まれていた」


「確か……その時政府は一年の八割以上、計画停電を発令していましたね」


「そうだ」




 井後の話に、空宙は親戚の家で暮らしていた頃の事を思い返す。




「日本だけじゃない。世界的にも深刻化していたこの問題。どの国も自国の事で必死の中、こんな小さな島国のことなど、どこも助けてくれるわけはなかった」




 当時について、落ち着いた様子で語る井後。




 しかし。




「その時だった」




 語気は少しずつ。




「彼らが現れたのは」




 強まっていく。




「政府はすぐにレグノ王国と同盟を結ぶことを決めた。だが、それは彼らが提示した”マナ”という存在があったから。初めから、向こうの世界で起きている魔族との争いなど、微塵も興味は無かった」


「そんなっ! ……それって」




 胸騒ぎを覚える空宙。




「電子との親和性を見つけ、融合させれば原子力よりも数千倍のエネルギーがなんのリスクも無しに、無害で手に入る。そんな奇跡の代物を世界中で日本だけが独占できると考えてみろ。使い方によっては世界の実権を握れる可能性すらある。政府は……日を追うごとにマナという存在に対して陶酔し、躍起になってアレットへの調査隊員を募集していった」


「…………」




 夏奈の隣に立つ荒川も、顔に憂色ゆうしょくを浮かべ静かに井後の話を聴く。




「空宙」




 先ほどから顔を曇らせる空宙をじっと見る井後。




「遭難後、そっちの世界で暫く暮らしていたお前にとっては残酷な話になるが」




 そして、ずっと空宙の心の中で芽生えていた嫌な予感は。




「政府のほとんどの人間は……レグノ王国が魔族と戦争をしているという事を




 最悪な形で的中する。




「……うそ、ですよね」




 井後の言葉に、顔が真っ青になる空宙。




「え、いや、だって。ここに住む人たちは、毎日魔族の侵攻に怯えて……それでも生き延びようと必死に」


「あぁ。そうだ……」


「それを……信じていない? じゃあ、俺達エレマ隊はどうして彼らを助けて」


「そうだ……そうなんだ」




 アレットでの生活のこと。


 目の前で大切な人を亡くしたこと。


 命懸けで魔族から王都を救ったこと。




 色んな想いが記憶と共に溢れ、必死に井後に訴えようとする空宙。


 その言葉に、井後は頭を抱え苦悩する。




「全員が信じていない訳ではない。だが、それでも実態を把握しているのはごく僅かな人間のみ……」


「…………」




 漂う静寂。


 四人に圧し掛かる空気は重苦しいものとなる。




「じゃ、じゃあ……」




 俯いていた空宙は、再び顔を上げ。




「この前、俺がシュクルと闘ったことは政府は……」




 政府の反応について訊くが。




「……いや、全てオレの所で隠している」


「っ!!」




 井後は目を瞑り、悔しそうな表情を浮かべながら答える。




「なんでですかっ!!」




 地獄のような日々を耐え、強敵を倒した後、漸く本部と連絡が取れたにも関わらず己が生きていることを把握されていない現実に憤る空宙。




 そこに。




「それについては、空宙さん。貴方という存在が政府にとって不都合になるからです」


「…………は?」




 絶えず苦悶の表情を浮かべる井後を見兼ねた荒川が、代わって答える。




「どういう、ことですか……」




 空宙は目を血走らせ、荒川に疑問を投げる。




「政府の目的は”マナ”の回収とその運用。より多くのマナを得る為、より多くの調査隊員を”安心安全”という名目の下募り続けている中、転送事故に遭い、元の世界へ帰ってこれなくなったという貴方の境遇は、政府が掲げた名目に対して反例となるもの。仮にその事実が世間に漏れた時は」


「隊員は勿論、日本中が不安に陥り……調査隊員は激減する。マナの回収が困難となるのを避ける為、政府は必死になってお前を消しにかかるだろう」


「そんな……」




 荒川と井後の説明に、ショックを隠し切れない空宙。




「だから、お前達兄妹の動向は政府に知られないよう、可能な限りオレの下で情報を隠している。すまない……。今はこうするしかないんだ」




 ”元の世界に帰れるかもしれない”という希望。


 それは思わぬ形で打ち消され、再び絶望へと書き換えられる。




「…………」




 目の前の視界がどんどん遠ざかっていくのを感じる空宙。




 その時だった。




「っ! 総隊長!」


「どうした荒か……まさか」




 荒川の声に、井後は咄嗟に口を閉じ、その場でじっと身構える。




「……? 総隊長、どうかしたので「今は静かに」っ!」




 突然起こった異変に、空宙が話し掛けるも、井後はそれを止める。




「…………」




 上を見つめる井後。


 何かの動きに合わせるように、ゆっくりと。視線を左から右へと徐々に移していく。




「夏奈さん、静かにね」


「は、はい……」




 荒川と夏奈もお互いに身を寄せ合い、その場から一歩も動かずやり過ごす。


 空宙もその様子をスクリーン越しに、固唾を飲んで見守る。




 暫くして。




「……行ったか」


「そのようですね……」




 井後の合図によって再び動き出す荒川。




「そ、総隊長……?」




 向こうの様子を窺いながら声を掛ける空宙。




「……すまない空宙、どうやら今日はここまでだ」


「っ! どういう、ことですか」




 突然の展開に、空宙が弁明を求めるも。




「今日はもう時間がない。今後もまた、定期的にこうして連絡を取り合うつもりだ。続きはその時に」




 井後は首を横に振り、多くは語ろうとせず。




「空宙さん、ごめんなさいね」




 荒川も落ち着かない様子を見せながら、空宙に向かって謝る。




「じゃ、じゃあ次はいつ」


「その時はまたユスティ殿を介して封筒を渡す。すまない空宙。こちらも今動きが取りづらい状況なんだ。また、近々会おう」


「…………」


「お兄ちゃん……」




 納得がいかない表情を見せる空宙に、夏奈が寂しい目を送る。




「……では、失礼する」




 そして、井後は強制的に通信を遮断。


 空宙の目の前からスクリーンが消え、デバイスの反応も無くなった。




「一体、何が起こってるんだ……」




 井後から伝えられた衝撃的な事実。


 不信な思いが、空宙の中で芽生え始めるのだった。



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