-エレマ隊本部 総隊長室―
「はぁ……お前という奴は」
時刻は深夜零時を回った頃。
職員も関係者もいない基地の総隊長室の中、そこには自室のデスク上に両肘を置き、大きくため息を吐く井後の姿が。
「だからオレは何もしてねぇって」
井後の目の前では、呼び出しを受けたことに憮然とする護が、納得のいかない面持ちで井後に対し文句を垂れていた。
「何もしてないであんな騒ぎになるわけがないだろ……」
護の態度に井後が天井を仰ぐ。
レグノ王国王都内で護が引き起こした騒ぎにより、長時間も後処理に追われていた井後。
その顔からは疲弊の色が濃く現われていた。
「あれだけ騒ぎやトラブルは起こすなよと、散々忠告したのに」
徐に立ち上がった井後は、護に咎めるような視線を送る。
「だから、オレはあんたに言われた通り、街ん中を静かに散策していただけで」
「護」
無理やり護の発言を止める井後。
「何故、お前がこうも頑なに他人と穏和に接したがらないのか。その点について俺は理解しているつもりだ」
「…………」
「お前が俺の言うことだけは聞くことも、お前が俺以外の人間を決して信用しないことも」
「…………」
「そして……。お前の過・去・の・こ・と・についても」
「っ!」
井後の言葉に、護の表情が僅かに動く。
「だったら、なんだっていうんだよ」
少し間を空けた後、護が井後に言い返す。
「俺は……。お前が世間から認識されているような人間ではないと思っている。お前と出会い、ここに入隊させてから、ずっと傍で見てきたつもりだ。お前の諸事についても情報統制を取り、周りの隊員達に知られないよう対処している。今更お前の過去についてとやかく言う者もいない」
すると、井後はゆっくりと護の傍まで歩くと。
「そろそろ、あ・の・事・件・に囚われるのをやめて、少しは前を向き始めてもいいんじゃないのか?」
そっと優しく、護の肩に手を置く。
「……うるせぇよ」
だが、護はすぐにその手を払い、井後に背を向ける。
「……そうか」
小さく呟いた井後。
哀しい目を浮かべ護の背中を見つめると、再びデスクの方へと戻る。
「明日以降についてだが」
そして、デスクの左下に置いていた銀のアタッシュケースを持ち。
「ユスティ殿と話し合い、警護の担当組み合わせを変えることにした」
中から護専用のエレマ体コアを取り出す。
「お前の相手は、カスピーツ・メルクーリオ氏だ。いいな?」
「……好きにしろ」
井後からコアを受け取る護。
指令に対し短く返事をすると、そのまま足早に部屋を出ていく。
「……まだ、本当の意味での信頼は得ていないか」
一人きりとなった井後。
静かな部屋には椅子の軋む音と、時計の秒針が刻まれる音のみが鳴る。
「…………」
暫くして。
「総隊長」
扉を叩く乾いた音が二回、部屋中に響き渡る。
「……入れ」
「失礼します」
井後の合図により開かれる扉。
そこから現れた者は。
「総隊長、彼女をお連れしました」
「えっと……。失礼します」
荒川と夏奈の二人。
「あぁ……来たか」
二人が入ってくるのを確認した井後は、ゆっくりとデスクから立ち上がり。
「遅くからすまない」
すぐに部屋の電気を消すと。
「では、行こうか」
二人を暗闇の奥へと案内した。
* * *
――はぁ……はぁ……
また、この夢だ。
――あつい、あついよ……
思い出したくもない、あの日のこと。
――お父さん……お母さん……どこに行ったの
全て、失ったあたしは。
――いやっ、こないで……。こないでっ!
ずっと、独りぼっち。
* * *
「だあぁっ!?」
窓から僅かな月明りが差し込むだけの、真っ暗な部屋。
「はぁ……。はぁ……」
夢に魘されていたルーナは、ベッドの上で飛び起きる。
「また、あの夢か……」
呼吸を整えようとベッドから降り、洗面台へと向かう。
「……ひでぇ顔だな」
部屋の明かりをつけ、目の前の鏡に映る顔を見る。
――嬢ちゃん、なんであんなことを
「……うるせぇよ」
ゆっくりと窓際へと移動するルーナ。
目を細め、夜空に浮かぶ月を眺める。
浮雲によって所々見え隠れする三日月。
黄蘗色の光が、静かに、優しく王都を照らす。
その時。
「いっつ!」
籠手を着けた右腕に激痛が走る。
「くそっ……!」
思わず左手で押さえつけるルーナは、苦痛で顔を歪ませる。
「あの野郎……」
歯が軋むほど食いしばり、湧き出る痛みに耐えながら頭の中で思い浮かべるのは、護の顔。
「気安く触れやがって……」
* * *
――っ! 触るな!!
「…………」
――少しは前を向き始めてもいいんじゃないのか?
「……どいつもこいつも」
井後の部屋を後にした護。
一秒でも早く自室へ戻ろうと、酷く苛立つ様子で基地内を歩く中。
――ごめんね……。マモルちゃん……
「っ!」
思い出すのは。
「…………くそ」
拭い切れない、過去の記憶。
「…………」
不意に立ち止まり、考えに耽る。
「絶対に、あいつを殺すまでは」
そして、静かに湧き上がる強い憎しみを心に抱え、再び歩き始める。
* * *
「つ、つかれた……」
護とルーナによって起きた騒動の事情説明をする為、王城へと向かっていた空宙。
井後とユスティへ一通りの説明を終え、護を本部基地へ返した後、ようやく宿舎へと帰れたところ。
「…………」
服も着替えず、俯せになってベッドへと倒れ込む空宙だが。
「……あっ」
夕方、ルーナ伝手に受け取ったユスティからの封筒を思い出す。
「そうだった」
疲れにより上手く思考が回らない中、重くなった身体をゆっくりと起こし封筒を取り出す。
「帰ってから開けろって言ってたけど、なんだろう」
封筒の蓋を丁寧に破り、中身を見ると。
「っ! これは……」
出てきたものは、直径二ミリの電子デバイス。
すると。
「うわっ!」
そのデバイスは空宙の手に触れた途端、強い光を放ち。
「これって……」
空間上にスクリーンを投影する。
「やぁ空宙。昼ぶりだな」
「総隊長っ! それに……」
「お久しぶりです。空宙さん」
そこから映し出されたのは、護との面会を終えたばかりの井後と、荒川。
そして。
「っ!? な、なんで……」
訝しげな顔で空宙を見つめる夏奈の姿が。
「お……お兄ちゃん、なの?」
心の底から思い続けていた二人は。
思わぬ形で、再会を果たす。