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9.追憶


-エレマ隊本部 総隊長室―




「はぁ……お前という奴は」




 時刻は深夜零時を回った頃。


 職員も関係者もいない基地の総隊長室の中、そこには自室のデスク上に両肘を置き、大きくため息を吐く井後の姿が。




「だからオレは何もしてねぇって」




 井後の目の前では、呼び出しを受けたことに憮然とする護が、納得のいかない面持ちで井後に対し文句を垂れていた。




「何もしてないであんな騒ぎになるわけがないだろ……」




 護の態度に井後が天井を仰ぐ。




 レグノ王国王都内で護が引き起こした騒ぎにより、長時間も後処理に追われていた井後。


 その顔からは疲弊の色が濃く現われていた。




「あれだけ騒ぎやトラブルは起こすなよと、散々忠告したのに」




 徐に立ち上がった井後は、護に咎めるような視線を送る。




「だから、オレはあんたに言われた通り、街ん中を静かに散策していただけで」


「護」




 無理やり護の発言を止める井後。




「何故、お前がこうも頑なに他人と穏和に接したがらないのか。その点について俺は理解しているつもりだ」


「…………」


「お前が俺の言うことだけは聞くことも、お前が俺以外の人間を決して信用しないことも」


「…………」


「そして……。お前の過・去・の・こ・と・についても」


「っ!」




 井後の言葉に、護の表情が僅かに動く。




「だったら、なんだっていうんだよ」




 少し間を空けた後、護が井後に言い返す。




「俺は……。お前が世間から認識されているような人間ではないと思っている。お前と出会い、ここに入隊させてから、ずっと傍で見てきたつもりだ。お前の諸事についても情報統制を取り、周りの隊員達に知られないよう対処している。今更お前の過去についてとやかく言う者もいない」




 すると、井後はゆっくりと護の傍まで歩くと。




「そろそろ、あ・の・事・件・に囚われるのをやめて、少しは前を向き始めてもいいんじゃないのか?」




 そっと優しく、護の肩に手を置く。




「……うるせぇよ」




 だが、護はすぐにその手を払い、井後に背を向ける。




「……そうか」




 小さく呟いた井後。


 哀しい目を浮かべ護の背中を見つめると、再びデスクの方へと戻る。




「明日以降についてだが」




 そして、デスクの左下に置いていた銀のアタッシュケースを持ち。




「ユスティ殿と話し合い、警護の担当組み合わせを変えることにした」




 中から護専用のエレマ体コアを取り出す。




「お前の相手は、カスピーツ・メルクーリオ氏だ。いいな?」


「……好きにしろ」




 井後からコアを受け取る護。


 指令に対し短く返事をすると、そのまま足早に部屋を出ていく。




「……まだ、本当の意味での信頼は得ていないか」




 一人きりとなった井後。


 静かな部屋には椅子の軋む音と、時計の秒針が刻まれる音のみが鳴る。




「…………」




 暫くして。




「総隊長」




 扉を叩く乾いた音が二回、部屋中に響き渡る。




「……入れ」


「失礼します」




 井後の合図により開かれる扉。


 そこから現れた者は。




「総隊長、彼女をお連れしました」


「えっと……。失礼します」




 荒川と夏奈の二人。




「あぁ……来たか」




 二人が入ってくるのを確認した井後は、ゆっくりとデスクから立ち上がり。




「遅くからすまない」




 すぐに部屋の電気を消すと。




「では、行こうか」




 二人を暗闇の奥へと案内した。




* * *




 ――はぁ……はぁ……




 また、この夢だ。




 ――あつい、あついよ……




 思い出したくもない、あの日のこと。




 ――お父さん……お母さん……どこに行ったの




 全て、失ったあたしは。




 ――いやっ、こないで……。こないでっ!




 ずっと、独りぼっち。




* * *




「だあぁっ!?」




 窓から僅かな月明りが差し込むだけの、真っ暗な部屋。




「はぁ……。はぁ……」




 夢に魘されていたルーナは、ベッドの上で飛び起きる。




「また、あの夢か……」




 呼吸を整えようとベッドから降り、洗面台へと向かう。




「……ひでぇ顔だな」




 部屋の明かりをつけ、目の前の鏡に映る顔を見る。




 ――嬢ちゃん、なんであんなことを




「……うるせぇよ」




 ゆっくりと窓際へと移動するルーナ。


 目を細め、夜空に浮かぶ月を眺める。




 浮雲によって所々見え隠れする三日月。


 黄蘗色の光が、静かに、優しく王都を照らす。




 その時。




「いっつ!」




 籠手を着けた右腕に激痛が走る。




「くそっ……!」




 思わず左手で押さえつけるルーナは、苦痛で顔を歪ませる。




「あの野郎……」




 歯が軋むほど食いしばり、湧き出る痛みに耐えながら頭の中で思い浮かべるのは、護の顔。




「気安く触れやがって……」




* * *




 ――っ! 触るな!!




「…………」




 ――少しは前を向き始めてもいいんじゃないのか?




「……どいつもこいつも」




 井後の部屋を後にした護。


 一秒でも早く自室へ戻ろうと、酷く苛立つ様子で基地内を歩く中。




 ――ごめんね……。マモルちゃん……




「っ!」




 思い出すのは。




「…………くそ」




 拭い切れない、過去の記憶。




「…………」




 不意に立ち止まり、考えに耽る。




「絶対に、あいつを殺すまでは」




 そして、静かに湧き上がる強い憎しみを心に抱え、再び歩き始める。




* * *




「つ、つかれた……」




 護とルーナによって起きた騒動の事情説明をする為、王城へと向かっていた空宙。


 井後とユスティへ一通りの説明を終え、護を本部基地へ返した後、ようやく宿舎へと帰れたところ。




「…………」




 服も着替えず、俯せになってベッドへと倒れ込む空宙だが。




「……あっ」




 夕方、ルーナ伝手に受け取ったユスティからの封筒を思い出す。




「そうだった」




 疲れにより上手く思考が回らない中、重くなった身体をゆっくりと起こし封筒を取り出す。




「帰ってから開けろって言ってたけど、なんだろう」




 封筒の蓋を丁寧に破り、中身を見ると。




「っ! これは……」




 出てきたものは、直径二ミリの電子デバイス。


 すると。




「うわっ!」




 そのデバイスは空宙の手に触れた途端、強い光を放ち。




「これって……」




 空間上にスクリーンを投影する。




「やぁ空宙。昼ぶりだな」


「総隊長っ! それに……」


「お久しぶりです。空宙さん」




 そこから映し出されたのは、護との面会を終えたばかりの井後と、荒川。




 そして。




「っ!? な、なんで……」




 訝しげな顔で空宙を見つめる夏奈の姿が。




「お……お兄ちゃん、なの?」




 心の底から思い続けていた二人は。






 思わぬ形で、再会を果たす。

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