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7.謎


「こんばんは~……」




 場所は王国軍魔法士部隊研究所。




 すっかり日は暮れ周りに人気も無い中、空宙はオーロと別れた後アリーからの伝言に従い、自身の身体を調べて貰う為にザフィロの下を訪ねていた。




「……はい、どちら様で?」




 ゆっくりと扉が開き、中から黒衣を纏う一人の女性が現れる。




「えっと、ザフィロさんの下で身体の事を調べて貰うよう、アリーさんから伝言を受けました、掛間空宙と申します」




 空宙は、怪訝な顔をしながら自身のことを覘き込む女性に、恐る恐る用件を話す。




「…………あぁ! 貴方でしたか! お話は伺っております。どうぞ中へ」




 黒衣の女性は空宙からの返事を受けた後、暫くしてから事前に受けていた報告を思い出すと、すぐに空宙を中へと案内する。




「ありがとうございます」




 空宙は女性に礼を言い、建物の中へと入る。








「「…………」」




 研究所の中へと入った二人は、すぐ目の前にある螺旋階段で地下に降り、その後、左右に幾つもの部屋がひしめき合う一直線の廊下を進んでいく。




 中も外も古びたレンガで造られた建物。


 カビと埃で汚れ、天井から吊るされる魔道具から照らされた灯りは所々が消えかかっていた。




 そんな中、会話も無く廊下を歩く二人。


 周りの部屋には誰もおらず、地下に響くは二つの足音のみ。




 暫くすると。




「ここがザフィロ様のお部屋になります」




 通路の最奥。


 ”ツェデック・ザフィロ”と書かれた銀のプレートが掛けられた扉の前で、女性が立ち止まる。




「ザフィロ様は只今不在ですので、いらっしゃるまでの間、中でお待ちください」


「ありがとうございます」




 空宙は扉を開け、ザフィロの部屋へと入っていく。








「うわ……」




 ザフィロの部屋に入った空宙は、目の前に広がる光景に茫然とする。


 そこは見渡す限りの本と薬品で埋め尽くされ、足の踏み場など到底ないほど散乱としていた。




 円状に造られた部屋の中心には一台の手術台。


 その手術台を囲うよう壁際にはびっしりと張り巡らされた本棚があり、そこにも大量の書物と薬品が陳列されていた。




 陳列される書物は新しい物から使い古された古文書まで。


 薬品の中には空宙が見た事もない生物が、怪しく光る液体によって漬け込まれる。




「すごいな……」




 ザフィロが不在の間、床に散らばる書物達を決して踏まないよう慎重に歩きながら部屋中を観察する空宙。




 すると。




「……ん?」




 手術台に近付いた時。




「なんだこれ?」




 空宙は手術台に取り付けられた四つの枷を見つける。


 その枷は全て無理やりに壊された形跡があり、所々には焦げた様子も見られた。




 その時。




「お前が壊したんだぞ」




 突然、背後から声が。




「っ!?」




 驚いた空宙は後ろを振り返ると。




「まぁ、その様子だと覚えておらんだろうがな」




 そこには目を微睡ませ、眠そうな顔付きをしたザフィロが静かに佇んでいた。




「あ、えっと、その……こんばんは」




 突然現れたザフィロに対し、空宙が慌てて挨拶をする。




「…………」




 しかし、ザフィロは返事もせず空宙を横目に見るだけで、奥の方の本棚へと向かい、そこから一冊の赤表紙の書物を取り出す。




「……そこに座れ」




 ザフィロは手術台を指差し、空宙に指示する。




「あ、はい……」




 空宙はすぐに手術台へと向かい、腰掛ける。




「……あと、人の部屋を勝手に物色するでない」


「すみません……」




 空宙を叱責しつつ黙々と準備に取り掛かるザフィロ。


 先ほどまでの寝ぼけた顔が徐々に狂気的な笑みを浮かべ始める。




「ふふふ……さぁ、始めるとしよう」




 ザフィロは本を広げると、空宙に向けて手を翳す。




「動くなよ」




 ザフィロが低い声を放ったと同時、翳した手から白い光が現れる。




「”偽りの姿を見せる者よ。汝、内に宿りし存在を示せ”」


「っ!」




 詠唱が行われると、その光は帯となり空宙の身体に纏わりつく。




 すると。




「えっ、ちょっと!? ザフィロさん!?」


「狼狽えるな」




 光の帯に纏わりつかれた空宙の身体は段々と透けていき。




「……なるほどな」




 空宙の体内に存在する白と緑の粒子、そして。




「オーロの言ってた通りだな」




 その二つの粒子を縛り付ける赤黒い粒子の帯が露わになる。




「そのまま動くな」




 身体が透け、初めて自身の体内の様子を見たことに驚愕する空宙をザフィロが制止する。




「”我が権限の下にあるマナよ、その者の身体を蝕む厄を取り除け”」




 再び詠唱を試みるザフィロ。


 碧の眼が空宙の体内を睨みつける中、光の帯が空宙の体内に侵入し。




「っ!?」




 空宙の身体の中で渦巻く赤黒い粒子の帯に触れようとした。




 だが。




「っ! これは……」




 光の帯が赤黒い粒子の帯に触れようとした瞬間、光の帯は手前で弾かれ、その場で霧散。空宙の身体は半透明の状態から元の状態へと戻っていった。




「い、今のは……」




 空宙は思わずザフィロの方を見る。




「…………」




 しかし、ザフィロは無言でその場に立ち尽くし、不満げなわけでも、落胆する様子を見せるわけでもなく、ただ目を瞑っては思索に耽る。




 そして。




「……もうよい。今日は帰っていいぞ」


「えっ?」




 ザフィロは興醒めた表情を浮かべながら、空宙に帰るよう伝える。




「事前に頼まれていた分はもう済んだ。それに、今はこれ以上のことは出来ん」




 ザフィロは持っていた書物を元あった場所に片付け、帰り支度を始める。




「そう……ですか」




 空宙は調査がすぐ終わったことに気抜けするが、ザフィロに言われた通り、直ぐに手術台から降り、部屋から出ようとする。




「あの……ありがとうございました」




 空宙は部屋から出る直前、ザフィロに向かって礼を言う。




「……構わん。いいから早く」




 ザフィロが空宙の方を一瞬向き、再び背を向けようとした時。




「あっ」




 一冊の古びた青表紙の書物を床に落とす。




「ザフィロさん。本落としましたよ」




 空宙はそれを拾い上げようとするが。




「--っ! それには触れるな!!」


「っ!?」




 途端、ザフィロが血相を変え空宙よりも早く落とした書物を拾い上げようとした。




 その時。




「--っ!!」




 書物の上で二人の手が重なった時。




「なっ!?」




 ザフィロの身体中に痺れるような強い違和感が襲い掛かる。




「(なんだ、今のは……。こやつに触れた途端、身体中が痺れたような、いや、振動が駆け抜けたといったほうが)」




 驚いたザフィロは思わずその場から飛び退く。




「え……あ、あの。ザフィロさん……」


「っ! ……もうよい。早く行け」




* * *




 ザフィロによって部屋から追い出されてしまった空宙。


 その後、研究所を後にした空宙は宿舎に戻る為と、一人夜の王都を歩いていたのだが。




「……あれが」




 思い返すは、先ほど見てしまった、己の身体に取り憑く赤黒い粒子の帯。


 オーロからも話を聞かされてた、エレマ体が起動しない原因になっている可能性がある物。




――見つけた




「(あの時に……?)」




 空宙の中で心当たるは初めて転送された時に聞いた、悍ましい声の主。




「(だとしたら、何故俺だけ……?)」




 深まる謎。


 更には。




 ――私の名は、ダアト




「(あの女性と、声の主は同じ? それとも別の何かなのか?)」




 空宙の表情は段々と険しい物になっていく。




「……まぁ、考えてもしょうがないか」




 気付けば宿舎の前まで来ていた空宙は、一つため息を吐き、門番に声を掛けようとする。




「すみません。掛間空宙、ただいま」




 その時だった。




「――っ!?」




 突如、空宙の視界の端で何者かが吹き飛ばされ宿舎の壁に激突する様子が映った。




「なんだなんだ!?」


「お、おいっ! 人が倒れてるぞ!」




 空宙は勿論、門番を含め近くにいた人々が騒めく。




「だ、大丈夫ですか!?」




 土煙が舞う中、安否を確認しようと空宙は急いで倒れている人に声を掛ける。




 すると。




「……おい、俺が何したってんだ」


「っ!!」




 ゆっくりと起き上がった人物は。




「お前……なんで」


「あぁ? 誰だ、てめぇ」




 エレマ体を装着した岩上護。




 そして。




「おい、ソラ。そこどけ」




 空宙の背後から現れたのは。




「お前はここでぶっ殺す」




 周囲に殺気を撒き散らしながら憤怒の形相で護を睨みつけるルーナだった。



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