「やはり、きたか……」
「えぇ」
アリーの知らせに、会議場内が緊張に包まれる。
「既に交戦されたのですか……?」
「いえ、姿だけを確認しただけで、それ以上の接触はありませんでした。ただ」
「ただ?」
ユスティがアリーに尋ねた後、アリーからの返答を聞いたレム王の眼が僅かに鋭くなる。
「その時確認された敵の数は、たったの一人でした」
「なに?」
そして、再び会議場内ではどよめきが起こる。
「また、あのゲーデュという男でしょうか」
アリーの話を聞いてユスティの頭の中で真っ先に浮かんだのは、シルクハットを被り、不気味な笑みを浮かべる魔族の姿。だが。
「いえ、それが……確認されたのは女型の魔族でして、以前にレム王の元を訪れた魔族の者の姿とは異なる者でした」
「なるほど……。ならば新手とみたほうが良さそうじゃな」
レム王は伸びた顎鬚を触りながら、アリーが報告する内容について熟考する。
「-このタイミングでの魔族の出現ということは、先程ローミッド殿が仰ってたように、奴らも生命の樹を狙ってか……-」
「恐らく。瘴気を撒き散らす魔族らにとって、瘴気を浄化するマナそのものを生み出す生命の樹は邪魔な存在。今回の転生の機会を見計らって生命の樹を破壊し、根絶やすことが目的だと大いに見ていいでしょう」
険しい表情をする井後の問い掛けに、アリーは真剣な眼差しで答えていく。
「ならば尚更、早めに手を打っておかねばの」
レム王がユスティの方を見る。
「はい。では、ここからは具体的な作戦議案に入ります。まず、今回のフィヨーツへの遠征については、先発隊と後発隊の二回に分けて現地へ向かって頂きます」
「二回?」
ユスティの言葉に、ルーナの眉が僅かに動く。
「理由としては二つ。フィヨーツへ行って頂きたいメンバーとしては、この場にいる皆様方と、ザフィロ殿。そして、ソラ殿とエレマ隊四将の方々ですが、先の戦い以降、王都周辺での魔族の動きは確認されてないとはいえ、再びいつ急襲があるか分からない情勢の中、一度に両軍の主力を遠征に向かわせるのは危険だと判断いたしました。これが一つ目の理由です。もう一つは「失礼」」
その時。
「-ユスティ殿。ここからは私が-」
「っ! 承知いたしました」
井後がユスティの説明に割って入る。
「-もう一つの理由といたしましては、我々、エレマ部隊の四将が使用するエレマ体のメンテナンス事情によるものです。先の戦いにて受けた敵の攻撃により、損傷がかなり酷く、今この時もエンジニアの手によって修復作業を行っておりますが、未だ修復率は……四割程度。すぐに明日から皆さまと共に出動が出来る状況ではない為にあります-」
井後は苦い表情をしながら話す。 すると。
「先日、我々が井後殿に生命の樹の転生とマナの実の話を持ち掛けたのだが、その際にお互いの状況と情報交換を行った時から、フィヨーツへ向け、二度に分けて遠征させることを想定していた」
レム王が井後の話の後に続く。
「だが、アリーからの話から見て通り、魔族の動きが予想以上に早い……。となると、当初は先発隊が出発して五日後に後発隊を向かわせる手筈だったが、そこを……二日後、じゃな。井後殿、間に合うか?」
「-二日後、ですか……-」
井後はレム王からの要求に対し、目を瞑り、右手に顎を乗せ唸りながら考え込む。
「あの、レム王」
その時。
「ん? どうした、ペーラ」
「以前のように、緊急時は転移用魔道具を使って王都へ帰還する手段は取れないのでしょうか」
ペーラが三者の様子を窺いながら質問を投げかける。
「すまぬ。あれはもう一つも無い上、新たに造るとしても数か月は掛かるのだ……」
「そう、ですか……」
しかし、レム王から返ってきた答えはペーラの期待を叶えてくれるものではなく。少し悲し気に話すレム王を見たペーラも肩を落とし消沈する。
「本来、あの代物は王家の者以外の手に渡ってはならない物であり、悪用する者が現れぬよう、数には限りを決め、無くなったら易々と新しい物を造れば良いなどといった対処は取らないようにしているのです」
見兼ねたユスティがレム王の言い分をフォローする。
「なるほど……承知いたしました。不要なことを伺い申し訳ございません」
レム王とユスティの返答を聞いたペーラがその場で陳謝する。
「よいのじゃ。気にするでない」
レム王は先ほどまでの暗い顔から朗らかな顔へとすぐに表情を変え、ペーラを慰める。
「それで、井後殿。先ほどの件だが……どうかの?」
「-そうですね……-」
そして再び、レム王は井後に対しエレマ体の修復可否を尋ねる。
「-少し、工程をずらしながら対応しようと思います。この後のエンジニア達との相談次第にはなりますが、王都を出発するまでには六割程度修復を完了させ、エルフ国に着いた後、警護を務めながら残りの四割を修復する方向で進めようかと-」
井後は頭の中で様々な工程プランを練りながら、丁寧に回答していく。
「務めながらって、どうやって現地で直すんだよ?」
すると今度は、井後の説明にルーナが疑問を投げる。
「-それについてはご心配ありません。我々エレマ隊は、拠点を張った先の座標を割り出す事が出来れば、その場からの転移が可能となりますので、フィヨーツで一度でも拠点を張りさえすれば、こちらへの帰還が可能となり、現地で警護が終わった後、本部基地内で修復作業の続きを施す手筈を整えることができます-」
「ふーん。便利なもんだな」
井後の回答を聞いたルーナは両腕を頭の後ろに組み、思案顔で椅子の背もたれに寄りかかる。
「では井後殿、その方向で進めて貰ってもよいか?」
「-はい。善処いたします-」
井後はレム王に返事をすると、すぐに別のモニターに目線を移し、基地内の者へ指示を送り始める。
「感謝する。となればあとは……」
「先発隊と後発隊の選定ですね」
再び発言者はユスティへ。
手元の資料を捲りながら議を進めていく。
「ここからは事前にこちらで選定させて頂いたものを提案し、必要に応じて調整、異論がなければ決定という流れで参ります。まず、先発隊につきましては、ツェデック・アリー殿、ザフィロ殿の両名」
「ぷっ。ザフィロのやつ親父と一緒に呼ばれてやんの」
先発隊の内容に、ルーナが思わず笑いだす。
「そして、ローミッド殿とシェーメ殿。この四名をレグノ王国軍から先発隊として派遣しようかと考えております」
「なっ!?」
これに異議を唱えたのはペーラ。
「なぜ隊長だけが先に行かれるのですか!?」
目の前のテーブルに両手を突き、その場で勢いよく立ち上がる。
「これについては理由がございます。まず、先発隊が遠征へと向かっている最中、王都へ魔族の襲撃があった際、ローミッド殿が王都へ戻ってくるまでの間、ショスタ殿には剣士部隊の指揮官を務めて頂きたいのです」
ユスティは淡々と提案の意図を説明する。
「なるほど……。確かに合理的だな。ペーラ、ここはユスティ殿の意見に沿って欲しい」
ユスティの説明を聞きすぐに納得したローミッドは、隣で取り乱すペーラを宥める。
「しかし団長……」
「なんだ? そんなにローミッドの傍から離れたくないのか?」
ローミッドに説得させられるも駄々をこねるペーラに、ルーナが奥からおちょくる。
「う、うるさいっ! 決してそんなわけではない!!」
揶揄われたペーラは顔を紅潮させ、ルーナの言葉をすぐに否定する。
「ペーラ。二日間、どうか俺の代わりに部下達を頼めないだろうか」
再び懇願するローミッド。
「っ! しょ、承知……いたしました」
流石に二度の頼みは断れないと、ペーラは頷き、静かにその場に座り直す。
「ご協力、感謝いたします。また、他の方々の人選理由と致しましては、ザフィロ殿はアリー殿からの個人的な要望で。シェーメ殿はアリー殿と共ににマナの実の交渉をフィヨーツで行って頂きたい為となります」
「……わたしが、交渉?」
オーロは咄嗟に自身のことを指差しながら訊き返す。
「はい。シェーメ殿は以前よりフィヨーツの現王女であるリフィータ・シェドーヌ様から気に掛けられていることもあり、交渉という非常に繊細な場において、この上ない話し相手となれるだろうと踏み、人選致しました」
「そ、そうなの、ですか……」
オーロの口調が片言になる。
「シェーメ殿、私も全力でサポート致しますので、共に頑張りましょう!」
アリーが誇らしげな顔をしながらオーロに向けて胸を張る。
「は、はいぃ……(わたし、リフィータ様苦手なんだよなぁ……)」
オーロは苦笑いをしながら返事をする。
「そして、今呼ばれなかった方々が、全て後発隊となります。ここまで、御意見や異論などはございませんでしょうか」
ユスティは一呼吸置き、会議場全体をゆっくりと見渡す。
「あ……の」
その時。
「っ! カスピーツ殿、如何いたしましたか」
細く白い手を上げるメルクーリオが、枯れた声でユスティを呼ぶ。
「先発……隊が……いない間……は、どなたが……見回りの……任務を……行うの……ですか?」
瘴気の影響により喉に呪いを受けているメルクーリオは、伝わるようにと出ない声を必死に絞り出し、ゆっくり尋ねる。
「そうでした。そのことですが」
メルクーリオの質問を聞いたユスティは、目線をメルクーリオから井後へと移すと。
「その件につきましては」
ユスティから合図を受けた井後は。
「我々エレマ隊から、右京瀧、岩上護の両二名を派遣いたします」
「…………。げぇっ!?」
一人だけ拒絶的な反応を見せる者がいる中、メルクーリオからの質問に対し、粛々と答えていった。