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4.親子喧嘩


 勢いよく開かれた扉の音と共に現れたのは、ザフィロを肩に担いだ大柄の男。




「久しぶりじゃの。アリー」




 目の前の異様な光景に、みな言葉を失う中、レム王が男に向かって声を掛ける。




「レム王っ! お久しぶりでございます」




 男はレム王に向かって張りのある声で返事をする。




「なんだザフィロの親父じゃねぇか!!」




 少し遅れて、奥に座っていたルーナが男に向かって手を振りながら声を飛ばす。




「おおー! ルーナの嬢ちゃん元気か!? またこうして会えて嬉しいぜ!」




 すると男は満面の笑みをルーナに向ける。




「こほん……。アリー殿、客人がいらっしゃる場でございますよ」




 そんな中、先程からやや呆れた顔をしながら様子を窺っていたユスティが、男の無作法を嗜める。




「おっと! 大変失礼いたしました。む……? もしや貴方が例の?」




 男はユスティに謝るとすぐ、スクリーンに映し出されている井後を見る。




「えぇ。この方が、我がレグノ王国軍と同盟を結んでいる、もう一つの世界の軍隊。エレマ隊を率いていらっしゃる井後殿です」


「初めまして。エレマ隊総隊長を務める、井後義紀と申します」




 井後は男に向かって一礼する。




「これはこれはっ! お初にお目にかかります、井後殿。わたくし、レグノ王国軍魔法士部隊”元”部隊長、現エルフ国配属警護隊隊長を務めております、ツェデック・アリーと申します」




 井後の挨拶に対し、アリーもその場で深々とお辞儀をする。




 すると。




「そして……」




 アリーは井後に自己紹介を済ませると。




「キャッ!?」




 肩に担いでいたザフィロの尻を叩き。




「この度は、うちの娘が戦場にて大変な迷惑を掛けてしまい、申し訳ございませんでしたぁっ!」


「っ!?」




 物凄い勢いで謝罪を行い始めた。




「ちょ、ちょっと急にどうされ」


「他の皆様方も、うちの娘がむやみやたらに魔法をぶっ放し、自国の兵士達を巻き込むようなことを引き起こしてしまい、本当に申し訳ございませんでしたっ!」




 突然の謝罪に戸惑う一同。




「ちょっと! 何勝手なこと言ってるの!?」


「うるさいっ! お前は黙ってろ!!」


「……っ!」




 己の父に対し口答えしようとしたザフィロだが、アリーのあまりの怒号と剣幕に気圧され、思わず口を閉じ顔を引き攣らせる。




「やはりお前では魔法士部隊を任せられん」




 そう言うとアリーは、再びローミッド達からレム王とユスティの方へと向き直り。




「レム王、ユスティ殿。差し出がましいとは存じますが……どうか、魔法士部隊部隊長をこのバカ娘からわたくし、ツェデック・アリーへと委嘱させては頂けないでしょうか」


「なんじゃと!?」


「「「っ!?」」」




 衝撃的な事を口にする。




「はぁ!? 何馬鹿なこと言ってるのよ!?」




 勿論、その言葉に顔を真っ赤にして激昂するザフィロ。




「お前のような危なっかしい魔法ばかりを使う魔法士など、軍の部隊長に微塵も相応しくない!」




 しかし、そんなザフィロの態度に対し一歩も引くことのないアリー。




「魔術とは本来、国や民を豊かにする為のもの。生まれてから今日までマナの恩恵によって生かされてきた我々は、魔法士たるものとして、少しでも他者を魔法によって幸せにすることでその恩恵に応えなければならない」




 ザフィロを自身の肩から赤絨毯が敷かれる床へと降ろす。




「だがお前の魔術はどうだ。誰の幸せも願わず、少しも国や民の豊かさを考えない」




 見下ろす翡翠の眼と見上げる碧の眼。




「いい加減、”深淵”などと言った馬鹿げたものを追い求めるのを止め、魔法士という職を降りろ!」


「っ!!」




 ザフィロが眼を大きく見開く。




「アリー殿。これ以上この場での揉め事は」


「……でよ」




 流石に見てはいられないと思ったユスティが、二人の間に割って入ろうとしたその時。




「……ないでよ」


「あ?」


「ふざけんじゃないよ!! このバカ親父! もういい! 大っ嫌い!!」




 両目に涙を溜めたザフィロが自身の父に対し暴言を吐き、そのままわき目もふらず、会議場から出ていった。




「「「…………」」」




 目の前の出来事に誰一人も声を発することなく、静けさと気まずさだけが漂う。




「えっと……その」




 ようやくユスティが口を開いた。




 その時。




「ぅ、ぅぅ……うわあああああ!! ザフィロに大っ嫌いって言われたあぁぁぁ!!」




 アリーが大粒の涙を流し、大声で泣き始めた。




「……はい?」




 これには空宙も目を点にして首を傾げる。




「……はぁ。またか、アリー」




 呆れたレム王が、額に右手を当て俯き、深いため息を吐く。




「う、うぅ……。だって、俺はザフィロのことが心配で……。この前の戦いでもあんな大怪我を負って……」


「だからと言って、あんな言い方する必要もなかろうに……」




 一国の王を前に、大の大人が子どものように泣きじゃくる。




「えっと……その、これはどういう……」




 あまりの事態に空宙が周りに助けを求めようとすると。




「気にすんな。昔からザフィロの親父はあんな調子だ」




 レム王たちを脇目にルーナが話し掛ける。




「ザフィロの親父は一人娘のザフィロのことが好きすぎてな。戦場で怪我をする娘の姿が見たくないからと、ああやって定期的にザフィロに魔法士を降りろ辞めろと騒ぐんだよ」


「そ……そうなんですね」




 先ほどの剣幕から一転、人目はばからず泣き喚くアリー。


 空宙は咄嗟に井後の様子を窺うが、案の定、井後もどうしたらいいのか分からないといった顔をしていた。




「アリー殿。先ほども申し上げましたが、この場での無作法は御止めになられてください。それに、急に部隊長を変えろなど無理難題な話、レム王が通すはずもありません」




 ユスティがアリーに厳しく忠告する。




「仮に貴方が魔法士部隊部隊長に就任されたら誰がエルフ国の護衛隊長を務めるのですか……」


「……申し訳ない」




 ようやく反省の色を見せるアリーに。




「それよりもアリー。生命の樹の転生について進展はあったのかの?」




 議を進めんと、話を切り出すレム王。




「……ぐすっ。あぁ……そうでした」




 オーロからハンカチを渡してもらったアリーは涙をふくと。




「レム王、ユスティ殿。井後殿、そして皆様方」




 会議場にいる一同を見渡し。




「先日、エルフ国”フィヨーツ”周辺にて、新たに魔族の手の者の動きが確認されました」




 風雲急を告げた。

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