辺り一帯に生い茂る新緑の森。
天から優しく降り注ぐ陽の光は、葉の隙間から零れ、地上を暖かに照らす。
鏡のように透き通る湖畔の水面は煌めき、水の中では小魚たちが優雅に泳ぐ。
小鳥のさえずり。
谷川のせせらぎ。
草木のざわめき。
大自然が織り成す、様々な憩いの音色たち。
その中に。
「……今日も、静かだ」
ザッ、ザッ、と。
土と雑草を踏む足音が混ざり込む。
長く尖った両耳を持つ男が、森の中をゆっくりと歩く。
男が向かう先。
そこには、広大な森林の中でも一際大きな樹があった。
樹齢何百年も経つその大木は、地中にしっかりと根を這わすと、男の前で堂々と聳そびえ立ち、その姿は神々しく、見た者に畏怖の念を感じさせるほど。
男は大樹を見上げ、静かに微笑む。
”生命の樹”
異世界「アレット」に生息する生き物全てが、生きていく上で欠かせないマナを唯一生成する存在。
男が大樹に向かい、手を合わせる。
「今日もこの世界をお守りくださり、ありがとうございます」
深く、丁寧に。
頭を下げ、感謝の意を伝える。
「……よし。集落へ戻ろう」
黙祷を終えた男は顔を上げ、来た道へ戻ろうと大樹に背を向けた。
その時だった。
「っ!」
突如、生命の樹から眩い光が溢れ出す。
「な、なんだっ!?」
男は驚愕の声を上げたと同時、あまりの眩しさに両腕で顔を覆い、目を瞑る。
大樹から放たれる輝きは止まることなく強まると、辺り一帯を白色の世界に染めていく。 そして。
「…………」
暫しの間。
ようやく大樹の輝きが収まり、男が顔を上げる。
目の前で起きたことに、男は先ほどまでの穏やかな表情を失っていた。
「い、今のは……」
男の頭の中に過ぎるはただ一つ。
「生命の樹の転生……」
男は血相を変え、駆け足でその場から離れる。
「はぁ……はぁ……! 早く、このことをリフィータ様に伝えなければ……!」
* * *
魔族領内 魔族城
「シュクルが……負けただと?」
「は、はい……」
光一つ無き暗闇の中、一人の男の前に跪くゲーデュ。
目の前の者に対し、酷く顔を強張らせるゲーデュは、決して顔を上げることなく、ただひたすらに大理石の床を見続ける。
「……まぁよい。奴が生きてようと死んでいようと、我々の計画に支障はない。だが」
男は踵を返し、ステンドガラスで出来た窓から顔を覘かせ、外の景色を見る。
「先ほど貴様が話していた、”白金に輝くエレマ体”。その使役者は始末したほうがいいだろうな」
「か、畏まりました……」
男がゲーデュを一瞥する。
対してゲーデュは相も変わらずに、全身から汗を流し、下を向いたまま声を震わせ返事をする。
その時。
「ワタシが行こうかしら?」
妖艶な声が暗闇の奥底から現れ、建物中に響き渡る。
「オーキュノスか」
男が声のした方向を見る。
雲が晴れ、月明りが窓から侵入する。
そして、月光に照らされるは一人の女。
「お前には別にやってもらうことがある。だが」
不敵に笑う女に対し、男は淡々と話を続ける。
「最中、仮にその者と相見えた時は……殺せ」
男が命を下す。
「”生命の樹”を、滅せよ」