轟音と共に、土煙の中から現れるは一人の少年。
「みんなを……守る」
少年は立ち上がると、目の前の魔族を真っ直ぐ見る。
「……子ども、ですか?」
突如として現れた人物に、シュクルから疑念の声が上がる。
「誰が来たかと思えば、こんな」
刹那。
「っ!」
シュクルの顔面間近に少年の拳が迫る。
咄嗟に剣を持っていないほうの腕でシュクルは少年による殴打を防ぐ。
ガンッ! と鈍い音が大きく鳴り響いたと同時、衝撃によりシュクルの両足が地面にめり込む。
「……ほう」
少年の体格からは想像し得ない重い攻撃に、シュクルの心が僅かに踊る。
「いいですね」
「っ!」
シュクルは少年の拳を受け止めた腕を大きく振り払う。
少年は振り払われた勢いで宙を舞い、遠くから様子を窺っていた剣士達の所まで飛ばされる。
「き、きみっ! 大丈夫か!?」
少年が受け身を取れず地面に転がった所へ、一人の剣士が駆け寄る。
「……借ります」
「え……? なっ!?」
少年はすぐに立ち上がると、近寄ってきた剣士の腰に下げられた剣を奪い、再びシュクルの下へ向かおうと地面を強く蹴り、突進する。
「いいでしょう。受けて立ちます」
修羅の如く迫る少年の姿を見たシュクルが剣を構える。
少年は疾走する勢いのまま跳躍し、前方に宙返りすると、振り被りざま剣を叩きつける。
二つの剣が衝突し、激しく火花が散る。
頭上、首、背、肩。
右へ搔い潜っては左足後ろへと振り抜き、左へ搔い潜っては右上腕へと。
少年は目にも止まらぬ速さで移動し、ありとあらゆる場所へ斬撃を仕掛け続ける。
「見た目からは想像し難いこの速さ。この力……。認識と感覚にズレが生まれるので厄介ですね」
そう言うシュクルであったが、先程から顔色一つ変えず、少年の攻撃を全て受けきっていく。
目の前で繰り広げられる激しい攻防に、周りの兵士達は息をするのさえ忘れてしまいそうになるほど見入ってしまう。
「ザフィロ……さん……っ!」
少年が敵将と一騎打ちをしているこの隙にと、メルクーリオは背後で血を吐き倒れているザフィロの治療へと向かう。
「私も助太刀に!」
「いや、待て」
すぐ近くで見ていたペーラも剣を抜き、少年の下へと走り出そうとするが、これをローミッドが制止する。
「今は行っても巻き沿いを喰らうだけだ……」
ローミッドはじっと二人の闘いを見つめ、好機を窺う。
-レグノ王国城 王城バルコニー-
「何が起こったのだ。今、誰があやつと闘っておる……」
少年とシュクルによる一騎打ちを王城バルコニーから見つめるレム王。
「ただいま戦地にいる兵士に確認をっ! ええ、はい……。何っ!? 昨夜逃走した少年がっ!?」
戦場にいる兵士からの伝達にユスティは驚愕する。
-戦場 防壁門前-
「-左雲、そっちで何があった-」
エレマ隊本部基地のメインモニターから戦況を見つめていた井後から、再び彩楓に通信が入る。
「私にも何が起きたのか……。ただ、戦場の中心にいきなり少年が現れ……一人で敵将と闘っています」
彩楓も周りの兵士達と同様に、目の前で起きていることに対し困惑する。
「-少年だと……? 左雲、今そっちは動けるか?―」
「え、えぇ」
「-その少年が敵将を引き付けている間、他の三将を連れてレグノ王国軍の各部隊長が集まっている所へと向かえ。隙を見て、今ある最大戦力で一気に叩く―」
「承知いたしました」
彩楓は井後からの通信を聴き終え、前線へと向かう。
-戦場 中央付近-
「あいつ……。いまは意識があるのか……?」
同じくローミッドとペーラの隣で少年を見るルーナが怪訝な顔をし、言葉を漏らす。
「わかりません……ただ……」
その声を聴いたオーロは、自身の首飾りを掴み。
「とても、苦しそう……」
哀しい表情をしながら、少年を見つめていた。
「はぁ……はぁ……」
少年の動きが徐々に鈍くなる。
「随分と、キレが落ちてきましたね」
対し、シュクルの動きには一切の乱れはなく、少年の攻撃を受け止め続ける。
「もう少し、楽しみたかったのですがね」
「っ!」
少年の剣先が僅かにブレた所を、シュクルが横から薙ぎ払う。
少年の手から剣が離れる。
「では」
少年の態勢が崩れ。
そこへシュクルがトドメを刺そうと、僅かに少年へと意識が集中した。
その時。
「させんっ!」
「っ!」
シュクルの背後からローミッドが替えの剣で斬りかかる。
それをシュクルは容易く躱すが。
「まだまだぁ!」
ローミッドは少しでもシュクルから余裕を奪おうと、手を緩めることなく次々と斬撃を繰り出す。
「隊長っ!!」
「全員、少年を援護しろっ!!」
まだ動ける部隊長達に対し、ローミッドが大声で叫ぶ。
「しつこいですね」
「ゴハッ!」
頭上へと剣を大きく振り被るローミッドにシュクルが柄頭で脇腹を殴る。
「剣・擬技」
そこへ。
「- 百花繚乱 ―!」
「っ!!」
茶色の髪が風に吹かれながら。
「あんただけ良い恰好はさせねぇよぉ!」
「……っふ。助かった」
苦悶の表情を浮かべていたローミッドだったが、烈志を見た途端、少しだけ笑い、礼を言う。
「魔・擬技! ― 封 ―」
続けざま、緑色をした複数の鎖がローミッドと烈志の頭を越え、シュクルの身体を縛る。
「遅れて申し訳ない!」
二人の下に、彩楓が護と瀧を連れて合流する。
「意味のないことを」
「なっ!?」
シュクルが彩楓の技によって縛られていた自身の身体を一瞬にして解く。
「あちゃー。左雲ちゃん、全然効いてなさそうだよ?」
「うるさいっ! やはり化け物か……」
少年、ローミッド、烈志、彩楓の攻撃が続いた後でも傷一つなく、纏う赤のフードすら剝がれることなく。
シュクルは静かに立っていた。
「ローミッドさん!」
「生きてるか!?」
そこへ、オーロとルーナも合流。
レグノ王国軍各部隊長、エレマ隊四将が集結する。
「まだ、私を楽しませてくれるのか?」
己を警戒する一同を、シュクルはザフィロに対し挑発をしたように、もう一度両腕を広げる。
「あいつ、コケにしてやがる……!」
「慌てるな、奴が仕掛けてこないだけ好機と思え」
憤るルーナをローミッドが落ち着かせる。
「護、マナの残量はあとどれくらいある」
「さっきのどでかい楯広げたせいで大技はもう出せねぇ。あと小技が何回か出来るかぐらいだな」
その隣で、彩楓が各エレマ体の性能状況を整理していく。
何をしても敵に損傷を与えることが出来ない。
活路は見出せず、攻めあぐねる。
「一撃でも入ればいいのだが……」
その時だった。
「少年さんっ!! 聞こえますか!?」
「「っ!?」」
突如、オーロが少年の事を呼ぶ。
呼ばれた少年が、確かにオーロの方を向く。
「っ! ……皆さん、私に考えがあります」
少年の反応を見たオーロは、確信した表情を浮かべ、一同を集める。
「考え、だと……?」
「はい」
オーロは皆に向かって話し始める。
暫くして。
「何っ!? そんな無茶苦茶なこと!」
「もうこれしかありません。敵の守りが硬い以上、中途半端に攻撃を続けてもこの状況を打開することはできません。どうか、協力して頂けませんか」
オーロの話に皆、驚きの声を上げるが、オーロは必死に懇願する。
「いいんじゃない? オーロちゃんの話、俺は乗るよ」
「っ!」
そこへ、いの一番に烈志が賛同の声を挙げる。
「私もだ。出来る事が限られた以上、その作戦が一番、敵を倒せる可能性が高い」
続いて彩楓も賛同する。
「他の二人もいいか?」
「構わん」
「総隊長が良いっていうなら俺は気にしない」
「そうか。では」
彩楓が護と瀧の意志を確かめると、すぐさま本部へと連絡を取る。
「皆さんは……」
オーロはローミッド、ペーラ、ルーナの顔をそれぞれ見る。
三人は顔を見合わせると。
「無茶な話ではあるが」
「まあ、この前の洞窟でもオーロのお陰で何とかなったしな」
「こいつらと協力するのは嫌だが、やるしかねぇか」
オーロの気持ちに応える。
「っ! 皆さん、ありがとうございます!」
オーロは皆に向かって感謝する。
「ローミッドさん、こちらも本部と確認が取れました。決行しましょう」
「よし、それじゃ」
ローミッドは少年が剣を再び握るのを確認する。
「国を、民を。守るぞ」
勝つため。
「「「了解!」」」
命賭す。