突如、上空に現れたのは二人の魔族。
「これはこれは人族の皆様方、ご機嫌いかがでしょうか」
ゲーデュはワインレッドのシルクハットを取り、深くお辞儀をする。
「こちらが赴く前に既に全滅していたらと、心配していましたが……。どうやら杞憂だったようですね」
ゲーデュの不気味な目が吊り上がり、三日月形となる。
「……ゲーデュ、喋りすぎだ」
「--っ! これは申し訳ございません。では、シュクル様。どうぞ、ご堪能ください」
ゲーデュの言葉を合図に、赤のフードを纏う魔族はゆっくりと地上へと降り立つ。
静寂。
辺り一帯は張り詰めた空気間が漂い、兵士達は誰一人として動かず、目の前の魔族の動向をじっと観察する。
「何だ……あいつは……」
その様子を少し離れた位置から見ていた彩楓は、そのあまりの異様さに動揺する。
「-左雲―」
「っ! 総隊長っ!」
その時、エレマ隊本部基地にて指揮を執っていた井後から彩楓宛に連絡が入る。
「-左雲、今現れた奴だが……。恐らく一人は外見の特徴からして先日レム王の下に来た奴だ。そしてもう一人のほう、地上に降りた奴が敵軍の大将とみていいだろう-」
「っ! やつが……」
井後の言葉に彩楓は咄嗟にその場から一歩下がる。
「-迂闊に手を出そうとするなと、他の三将にも伝えてくれ。一人でも欠けた時点で終わりと思え。最悪、何かあった場合は…… -」
「…………」
「-俺が出る-」
「……承知、いたしました」
彩楓は険しい表情で井後からの通信を聴き終えると、隙を見て戦場を移動する。
「ハロフさん……あれは……」
「あいつが、一瞬にして私をこんな姿にした張本人だ」
防壁の上から赤のフードを纏う魔族の様子を見ていたオーロとハロフ。
ハロフの言葉に、オーロが目を見開く。
「……ほぅ?」
すると、隣で二人の会話を聴いていたザフィロが不敵な笑みを浮かべると。
「”
「「--っ!!」」
忽然とその場から姿を消す。
「隊長」
「決して一人で前に出るな、ペーラ」
最前線で魔族の様子を窺うローミッドとペーラは、敵に聴こえないよう小さな声で囁き、お互いにコンタクトを取る。
目の前の魔族から放たれる雰囲気から、この場の誰よりも遥かに強いということを二人は本能的に感じていた。
シュクルと呼ばれる魔族が、ゆっくりと一歩ずつ近付く。
刹那。
「貴様が敵の大将か?」
先ほどオーロとハロフの隣から姿を消したザフィロがシュクルの目の前に姿を現し。
「魔技。 ”
すかさず魔技を発動する。
「っ!」
放たれた業火がシュクルを襲う。
完全に仕留めたと思い込んだザフィロ。 しかし。
「ふふっ……。なにっ!?」
業火が消え、視界が晴れた先には傷一つ無いシュクルの姿があった。
「……どうした、こないのか?」
驚くザフィロに対し、シュクルは両腕を広げ、深く落ち着いた声で挑発する。
「……なるほど。咄嗟にレジストでも掛けて防いだわけだな……。ならば、”
目の前の魔族に対しザフィロは平静を装うと、再び姿を消し、少し離れた位置まで移動する。
「これならどうだ?」
そして、白銀に光る水晶を取り出し、地面に向かって叩き割る。
「魔・秘技」
「……ふむ」
ザフィロの身体が白銀に輝くと、シュクルはその姿を見て僅かに反応を見せる。
次の瞬間。
「っ!」
「”
シュクルに向け真っすぐ伸ばした両腕から、轟音と共に白銀に染められた魔弾砲が一直線上に放たれる。
魔弾砲は目にもとまらぬ速さで迫り、シュクルに直撃。
「……っふ。あっけなかったな」
自身が放った魔弾砲が消えたと同時、魔族の姿が無くなったのを確認したザフィロは踵を返し、その場を後にしようとした。
その時だった。
「今のは初めてみたぞ」
「っ!?」
今し方、消し飛ばしたはずの魔族が。
「馬鹿なっ!!」
ザフィロの隣に立っていた。
「”
ザフィロはすぐさまその場から離れると、信じられないといった顔でシュクルを見つめる。
「きさま……あれを防いだのか……っ!」
「ん?」
シュクルはザフィロの問いに対し首を傾げると。
「いや、確かに受けた」
「っ!!」
不気味なほど抑揚のない声で返事をする。
ザフィロの身体が僅かに震える。
「ツェデック部隊長! 戻るんだ!!」
その時、ローミッドが大声でザフィロを呼ぶ。
「黙れっ!!」
しかし、己が誉であった魔術をコケにされ憤るザフィロは聞く耳を持つことはなく。
「もう一度だっ!」
懐から三つ目の水晶を取り出し、再び地面に向かって投げようとした。
だが。
「興味はあったが」
「っ!!」
「もう飽きた」
「ガハァッ…!」
シュクルの膝蹴りがザフィロの鳩尾に深くめり込んだ。
「ザフィロさんっ!!」
ペーラの悲痛な叫びが戦場に響き渡る。
「ハァッ……ァ……ゲホッ!」
勢いよく飛ばされたザフィロは先ほどの蹴りにより内臓を損傷。大量の血を吐きだす。
「まずいっ! 治癒士部隊! 今すぐ救護に!」
「隊長!?」
「俺が時間を稼ぐ!!」
重症を負ったザフィロを助ける為、ローミッドはシュクルの下へと疾走する。
「剣技!」
走り際、ローミッドは己が剣にマナを集中させる。
そして、射程内に入ったタイミングで地面を強く踏み込み。
「っ!」
「”
シュクルの懐目掛け、無数の斬撃を繰り出した。
「どうだっ!!」
一撃一撃に確かな手ごたえを感じたローミッド。
技を終え、改めて敵の様子を見たが。
「なん……だと……」
結果は変わらず、目の前の魔族は傷一つ付いてなどいなかった。
「つまらん」
「なっ!?」
その瞬間、シュクルは剣を抜きローミッドに一太刀を浴びせる。
「ぐぅっ!」
咄嗟にローミッドは剣で受け止めたが、あまりの衝撃に後方へと吹き飛ばされる。
「なんという力……。っ! 剣が……っ!」
崩された態勢を整える為、ローミッドは己が剣で自身の身体を支えようとした時、刃が真っ二つに折れていることに気付く。
あまりの衝撃に手が震え。
呆気にとられたローミッドはシュクルを見る。
勝てない、と。
強靭な心を恐怖が蝕んでいく。
「ローミッドさんっ!」
「隊長!!」
「大丈夫か!」
その時、ザフィロを助けようとティーガリスに乗ったオーロとメルクーリオが到着。遅れてペーラとルーナも駆けてくる。
「隊長、大丈夫ですか」
ペーラが心配そうに声を掛ける。
「あ、あぁ」
ペーラが差し出す手に掴まったローミッドは立ち上がると、再びシュクルのほうを向く。
「さぁ。次はだれがくる」
強大な力を前に、一同はじっとその場に立つしかできず。
両者の間に長い沈黙が続く。
「そうか。こないのか」
誰も来ないことを残念に思ったシュクルが、失意を露わにした。 その時。
「ならば、もう終わりに……。っ!」
「「「っ!」」」
突如として戦場に魔法陣が出現する。
「な、なんだっ!?」
魔法陣から放たれる眩い光に、ローミッド達は思わず目を瞑る。
雷轟と共に、衝撃音が辺り一帯に響き、土煙が舞いあがる。
「……。っ! おいっ、誰かいるぞ!!」
魔法陣の輝きと土煙が同時に収まった時、中から一人の影が。
それは。
「……みんなを、守るんだ」
白髪で藍色の眼をした少年だった。