三人称視点
――魔族侵攻当日。
時刻は早朝五時。
まだ陽は地平線から出てはいないものの、真っ暗だった空は徐々に白んでいく。
天候は雲一つない晴天。夜明けと共に少しずつ青みがかる空には二つの影が。
「……身体の方は寒くないか?」
「えぇ、大丈夫。ありがとう」
ディニオ村跡地から王都へと十二時間。
これまで一度たりとも休まず向かっていたオーロとティーガリスは、王都まで残り数十キロの辺りまで来ていた。
「あと少し……」
耳元でざわめく風の音。
次第に見えてくるは王都と、その奥に
「ティーガリス」
ここから一気に加速する為、オーロは召喚獣に声を掛けようとした。
その時。
「っ!!」
突如、ティーガリスは急旋回し、近くの森へと降下する。
「どうしたの!?」
すぐにオーロはティーガリスに尋ねる。
すると。
「……あそこを見よ」
「あそこ……? ……っ!!」
ティーガリスの身体の向きが示した方向。 そこには。
「なんて……数……!」
王都の近くに位置する、半径十キロはある草原全てを埋め尽くさんとする、
それら群衆は全て王都へと。
うねりを伴いながらゆっくりと進む。
その光景にオーロは背筋を凍らせる。
「……急ぎましょう」
「分かっておる」
ティーガリスは再び高度を上げ、敵に見つからないよう迂回を試みながら王都へと向かう。
-レグノ王国 王都-
王都周辺を囲い、これまでずっと民を守ってきた、地から天へと真っすぐ伸びる高さ十五メートルの防壁。
その正面入り口側には魔物の軍勢を待つ王国軍の各部隊兵達が。
王国。否、それ以上に人族としての存亡が懸かった戦い。
侵攻を待つ兵士達の顔は緊張と不安の色で染まっていた。
そして、その兵士達を率い陣形の先頭に立つは。
「……静かだ」
「えぇ……。そうですね」
レグノ王国軍剣士部隊部隊長、ローミッド・アハヴァン・ゲシュテインと。
レグノ王国軍剣士部隊副部隊長、ショスタ・ペーラに。
「さぁ……早く来い。私の実験の被験者となりし者どもよ……」
「…………」
レグノ王国軍魔法士部隊部隊長、ツェデック・ザフィロと。
レグノ王国軍盾士部隊部隊長、ケセフ・ルーナが。
「……ザフィロさん、貴方昨日、あの少年を逃がしたというのは本当ですか?」
狂気的な笑みを浮かべるザフィロに対し、昨晩の事件についてペーラが訊く。
「……うるさいのぅ。あやつ、生意気にも私の魔法を跳ね返しよって。部下に追わせては見たが、結局は捕えきれず。だが今日この日の為の
「--っ! 私達が死ぬ思いまでして捕えた者を……っ!」
ザフィロの心無い言葉に、ペーラは苛立ち詰め寄ろうとする。 だが。
「よせ、ペーラ。今はそれどころではない、それに……」
すぐさまローミッドが二人の間に立ち、仲裁に入ると。
「ケセフ部隊長、先程から当たり散らすように殺気を放つな。周りの兵士達まで怯えてしまう」
続けて今度はルーナを諫めようとする。
「……うるせぇよ」
先ほどから阿修羅のような形相で腕を組み、仁王立ちするルーナ。
「なんでこいつらと同じ隊列を組まなきゃいけねぇんだよ」
明らかに怒気を孕んだ声を発しながら睨んだ先には。
「こっちのセリフだ、このクソちびが」
エレマ隊四将のうち盾士タイプが一人、岩上護と。
「おい、よせっ。戦いの前だぞ。これ以上井後総隊長を困らせるな」
エレマ隊四将のうち魔術士タイプが一人、左雲彩楓に。
「俺はまたペーラちゃんに会えて嬉しいけどな~」
エレマ隊四将のうち剣士タイプが一人、天下烈志と。
「……くだらん」
エレマ隊四将のうち治癒士タイプが一人、右京瀧の姿があった。
レグノ王国と日本国が再び共同戦線を張る事が決定された昨日の今日、互いの雰囲気は最悪なものだった。
「ザフィロさん。こうして顔を合わせるのは初めてですね。私、左雲彩楓と申します。同じ魔法使いとして、今日は宜しくお願いします」
そんな中、彩楓がザフィロに近付き握手をしようと右手を差し出すが。
「”同じ”……?」
ザフィロは彩楓の言葉に眉を僅かに動かすと。
「ふざけるでないぞ、この
彩楓に向かって暴言を吐き捨てる。
「っな! 似非……だ……と」
唐突に罵詈ばりを浴びせられた彩楓は思わず顔を引き攣らせる。
「おいっ! やめないかっ!」
偶々その様子を見たローミッドが二人の下へと駆け寄る。
不機嫌な態度を取るするザフィロを横目に、ローミッドは彩楓に声を掛ける。
「……申し訳ない。前のことがあるとはいえ、お互い非常事態の中。仲良くとまではいわないが、せめて戦場で迷惑を掛けないで欲しいものだ……」
「い、いえ…。わざわざお気遣い、感謝いたします……。では、私もそろそろ定位置に……ん? 天下のやつはどこに「ペーラちゃーんっ!」 っ!!」
ギスギスした雰囲気に
「ペーラちゃーんっ! 久しぶりー!!」
手を振りながら戦場の中を笑顔で駆ける烈志を見つける。
「--っ!? 貴様っ! 近寄るなっ!!」
烈志に呼ばれたペーラは咄嗟に居合の構えを取る。
「おいおいおいおいっ! そんな怖い顔しないでって! 俺、あれから結構頑張って鍛えてきたんだぜ? 今日の活躍、見逃さないでよー?」
「……遊びじゃないんだぞ」
あっけらかんと笑い、明らかに場違いな態度を取り続ける烈志を目の前に、ペーラの表情はますます殺気立ったものとなる。
「おいっ天下! 何をやってる!!」
そこにようやく彩楓が辿り着くと、烈志に向かって強く叱責する。
「ん? 左雲ちゃんじゃん。今ペーラちゃんと話している所だから邪魔しないで……。っ!」
近づいてきた彩楓に話し掛けようとした烈志だったが、その後ろから遅れてやってくるローミッドに気付くと途端に笑顔を止め、真剣な表情となる。
「……あんただけには負けねぇ」
「……なるほど。出会い頭にいきなり宣戦布告とは。それよりも、お互いこの戦地で生き延びましょう」
敵意をむき出しにする烈志に対し、少しの間だけローミッドは大人の余裕を見せると、すぐに表情を引き締め直し、戦場となる草原を見る。
レグノ王国軍各部隊長とエレマ隊四将。
両者の間にますます軋轢が広がろうとした。
その時だった。
「「「っ!!」」」
突然王城から警笛音が鳴り響く。
「っ! 来たかっ!?」
すかさずローミッドが戦場のかなた地平線のほうを凝視すると。
「なんて……数だっ!」
そこからは
「う……うそ、だろ……」
その光景は、見たものが一瞬にして恐怖の底に落とされるほどの異様さ。
押し寄せる軍勢は、まさに死を告げる波。
周りで待機していた他の兵士達はその様子を見て愕然とし、あっという間に戦意を喪失していく。
「まずいっ、皆の士気がっ……!」
兵士達が生み出す雰囲気が恐怖の色で染まり広がっていこうとした。
その時。
「”
「っ!!」
王都の方から美しい歌声が、マナの光を乗せて戦場へと広がる。
「こ、これは……」
そのマナの光は兵士達を優しく包み込むと、安らぎを与え、さっきまで恐怖で覆われていた心を少しずつ晴らしていく。
更に。
「”
翼を広げた一角獣が戦場を舞い、兵士達へ白き羽毛をまき散らす。
羽毛を受け取った兵士達は、みるみる力が湧き出す。
「まさか、これは……!」
ローミッド達が振り返った先、王都の防壁の上には。
「国の……存亡がかかった……闘いで……」
「我々だけ病室で寝ているわけにはいかないからな」
レグノ王国軍治癒士部隊部隊長、カスピーツ・メルクーリオと。
レグノ王国軍召喚士部隊元部隊長、ハロフの姿があった。
メルクーリオの首には包帯が。
ハロフに至っては車椅子に乗っての戦地入り。
「御二方とも、病室で治療を受けていたはずでは……!」
「まさか、あの御容態であってもこの窮地に駆け付けてくれたというのか……!」
両者、誰が見ても痛々しい姿。
だがそれは、時として勇姿となって映るもの。
感化された兵士達は己を奮い立たせようとする。
そして。
「皆の者っ!!」
王城からは誰しもが聞き慣れた声。
振り返ると、そこには戦場を見守るレム王と王妃、そしてユスティの三人が。
皆が王の言葉を待つ。
「とうとうこの日が来た! 敵の数は甚大かつ脅威!」
老体とは思えないほどの覇気が籠った声。
「だが、ここは我らが生まれ育った土地!」
一言一言が、風に乗り。
「何も恐れることはない!!」
雲一つない空の上へと響いていく。
「ペーラ、構えろ!」
「--っ! はい!!」
ローミッドの合図に、ペーラは居合の構えを取る。
「どうか! 皆が愛する国を、民を守る為にっ!」
それは、冥国の牢でも放った技と同じ構え。
「共にこの時をっ!!」
二人の詠唱が終わる。
「闘ってはくれないだろうか!!」
――――静寂。
「お……おおお。オオオオオオオオッ!」
「「「オオオオオオオオオオオオ!!」」」
兵士達が今日一番の雄叫びを上げ、王の声に応える。
「かかれぇ!!」
「「”
今、人族の存亡を賭けた闘いが始まる。