井後視点
「はぁ……はぁ……!」
エンジニアからの報告を受け、俺は急いで本部制御室へと向かった。
「キャッ!?」
「--っ! 失礼!」
夢中で基地内の通路を走った。
途中角を曲がった際、向こう側から歩いてきた女性スタッフと危うくぶつかりそうになったが、俺は軽く謝るだけで済ませ、また走り続けた。
何故、今になって。
「井後総隊長っ! お待ちを!!」
背後からは荒川が俺を呼び止めようとする。
ずっと、待ち続けていた。
何度も連絡を図った。
「はぁ……はぁ……」
気付けば俺は、本部制御室の前まで辿り着いていた。
「すぅー……はぁ」
一度深呼吸をし、息を整える。
それでも心臓の鼓動は早く、身体中は緊張で強張っていた。
「エンジニアスタッフ!! 今すぐ俺に繋いでくれ!」
「--っ! 総隊長!」
俺は制御室のドアを勢いよく開け、大声でスタッフに指示を出した。
「承知いたしました!」
スタッフはすぐに作業に掛かり、制御室の大パネルを作動させる。
「はぁ……はぁ……総……隊長…………」
少し遅れて荒川も制御室に着くと、俺の傍に寄り共に大パネルを見つめる。
そして――――。
「-…………久しぶりじゃな、井後殿-」
「……お久しぶりです、レム王」
レム王の姿が映し出された。
「随分と、窶やつれましたね」
「-あぁ……そうじゃの-」
画面に映し出されたレム王の表情は憔悴しているように見えた。
「「…………」」
お互いの間に沈黙が流れる。
「レム王、失礼ながら。何故、今頃になって急に連絡を」
そんな俺達を見かねてか、荒川がレム王に向かって用件を尋ねた。
「-そうじゃの……。まずは、そなた等に伝えたい事がある-」
レム王がそう言うと同時、画面の右側からユスティさんが現れた。
「-御二方。まずは先日、魔族の間者がレム王との接触を図りました。そして、二日後にはレグノ王国王都へ侵攻すると、伝えられました-」
彼もレム王と同じく顔が窶れ、酷く疲弊している様子だった。
「だから何だというのです。あなた方は我々を勝手に裏切り者扱いし、一方的に国交を断絶した。そして、再び侵攻があるからと、こうして連絡をしてくるのはあまりに都合が良すぎるのでは」
「-っ!! なんだと!-」
「よせっ! 荒川!「-よすのだ! ユスティ!-」」
「「--っ!!」」
二人が言い争いになりそうな所を、俺とレム王が同時に制止する。
「……続けてください」
俺はレム王とユスティさんの顔を交互に見る。
「-……はい。本題はここからです。魔族の間者が我々に再侵攻を伝えた後、去り際にこう言っていました-」
「…………」
「-アレット側の人族を滅ぼした後、地球側の人族も滅ぼす、と-」
「なにっ!?」
「なんですってっ!!」
予想だにしなかったことに、俺と荒川は驚いた。
「-……ということは、本当にこの件については知らなかったわけですね-」
俺達の反応を見るや、ユスティさんは何かを確認するような仕草を見せる。
「……どういうことだ」
俺は今し方伝えらえた内容に酷く混乱した。
魔族がこちらの世界へ攻めてくるだと……?
そんなこと、どうやって……。いや、それよりも……。
「-ここからはわしが-」
その時、レム王がユスティさんの前に移動し、俺の顔を見た。
「-井後殿。今日、我々がこうして連絡したきたことを。身勝手な行為だと思われているかもしれぬが……-」
画面に映るレム王は、どこか後悔しているような、そんな表情をしていた。
「-一つだけ、聞かせてほしい-」
「……なんでしょうか」
「-……そなたらは……本当に、我々を裏切ったのか?-」
「--っ!!」
そんなわけ、あるものか。
「井後総隊長、ここは私が」
「--っ! 荒川……」
レム王の問いに対し俺が口を開こうとした時、荒川が俺の前に立った。
「失礼いたします、レム王。その件につきましては答える前に、こちらも一つ、尋ねたいことがございます」
荒川が毅然とした態度で話し始める。
「先の戦いにて発生した、エレマ隊を装った敵について。そもそも、エレマ体については、こちらの世界とそちらの世界、両世界のエンジニア達の共同開発によって生まれた物になります。故に、各戦地にて発生した偽物については、そちら側の人間に敵の間者がいたと考えるにまず至らなかったのでしょうか」
「-そ、それについては「-レム王、ここは私が-」っ!-」
レム王が答えに困った所に、すぐユスティさんがフォローに入る。
「-それについては我々側としても同様の見解を申し出ることができます。エレマ体の開発については”電子”が確実に必要とされます。我々はこれまで、そちら側から一切の電子供給を受けておりません。しかし、そちらは常に”マナ”の供給を受けていた。つまり、あれだけの数の偽物用のエレマ体を製造する事が可能なのは地球側だけ-」
ユスティさんも荒川と同様に、淡々と、理路整然と話す。
「-故に、各戦地にて発生した、エレマ隊員を装ったエセクについては、そちら側の人間に敵の間者がいたと考えるに至らないでしょうか-」
「…………」
ユスティさんの指摘に対し、荒川は黙り、ただ画面に映るユスティさんとレム王を睨んでいた。
「……荒川、ありがとう」
「--っ! 総隊長……」
俺は荒川に礼を言うと、再び前に出た。
「ユスティさん、貴方の見解は十分に考えうるものだ。しかし、こうして犯人捜しをする事が本意ではないのだろう?」
俺の問いに対し、ユスティさんの眉が僅かに動いた。
「この状況。何を以って、信用と成すか」
「-……仰る通りです-」
お互いの話はどちらも可能性があるもの。
しかし決め手が無い以上、どちらが裏切り者かなどは分からず、ただのイタチごっことなってしまう。
もし、もし魔族が地球に攻めてくる事が本当の話だったら……。
「荒川、魔族が攻めてくることについては政府には一切報告するな」
「っ!? それはどういう……」
「理由は後でだ。レグノ王国とは国交が回復したという事だけを伝えてくれ」
「……承知いたしました」
俺は荒川に指示を出し、再びレム王とユスティさんの顔を見る。
「レム王、先の問いにつきまして、我々は決してレグノ王国を裏切っておりません」
向こうは既に背水の陣。嘘をついているとは考えにくい。
そして、魔族という危険を及ぼす存在を地球に侵入させるなど、決してあってはならない。
「しかし、それを信じて貰えるものはどこにもない」
俺には最愛の妻を探すという目的もある。
「しかし、このままではお互いに疑い続けるだけの膠着状態が続くだけ」
それに。
「では、何を以って信用と成すか」
”君の兄を、必ず探し出そう”。
「私自ら、
あの子との約束を、破るわけにはいかないから。