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18.その裏で


 時は遡り。

 ゲーデュがレム王の元を訪ねてから一夜明けた朝。



 王城内応接間にて、ユスティとレム王はガラス細工のテーブルを挟み、お互い向かい合って一人用のソファに座っていた。


 昨晩のゲーデュによる侵入もあり、応接間の外では複数の兵士達が警護を担うなどして、厳戒態勢を敷いていた。


 応接間の中では、先ほどから二人の間で長い沈黙が続き、空気は張り詰める。


「……レム王」


 先に切り出したのはユスティ。


「失礼ながら……先ほどの御言葉、本心でしょうか」


「…………うむ」


 ユスティの問いに対し、レム王は少し間を空け、ゆっくりと頷く。


「ですがレム王、奴らは我が国を「ユスティ」……っ」


 レム王は宥めるような声で、静かにユスティを制止する。


「……分かっておる。あの国はこのレグノ王国を裏切った。しかし……」


 項垂れるレム王の頭にぎるは井後の顔。


「果たして本当に……彼らは裏切り者だったのだろうか……」


「っ! レム王、御乱心をっ!!」


 昨晩からずっと、胸中に抱えていた本音を口にしたレム王。


 しかし、そんなレム王の言葉にユスティは声を荒げ、反抗の意を示す。


「あの過ちをっ! また繰り返すのですか!!」


 珍しくも、己が仕える主君に対し顔を真っ赤にし、激怒する。


「もう本当にこれ以上は後がないのですよ!? このままでは魔族に滅ぼされようとしている状況で何を「そんなことは分かっておる!!」 っ!?」


 その時、捲し立てるユスティに対しレム王が怒鳴り返した。


「そんなこと、百も承知じゃ! だが、我々は滅ぼされる、確実にっ! 受け入れろユスティ! 奴らは強い! 我々は弱いと!!」


 レム王は怒鳴り散らすと、肩で息をしながらユスティを睨む。


 物凄い剣幕で迫るレム王にユスティは思わず面食らい、口が半開きになる。


「貴様も見ただろうっ、あのゲーデュとやらの表情をっ! 我々をコケにし、いつでも殺せると言わんとせん、あの薄汚い嘲笑をっ!! そんな奴らを相手に誰の手も借りず、今の我が国の戦力だけで抗ってみせようと思うほど、わしも馬鹿ではないっ!」


 レム王はそう言い切ると、一度その場で深呼吸をし、ソファにもたれ掛かり天井を見上げ、目を閉じる。


「ユスティ、わしはな……。今でもずっと思い出すのだ。あの時の井後殿の顔を……。あの表情は、本当に裏切った者がするものなのだろうかと……」


「レム王……」


 ここまで憤怒するレム王を初めてみたユスティ。


 ついさっきまで己が抱えていたレム王に対する怒りは、いつの間にか静まり返っていた。


「先ほども言ったが……。わしはもう一度、井後殿に直接尋ねたい。そして、叶うのならば……手を貸してほしい、と」


 レム王は懇願する表情を浮かべ、ユスティの顔をじっと見つめる。


「何もしなくても死ぬ。なら、何かをしてでも……。ユスティ、わしは……。民を、愛する家族を……これ以上死なせたくないんじゃ……」


「…………王」


「……頼めるか…………?」



* * *



-エレマ隊本部 総隊長室―



 以前は多くの人が出入りしていた部屋。


 物音一つせず、電気は消え、沢山の書類と道具が床に散乱し、以前のような小綺麗に整頓された部屋の面影はどこにもなく。


 その中で、唯一綺麗にされた机の上に両肘を置き、項垂れる一人の男が。


「総隊長」


 真っ暗な部屋に、扉をノックする音が虚しく響く。


 そして、呼び声と共に、扉はゆっくりと開かれる。


「…………荒川」


 男は顔を上げ、部屋に入ってくる一人の女を見るや、深いため息をつく。


「井後総隊長、御加減の方は……」


「……良いわけないだろう」


 以前のような威厳を纏まとった声とは程遠く、井後から放たれた声は覇気の欠片すら感じられないほど弱々しいものだった。


「……今日も政府から連絡があった。”早く国交を回復させろ”、と」


「そんな無茶な……」


「あぁ……」


 先の戦での撤退後、日本国はレグノ王国から一方的に国交を断絶され、同時にマナの供給は完全にストップした。


 現地の民間人から暴行を受けたエレマ隊員の多くは隊を辞めるといった事態にまで発展。


 安全と言われていたエレマ隊に不信感を抱いた者は政府に対し抗議デモを行うが、政府はこれをメディアを斡旋することで世論を統制し揉み消した。


 今回のレグノ王国との国交断絶は一切公表せず、止まってしまった”エネルギー再生計画 ―エレマ-”については、今後更なる安定供給の為の一時メンテナンスと表し、世間の目を攪乱。その裏では井後に対し、速やかにレグノ王国との国交を回復させ、マナの供給を再開させろと毎日のように催促し続けていた。


「無理に決まっているだろ……何度やっても連絡は繋がらない。基地内の統制も取れない……これ以上どうしろと」


「総隊長……」


 荒川は井後の顔を心配そうに覗く。


 妻を失った後、一度はどん底から這い上がり復帰した井後。


 しかし、今の姿はその時以来。顔は酷くやつれ、目は虚ろとなっていた。


「俺が……何をしたというのだ」


 井後は思わず天井を仰ぐ。


 レグノ王国から国交を断絶されて以降、ほぼ一睡も出来ていない井後の精神は限界の寸前を迎えていた。


「総隊長、今日はもう……」


 見かねた荒川が、井後に対し休養を勧めようとした、その時。


「井後総隊長っ!!」


 制御エンジニアの一人が慌てて総隊長室に駆け込んでくる。


 突然のことに驚いた井後と荒川は同時にエンジニアの方を向く。


「……どうかしたのか」


 井後がエンジニアに向かって用件を尋ねる。


「はぁ……はぁ…………井後総隊長……連絡が……」


「また政府か……もういい加減にしてくれと「いえ……」 ……?」


 井後はエンジニアの返答に怪訝な顔をする。


「はぁ……はぁ……。すぅーはぁ……」


 そして、エンジニアは呼吸を整え。


「たった今…………レグノ王国から連絡が入りました」


「「--っ!?」」


 事態の急転を伝えた。



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