オーロ達が洞窟から脱出する二日前。
王国城内にて。
オーロ達がディニオ村跡地を目指し、王都を出発してから四日。
この日も己が職務を全うしたユスティは夜、レム王の寝室へと向かっていた。
「どうか、この国を救う”何か”が見つかってくれればいいのですが……」
旅立った四人の安否を心配しつつ、国の命運と一縷の望みを託すユスティ。
「レム王、失礼いたいます」
寝室の前に着いたユスティは、いつも通り目の前の扉を二度叩き、声を掛ける。 しかし。
「……? レム王?」
暫くしても部屋の中から返答は来ず。
「レム王、中に入っても宜しいでしょうか」
再び、二度扉を叩き合図を送る。
だが、レム王からの返事は無い。
「…………眠っておられるのでしょうか」
一向に反応が無いことから、レム王が熟睡でもして気付いてないのかと思ったユスティ。
時間を改めて訪問しようと扉の前から離れ、来た道を戻ろうとした。
その時だった。
「何奴じゃ!?」
「--っ!!」
突如、部屋の中からレム王の叫び声が。
「レム王っ!!」
ただ事ではないとすぐに察したユスティは扉を蹴破り、部屋の中へと入る。
「っな!!」
そして、入った先で見たものは。
「…………どうも、初めまして」
寝台の傍で剣を構えたレム王と、地面に杖をつき、窓際で怪しげに立つ一人の男の姿だった。
* * *
「ぜぇ……はぁ……」
突然起こった洞窟の崩落から逃れようと懸命に走り続けたオーロ達は、その後無事に外へと脱出していた。
「危なかった……」
女のほうの密偵を抱えていたペーラは、ゆっくり地面に降ろし、肩で息をする。
「皆、無事か?」
もう一人の密偵を掛けていたローミッドも同じく地面に降ろすと、すぐに全員の安否を確認する。
「はい……なんとか」
「こっちも無事だ」
オーロとルーナが即座に返事をする。
「よかった。しかし……」
無事を確認したローミッドは、今度は眉を顰ひそめながら崩落した洞窟の入り口を振り返る。
洞窟は巨大な揺れと共に天井から崩れ、これまで数々の人間を地獄へと誘っていた入口は、無惨にも大量の岩石と土砂によって完全に封鎖されていた。
「隊長。ここでの用は済みましたので、急いで王都へ連絡を」
思案顔を浮かべながら洞窟の様子を窺っていたローミッドに、ペーラが横から声を掛ける。
「--っ! ああ、そうだな」
ローミッドはハッとし、急いで通信用の魔道具を取り出すと、王都へ連絡を試みる為その場から少し離れた。
「い……未だに生きていることが信じられない……」
「えぇ……。もう二度とあんな所、無闇に入ろうとはしないわ……」
四人に救助された密偵の顔は窶れ、掠れた声でそれぞれ言葉を交わす。
「……なぁ、ペーラ。次、お前がこいつ以ってくれねぇか?」
「はい? 何故です?」
そんな二人のやり取りを見ていたペーラに、脈絡もなくルーナが不快な顔をしながら話し掛ける。
「なんか、こいつ持ってると身体中がムズムズするというか……どうも落ち着かねぇんだよ」
「…………?」
ルーナの話にペーラは怪訝な顔をし首を傾げるが、目の前にいたルーナは全身の毛を逆立て、所々では鳥肌も見えていた。
少年の様子を見ても先程から変わらず、静かに眠ったまま。
「よく分かりませんが、そこまで嫌なら「なんだとっ!?」 っ!?」
その時、遠くにいたローミッドが大声を上げる。
聞きつけたオーロ達は急いでローミッドの元へと向かう。
「隊長!? 何かあったのですか!?」
真っ先にペーラが声を掛ける。
振り返ったローミッドは酷く険しい表情を浮かべ。
「全員、急いで王都へ戻るぞ……」
皆に。
「再び、魔族が……侵攻を開始した……」
絶望を告げた。
* * *
「……貴様、何者じゃ」
突如として自室に現れた謎の男。
レム王は目の前の男に剣先を向ける。
「レム王っ!」
そこに、今し方部屋に入ってきたユスティが傍に駆け寄る。
目の前の男は微動だにせず、じっとその場に立ち続けていた。
ワインレッドのシルクハットに全身黒基調のスーツを着た男。
異常に白い肌。
コケた頬。
縦長に切れる両眼。
「どうも……初めまして」
不気味に光る赤い瞳が、レム王とユスティをじっと見つめる。
「貴様……。魔族か」
すかさずユスティはレム王の前に立ち、男に正体を訊く。
「えぇ、私は……否、正確には……。いえ、今更こんな事を申し上げましても意味はないでしょう」
高くねっとりとした声が部屋中に響き渡る。
「わたくし、魔族側の間者として遣わされました、ゲーデュと申します」
魔族の男は自身の名を名乗ると、胸に手を充て、深く、丁寧にお辞儀をする。
「人族様へ伝令がございまして……。お伝えに参りました」
「伝令……じゃと?」
レム王が声を荒げると、ゲーデュは不気味な笑みを浮かべる。
「えぇ……。この度、我々魔族は……。再び人族様の地へと侵攻を開始いたしました」
「「--っ!!」」
ゲーデュから放たれた言葉は最悪の知らせ。
レム王とユスティは驚愕し、顔色が青ざめる。
「……何故、わざわざそれを知らせに来た……」
ユスティが恐る恐るゲーデュに訊き返す。
「何故……? フフッ」
ゲーデュは笑う。
「何がおかしい」
レム王の声が引き攣る。
「ただの余興ですよ……」
「……余興、だと?」
ユスティも怒気を含んだ声を飛ばす。
「えぇ。ようやく我らの将軍が
先ほどから笑みを浮かべていたゲーデュの口角が更に上がる。
「貴様、舐めているのか」
ユスティが憤怒の形相でゲーデュを睨みつける。
「当然です。客観的に見ても、あなた方の不利な状況は歴然。人族を滅ぼすなど、造作もありません。しかし……」
ゲーデュは笑みを止め、神妙な面持ちになる。
「それでは何も面白くはない、と。ですので我々は、人族様に対しいつ攻め入りますと、こうして先に伝え、そして
「貴様……狂ってるっ!」
我慢ならなかったレム王はとうとう手にしていた剣を振り被りゲーデュに迫ろうとする。
「レム王っ!! なりませぬ!」
しかし、それをユスティがレム王の胴体を抱え、必死に押さえ込む。
「ユスティっ!! 離すのだっ! 何故邪魔をするっ!!」
「レム王っ! 今は堪えてください!」
そんな様子を見ていたゲーデュは嘲笑する。
「フフッ……。やはり人族様はこうでなければ」
「……っく!」
レム王の表情は憎悪に満ちていた。
「……いつ。攻めてくるのだ……」
ユスティはレム王を抑えながら、ゲーデュに問う。
「三日後」
「「っ!!」」
ゲーデュは静かに答える。
「それまでには、精々我らの将軍が楽しめるよう、戦力を整えておいてくださいね」
そうしてゲーデュは被っていたシルクハットを取ると、そのまま胸に充て、再び深くお辞儀をする。
「では、これにて」
そして、後ろへと振り向き、侵入口として使った窓に身を乗り出した。
その時。
「あぁ、そうでした」
突如、ゲーデュが窓縁の上で立ち止まる。
「一つ、言い忘れていたことが」
「……なんだ」
レム王とユスティの方を振り返るゲーデュ。 そして。
「いえ、
ゲーデュが放った言葉は。
「
「「――っ!?」」
二人にとって決して予期せぬものだった。
「それもお伝えくださいね」
滅びを刻む秒針が、動き始めた。