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15.崩落

三人称視点



「こ……こいつらっ!」


 洞窟の奥から戻ってきたローミッドが担いできたのは、行方不明となっていた二人の密偵だった。


「う……うぅ……」


 二人とも衰弱はしていたものの、大きな外傷はなく命辛々生き残っていた。


「い、生きていたのですか!?」


 ペーラも二人を見ては驚きの声を上げ、慌てて駆け寄る。


「あぁ。ついさっき、奥の方を調べていたら大きな岩の影に隠れていた二人を発見してね。シェーメ部隊長、すまない。二人を治療してやっては貰えないか?」


「は、はいっ」


 オーロは急いでリヴァイアに二人を治療するよう指示を出す。


「しかし……よく見つけられましたね……。魔物達とは遭遇しなかったのですか……?」


 ペーラは心配の表情を浮かべながらローミッドに尋ねる。


「それがな……。シェーメ部隊長から光が放たれた後、周囲を見渡したら何故か一切魔物達が湧かなくなってな。もしやと思い、慎重に進んではいたが遭遇することは無かったよ」


「そう、ですか……」


 ローミッドの話を聞いたペーラは一安心し、フッと息を吐く。


「つーことはよ、密偵が生きてたってことは、こいつは誰も殺してなかったってことになるのか?」


 すると今度はルーナが、掴んでいた少年をグッと上に持ち上げながらローミッドに訊く。


「その辺りの詳細については……。おっ、そろそろ喋れそうかな?」


 ローミッドは口を開いたと同時、オーロの方を見る。


 オーロのほうでは二人の治療が完了する寸前まで来ていた。 そして。


「ん、んん……? ここは……」


 男女二人の密偵。

 先に目を覚ましたのは男の方だった。


 オーロは優しく背中を擦りながら声を掛ける。


「大丈夫ですか?」


「……っは! あ、貴方は!?」


 男はオーロに声を掛けられた途端、慌てて辺りを見渡す。


「落ち着いてください。ここはまだ洞窟の中ですが、貴方達を助けに来ました」


「え、あ……あなたたちは……王国のっ!」


 男はオーロ達が何者であるかに気が付くと目を丸くし口を大きく開ける。


「助けに行くのが遅くなって申し訳なかった。命があって本当に良かった」


 ローミッドは男に近付くと、男の肩に手を置き、目をじっと見つめる。


「そ、そんなっ! とんでもありません! 我々の方こそ、こんな危険な所まで助けに来て頂き……。っ! あ、あいつはっ!?」


 ローミッドの謝罪に男は畏まり、謝り返そうとしたが、ルーナに掴まっていた少年に気が付くと大声を上げて指差した。


「あぁ、そうだ。彼について尋ねたいことがある。……話せるか?」


 男の反応を見たローミッドは、一度少年の方を見てから、再び視線を男のほうへと戻す。


「は、はい……」


 男はゴクリと唾を飲むと、小さく頷いた。


「ありがとう。じゃあ早速だが……君たちはここに入ってから何があった」


 ローミッドは男が話しやすくなるよう、優しく、ゆっくりと語り掛ける。


「はい……。まず、俺達はこの洞窟の傍にあった崖から落ちてしまい、その際に通信用の魔道具を壊してしまいました」


 男は少しずつ、喋り始める。


「それで?」


「その後、マナ探知用の魔道具がこの洞窟の中を示していた為、意を決して潜入を試みたのですが……。中は影で出来た化け物の巣窟で……。奴らに追われながら洞窟の中をひたすら逃げ回っていました……」


 男はその時の光景を思い出し、青ざめた表情を浮かべる。


「そして、とうとう化け物達に囲まれ、追い詰められた時でした。どこからかあの少年がやってきて……そして……。次々と化け物達を倒し始めて……。俺達はその間に岩陰に隠れ……ずっと身を潜めていました……」


「……そうか」


 一通り密偵の話を聞いたローミッドは、スッとその場から立ち上がると、次に少年の元へと向かった。


「つまり、この少年からは何も被害は受けなかったという事でいいのかな?」


「は、はい。少年が持っていた短剣は、隠れる際に誤って俺が落としたものですので、強奪されたわけではないです……」


「分かった。ありがとう」


 そして、ローミッドは男に礼を言うと、オーロ、ルーナ、ペーラの三人の顔をそれぞれ見る。


「さて、今この話を聞いた上で、この少年についての処遇をどうするか、だが……。俺は王都へ連れて帰ろうと思う」


「「「っ!」」」


 ローミッドの意見は三人にとって意外なものだった。


「おいおい、本気か!?」


 すかさずルーナが訊き返す。


「あぁ、そうだ」


 ローミッドは表情一つ崩さず、己が意を肯定する。


「隊長、理由を聞いても?」


「うむ。まず、我々が少年と闘った際、少年の意識は既に無かった。そして、密偵の話を聞いた限り、人だけを狙って殺すといった、明確な敵意はなかった事が分かる」


 次にローミッドはオーロと二体の召喚獣を交互に見る。


「次に、シェーメ部隊長の眼と召喚獣の話を聞く限り、曰くつきとはいえ、この少年には何かしらの力が宿っている可能性があることから、ここで殺すより一度捕虜として連行し、王都で調べた後何かしら王国軍の利益となってもらう方が未来的にも好ましい」


「仮に目が覚めた後、また襲ってきたら?」


「その時は、私が責任を以ってこの少年の息の根を止める」


 ローミッドは一瞬、鬼のような形相を見せ、腰に下げた長剣に触れるが、すぐに表情を戻し、ルーナの方を見る。


「ケセフ部隊長、先の敗戦の中、シェーメ部隊長の活躍については耳にしているはず。彼女がいなければ、恐らくは今頃、エルフ国も敵の手に堕ちていただろう。彼女の眼は本物だ。故にどうだろう、ここは一先ず少年を捕虜として連れ帰ってもよいだろうか」


「…………っち。分かったよ」


 ルーナは小さく舌打ちをすると、諦めたように掴んでいた少年を地面に降ろす。


「だが、手足だけは頑丈に縛った上で連れて帰るぞ」


「あぁ、構わない」


 ローミッドは頷くと、オーロの方へと歩み寄る。


 その姿を見たルーナは持っていたロープで厳重に少年の手足を縛っていく。


「ローミッドさん、ありがとうございます」


「気になさらず。私もあの少年については気になっていましたので、それに」


「それに?」


 ローミッドは少年を一瞥する。


「やはり子どもを手にかけるのは、些か心苦しいですからね」


「そう……ですね」


 オーロもローミッドの話を聞きながら、少年の方を見て、この場で殺されなかったことに安心する。


「隊長、もう一人の密偵の容態も安定しました。すぐにここから撤退しましょう」


「了解。よし、では皆「ちょっと待て」」


 その時、ローミッドの話をルーナが遮る。


「おい、何か聞こえないか?」


「何か?」


 ルーナの言葉に全員が静かになる。 そして。


「--っ! まさか」


 何かに気が付いたルーナが咄嗟に伏せ、地面に耳を当てる。


「…………っ! まずい!」


 次の瞬間。


「--っ!?」


 洞窟の奥から途轍もない地鳴りが聞こえ始めたと同時、洞窟全体が小刻みに揺れ出す。


「おいっ! お前ら! 今すぐここから脱出するぞ! 洞窟が崩れ始めている!」


「何だって!?」


 揺れは次第に地鳴りと共に大きくなり、天井が少しずつ崩れ始める。


「まさか……っ! さっきの技の影響でか!?」


「隊長! 早く転移用魔道具を!」


「いや、それだと転移魔法を発動するまでに時間が掛かるっ! それよりは今すぐ全員入口に向かって走れ!!」


「「「了解っ!!」」」


 ルーナは少年を担ぎ、ローミッドとペーラはそれぞれ密偵を担ぐと入口の方へ向かって走り出す。


 オーロもフェニクスとリヴァイアを従え、皆に続いて洞窟を脱出しようと駆け出した、その時。


「--っ! 転移用魔道具がっ!!」


 崖を下る前にローミッドから預かっていたプリズムを落とす。


「オーロっ! それはもう良いから早くここから脱出しろ! 急げ!」


 落としたプリズムを拾いに行こうとしたオーロをルーナが呼び止める。


「は、はいっ!」


 オーロはプリズムを諦め、洞窟の入り口に向かって再び走り出した。



 かつて王国領最恐のダンジョンと謳われた、冥国の牢。


 入った者を恐怖の底へと叩き落し続けたその洞窟は、かつての屍たちを巻き沿いにし、巨大な音を立てながら崩落していった。



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