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14.選択


 暖かい。



 どこか懐かしい、この感覚。



 窓辺に差し込む陽の光のような、優しく、すっと胸の中に溶け込んでくる。



 そんな暖かさ。



 いつぶりだろうか。



 心の中に安心感が広がっていく。



 ずっと真っ暗だった目の前が、少しずつ晴れていく。



 …………え?



 ……君は…………誰だ?



 どうして、そんな悲しい顔をしているの。



 君と似たような表情を、どこかで見た覚えがある。



 ――――さよなら



 あぁ、そうだ。


 思い出した。



 俺は。



 大切な人を守れなかったんだ。



 ……アーシャさん。




 ごめんなさい。 



* * *


オーロ視点



「はぁ……はぁ…………」


 何が起きたのか、分からなかった。



 "やっと、会えた"



 少年が向けていた短剣が私の首飾りに触れた時。


 また、が聞こえた途端、突然首飾りから陽の光のような、橙色の光が放たれた。


 その光は目の前の少年を包み込むと、彼は突然、糸が切れた人形のように全身から力が抜け、両腕をだらんと下ろし、私の胸元へと倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 心臓が痛いくらい鼓動する。


 緊張が解けた瞬間、眩暈と耳鳴りが同時に私を襲う。


 私は思わず膝から崩れ落ち、ペタッと地べたにへたり込んだ。


「オーロッ!!」


 ケセフさんの呼ぶ声が近づいてくる。


 けど私はその声には反応できず、目の前に倒れる少年を恐る恐る見た。


 少年は静かに眠っているようで、目からは一筋の涙が流れていた。


「おいっ! オーロッ!!」


「--っ!」


 二度目の呼び声に私はハッとする。


「はぁ……はぁ……。無事、なのか……?」


 顔を上げると、そこには心配した表情を浮かべ私の顔を覗き込むケセフさんがいた。


「え、えぇ……」


 未だこの状況に混乱していた私は、ぎこちなく返事をする。


「馬鹿っ!!」


「イタッ!」


 すると今度は後ろから突然誰かに頭を叩かれた。


 思わず私は後ろを振り返ると、そこには目を腫らし涙を浮かべ、顔を真っ赤にしたペーラさんがいた。


「何故あんなことをした!! 自分の命が惜しくないのかっ!」


「ご、ごめんなさい……」


 あまりの剣幕に私は気圧され、すぐに謝った。


「もう二度とするなっ!」


 ペーラさんはそう言うと、その場からゆっくりと立ち上がった。


 挫いた足首のほうを見ると、だいぶ良くなっていた様子だったけど、今さっきまでの緊迫した事態によるものか、両足が少しだけ震えていた。


「シェーメ部隊長!!」


 すると、少し遅れてローミッドさんも私の元へと駆け寄ってきた。


「か、彼は……」


「どうやら、完全に気を失ったのか、今は静かに眠っているようです……。先ほどのように襲ってくる様子はないかと……」


 私はまだ少し心が落ち着かない中、今分かる事を端的に伝えた。


「そうか……。しかし、あの光は何だったのだ……?」


 ローミッドさんはそう言うと、私の胸元にある首飾りを見た。


「それが、私にも分からず……」


 私も自分の首飾りをまじまじと見ては、慎重に触る。


「は? オーロが何かしたんじゃなかったのか?」


 ケセフさんは私の反応に首を傾げる。


「いえ……。あんなこと、私自身も初めて見ました……」


 幼い頃から肌身離さず身に着けていた首飾り。


 虹色に染められた絹糸に吊るされる、五芒星の印が刻印された玉虫色の宝石。


 さっきまで橙色の輝きを放っていた胡桃ほどの大きさの球体は、何事もなかったように、私の傍で羽ばたくフェニクスの炎の灯りに充てられ、光沢を見せていた。


「はぁ……。まぁ、皆無事だったとして……こいつ、どうする。 今のうちに始末しといたほうがいいんじゃないのか?」


 すると、ケセフさんが私の膝の上で眠っている少年の首根っこを掴むと、軽々と持ち上げ、獲物を狩るような目つきで彼の顔を睨んだ。


 少年は未だに眠ったままだった。


「私も、ここで止めを刺したほうが良いと思う……。目が覚めた途端、再び襲ってくるやもしれないしな……」


 ペーラさんもケセフさんの意見に同意する。


「私は……」


 私も二人の言う通り、この場で彼を始末したほうが良いと思った。


 でも、どうしてか。


 それだけはダメだという予感が心のどこかで妙に引っ掛かっていた。


 私は今一度、彼の中を視た。


 改めて視ても、謎だらけの中身。


 マナを示す、白の粒子の流れ。

 エセクの特徴を示す、赤黒い粒子の流れ。


 まず、この二つが混在する生き物なんて、見た事が無かった。


 そして、もう一つ。


 おそらく、元同盟国の兵士達の中身にあったものと同じ、緑色に怪しく光る粒子の流れ。


 白と緑の粒子の流れを外側から、まるで蛇が獲物を捕らえるように赤黒い粒子の流れが蜷局を巻き、それらを逃がさないように縛り付けている。


 それは頭の先から足先まで。



 足先……まで…………。



「--っ!!」


「ローミッド、あんたはどう思うって、あれ? あいつどこいった……。ん? おい、オーロ、どうした?」


 私は思わず目を見開いた。


「あ、足……」


「ん? こいつの足がどうかしたって?」


 ケセフさんが少年の太ももの裏を持ち上げ、彼の足裏を覗いた。そして、そこには。


「は…………」


 荒野、そして森で見かけた物と同じ、白銀の粒子が付着していた。


 だ。


 私はすぐに気づいた。


 森の中にあった足跡の形も大きさも、目の前の少年と同じものだった。


 けど、私の頭の中には確信と同時に一つの疑念が浮かび上がった。



 "やっと、会えた"



 彼の短剣が首飾りに触れた時、聴こえてきたあの声。

 あれは確かに森で最初に聴こえた声と同じものだった。


 けれどその声は。


 


 明らかに目の前の少年の声とは異なるものだった。


 でも、あの声は確かに白銀の足跡へと導き、この洞窟、この少年の元まで私達を連れてきた。



 この子は、一体……。



「フェニクス、リヴァイア。彼の事、どう思う……?」


 私はすぐに、二人に尋ねた。


「ううむ……。眼では見えないが、微かに彼の中からは荒野で見た物と同じ物を感じる。だが」


「奴らと同じ気配が強すぎて、余計に感知し辛くなってるわね……。あと、彼の中。マナの量が異常なまでに溜まっていて暴走気味になってるわ、常人だとマナ中毒でとっくに死んでいる量よ」


 二人とも、私と同じように難しい顔になって少年を見ていた。


「恐らく先ほどの戦闘から見ても、どれだけの間かは分からないが、ずっとここの魔物達と闘ってきたのだろう。倒した数だけのマナの量がこの者の体内に宿っている。異常な速さ、攻撃の威力もそれが起因した物だと想像できる」


「そんな……」


 フェニクスの話に私は絶句する。もしその話が本当ならば。


 どれほどの時間を?


 ずっと一人で?



 それを創造した時、私は思わず背筋をゾクッとさせてしまった。


「とはいえ、フェニクスちゃんの言う通り、彼の中からは確かに奴らが嫌う気配の物は感じる。魔族達に対抗する可能性が僅かでもあるのなら、ここで殺すよりは生かして連れ帰った方が良いんじゃない?」


 リヴァイアは冷静に話し掛けてくる。


「私は……」


 仮に彼をここで始末して、手ぶらで王都へ帰ったとしても、魔族達に攻め入られ、滅ぼされる未来がある事には変わりない。


 それよりは彼を助け、王都で調査し、魔族達に対抗する何かが見つかる可能性に賭けたほうが良い。


 けれど、それ以上に。


「私は、この少年を捕虜といて連れて帰ろうと思います」


「「なっ!?」」


 私の中では、どんな理由であれ彼だけは殺してはいけない。


 殺したくないという思いがあった。


 私の提案にケセフさんとペーラさんが驚く。


「お前っ!? ついさっきまでこいつに命狙われたんだぞ!?」


 当然、すぐにケセフさんが反対する。


「それでも……この少年はここで殺してはいけないと思うのです」


 彼だけは。


「私は、視ました。彼の足裏に、あの荒野で視たものと同じ、”白銀の粒子を”。エセク達が決して寄り付こうとしなかったものを」


 どうしてかは分からない。けれど。


「フェニクスも、リヴァイアも。彼の中からは荒野での物と同じ気配を感じると言っています」


 彼だけは、どうしても殺したくはなかった。


「そんな曖昧な理由が通るわけねぇだろ!!」


「っ!! 曖昧だなんて!!」


「よせ、二人とも」


「「ーーっ!」」


 その時、思わず口論になりかけた所を制止する声が、洞窟の奥から響いてきた。


 私とケセフさんは声のした方向を振り向くと、そこには何かを担いでこちらに向かって歩いてくるローミッドさんの姿があった。


「その話については、この二人に訊いてからだ」


 そして、ローミッドさんが降ろしたものは。


「「……っ!」」


 無事に生き残っていた、二人の密偵の姿だった。




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