懐かしい気配が近づいてくる。
私の声を、聴いてくれる者が。
いまの私は何もすることができない。
ただじっと。 見る事しかできない。
お願い。
ワタシの声を聴く者よ。
どうか、早く。
ここまで来て。
* * *
「ペーラぁっ!!」
「……っな」
少年が持つ短剣がペーラの首元に迫る。だが、ペーラは目を見開き驚くだけで、その場から一歩も動けずにいた。
その時。
「--っ!!」
突如、ガクンッとペーラの身体がくの字に前傾し、勢いよく後ろへ引っ張られる。
ペーラの背中にはローミッドの手が。
後退させられるペーラと入れ替わるようにローミッドが少年の前に接近する。
「ふんっ!」
入れ替わりざま、ローミッドは振り下ろされた短剣を自前の長剣で受け止める。 しかし。
「--っ! なんと……重い……っ!!」
少年の華奢な見た目からは想像も出来ない馬鹿力が、ドンッとローミッドを襲う。
あまりの衝撃に、長剣と短剣が交わる刃の接触面からは火花が激しく飛び散り、ローミッドの片膝は自力では耐えきれず地面に着く。
ローミッドの足下では地面に小さな窪みができてしまうほど。
「ぐぅぅぅぁぁあああっ!」
このままでは押し潰されると思ったローミッドは歯を食いしばり、渾身の力で短剣を少年ごと押し返す。
押し返された少年は、両腕を頭上に掲げる形で仰け反り、宙に浮く。
すぐさまその隙を狙おうと、ローミッドは少年の懐に潜ろうと試みるが、先程の一撃に両足が痺れ、すぐに身体を動かすことが出来なかった。
「くそっ…………!」
「吹っ飛べやおらぁ!」
「--っ!」
少年は更に後方へと吹き飛ばされ、頭から地面へと落下し、転がると俯せに倒れた。
「すまないっ!」
ようやくローミッドが立ち上れる状態となる。
「あんたがそこまでになるほどのパワーがあの野郎にあるとは思えねぇが」
「奴の見た目に惑わされるな、攻撃の速度、威力、全てが常軌を逸している……」
ローミッドとルーナの両者は地面に倒れ伏す少年を射るような視線で見る。
「ペーラっ! 無事か!」
この間にと、ローミッドは先ほど自身が後方へと引っ張り飛ばしたペーラの安否を確認する。
「すみません、隊長……。私は無事です……ですが」
「ペーラさん、今はじっとしていてください。リヴァイア、ここは任せてもいい?」
「えぇ、分かったわ」
間一髪、ローミッドのお陰により少年の攻撃を躱せたペーラだったが、着地の際に受け身を取ることにしくじった為、片足を挫いていた。
「少し待っててね」
リヴァイアがすぐさま浄化の力で応急処置に掛かる。
「まずいな……。今動けるのは三人か……」
その様子を横目で見ていたローミッドの眉間には皺が寄せられ、表情は険しくなる。
「おい、ローミッド!」
「--っ!」
その時、少年が再びゆっくりと起き上がる。
「くそっ、ちっとも効いてる様子がねぇっ!」
ルーナの顔にも焦りの色が見え始める。 その時。
「”
オーロの声と共に、紅蓮の炎がローミッドとルーナ、二人と少年の間を隔てる。
「皆さんっ! 今のうちに後退してください! 一度態勢を整えましょう!」
オーロは額に汗を浮かべながら二人を呼びかける。
「分かった! 援護感謝するっ!」
ローミッドとルーナはすぐにその場から離れ、ペーラとオーロがいる所まで急いで戻る。
「隊長……すみません」
「仕方ない。命あってのこと。こちらこそ、手荒な方法で申し訳ない」
ペーラは挫いた足首の痛みに顔を
隣ではリヴァイアが引き続き治療を進めるが、召喚者であるオーロがフェニクスを含め同時に二体を使役している為、完治までに時間が掛かっていた。
「おいっ、オーロ。いつものマナ作る能力でなんとかならねぇのか」
緊迫した事態に、ルーナが急かすようにオーロに尋ねる。
「すみません……。私の力は二体同時では出来ず、今はフェニクスにしか……」
オーロはフェニクスに向けて両腕を伸ばし、掌から生成したマナを全て供給しながら申し訳なく答える。
「私がこうして時間を稼ぎますので、その間に「(お嬢、まずいぞ)」 っ!」
突然、フェニクスの声がオーロの言葉を遮る。
嫌な予感がしたオーロが炎の先を見ると。
「--っ!! ウソでしょ!?」
紅蓮の壁を
「おいおいおいおい、あれも効かねぇってのかよ!」
フェニクスが少年の進路を妨害しようと、何度も何度も上下左右その身体にまとわりつき、オーロのマナを受け取っては少年を溶かそうと試みるも、少年の歩みは止めきれず。
所々皮膚の表面には黒い
「……まさか」
すると、少年の様子から何かに気付いたローミッドが、近くに落ちていた石を拾い、少年に向かって投げた。
投げられた石は少年の顔面に当たるが、少年は気にも留めず。
コツンと石が地面に落下する音だけが洞窟内に響き渡る。
「この少年……初めから意識がない」
「はっ!? んなわけ!」
あり得るわけがない、と。
ローミッドの言葉に三人が絶句する。
「それじゃ、今までどうやって……」
「分からない。ただ、奴は……」
ローミッドは少年を睨む。
「…………あぁ……やつらが…………なぁ……」
数十メートルはあった四人と少年との距離は、気付けば僅か五メートルまで縮まっていた。
「蹴りを入れてもダメ、首を切ってもダメ、焼き尽くしてもダメ……。さっきの魔物よりこいつのほうがよっぽど化け物じゃねぇか」
「……ならば」
ローミッドが長剣を少年に向ける。
「身体全てを切り落としてでも、止めるしかない」
洞窟内の空気の流れがローミッドに集まる。
「剣技……。 ――っ!」
技を繰り出そうと構えた瞬間だった。
ローミッドの目の前から少年が姿を消す。
「しまっ……!」
ローミッドが思わず後ろを振り返ると、その先には少年の後ろ姿が。
「任せろっ! おら、かかってこいや化け物がぁ!」
しかし、少年の動きを読んでいたルーナが、少年の前に立ち塞がる。
「やっぱりこいつ、直線的な動きしかできねぇ!」
そう言い、ルーナが
「ローミッド! このまま挟撃するぞっ!」
「承知した!!」
少年が勢いよくルーナの楯へと突っ込む。
その動きに合わせ、ルーナも楯を少し前へと突き出す。
少年の鼻先が黄淡蘗の楯に触れようとした。
――――刹那。
「なっ!?」
少年はその場で急停止し、ヒラリと楯を飛び越え前方に宙返りし、ルーナごと
予想外の動きにルーナは自身の頭上を越えていく少年の動きを見ることしか出来ず、その場に立ち尽くす。
そして。
「まずいっ!」
ルーナを躱した少年は、そのまま真っすぐにペーラの元へと向かう。
少年に狙われるペーラは未だリヴァイアによる治療が終わらず、身動きが取れないでいた。
「フェニクスっ! 彼を止めて!」
ペーラの元へは行かせまいと、オーロがフェニクスを少年の身体に纏まとわせる。
だが、少年は動きを止める様子もなく、構わず炎の中を突き進んでいく。
「なんで、なんで止まらないの!?」
オーロは酷く焦る。
とうとう少年がペーラの目の前まで迫り。
少年が持つ短剣がペーラに向けられる。
その瞬間、ペーラは目を大きく見開いて――。
「させませんっ!!」
少年とペーラの間にオーロが両腕を広げ、立ち塞がる。
「(お嬢っ!?)」
「オーロちゃんっ!?」
フェニクスとリヴァイアが同時に叫ぶ。
ローミッドとルーナがオーロの元へ向かおうと急ぐが、間に合うはずがなく。
「オーロさんっ!!」
オーロの後ろからはペーラの呼ぶ声が。
短剣がオーロの胸へと迫る。
その命を奪おうと、容赦なく。
「みんな……。ごめんね」
フッと、オーロが優しく微笑む。
そうして。
剣先がオーロの首飾りに触れた。
その時だった。
――やっと、会えた。
「--っ!!」
オーロの首飾りから、橙色の光が溢れ出した。