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12.少年


 魔物達の背後から突如として現れた慮外な者に、オーロ達は不意を突かれ、一瞬思考が止まる。


 姿を見せたのは、一人の少年。


 その様相は見た者が憐れむほどボロボロで、服は破れ、顔や両腕、両足と、身体中が泥だらけとなっていた。


 少年の目に光はなく、俯き、おぼつかない足取りでゆっくりと、オーロ達の方へと近づく。


「ーーっ! 生存者か!?」


 ふと我に返ったペーラが少年の元へ駆けようとした時。


「待てっ!」


 ルーナが大声でペーラを止める。


「こいつ、様子が変だぞ……」


 ルーナは険しい目つきで少年を見ては、全身の毛を逆立て、警戒心を顕わにする。


「オレは…………なぜ…………終わら…………」


 少年は無表情のまま、ぼんやりとした目つきでブツブツと何かを呟く。


「……オーロ部隊長」


「……はい」


 ローミッドは少年がエセクかどうかを確かめようと、オーロに声を掛ける。


 オーロもすぐさまローミッドの意図に気付き、少年の中を視ようと眼を凝らした。 が。


「…………えっ?」


 オーロが間の抜けた声を出した。 その時。


「――っ! 魔物がっ!」


 影の化け物が少年のすぐ傍に現れる。 しかし。


「グギャアアアッ!」


「「「ーー!?」」」


 刹那。


 地面から湧き上がった魔物は姿を見せた途端、断末魔の叫び声を上げ、一瞬にして少年の傍から霧散する。


「な、なにが……起きたんだ?」


 目の前の出来事に四人は混乱する。 すると。


「っ! 危ない!!」


 洞窟の天井に張り付き、待ち伏せしていた一体の魔物が少年を襲う。


 そして。


「――っ!」


 誰かが駆け寄る間もなく魔物は少年に急接近し、凶悪な牙でその喉笛を喰いちぎった。


 グシャッ、と肉が潰れる音がした直後、少年は糸が切れた人形のように、力無くその場に倒れる。


 オーロ達は声にならない悲鳴を上げる。


「う、嘘でしょ……そんな……」


 ペーラが青ざめた顔をし、自身の口元を手で覆う。


「くっ! とにかく今はあの魔物をっ!」


 ローミッドが剣を抜き魔物に向かって駆け出そうとした、その時だった。


「「「「ーーっ!?」」」」


 四人の目の前で再び少年が起き上がった。


「はぁ!?」


 ルーナは目を丸くし頓狂な声を上げる。


 そんな事は気にも止めず。


 たった今殺されたはずの少年は何事も無かったかのように、再びその場に静かに立っており、更には先ほど魔物によって喰い千切られた首は元通りに治っていた。 そして。


「グギャアアアッ!」


 またしても模っていた影が血しぶきのように飛び散り、少年を襲った魔物は断末魔の叫びと共に暗闇の中へと消えていった。


「どうなっているんだ……。っ! まさか……」


 ローミッドの声が僅かに震える。


「おいっ、オーロ! こいつ何者だよ!?」


 奇怪な少年の正体を知ろうと、ルーナがオーロに向かって叫ぶ。 が。


「わ……わかりません……」


 オーロは動揺した声で言葉を漏らす。


「分からない……?」


 その様子にローミッドが怪訝な顔をして訊く。


「い、いえ……分からない、というより正確には……」


 再び少年の方をじっと見るオーロ。


 先程から彼女の眼が視ていたものは。


「混じってる……?」


 白と”緑”に輝く光の粒と、その二つを上から被さるように流れる、赤黒い光だった。


「……? どういうことですか?」


 ローミッドが少年とオーロを交互に見ながら尋ねる。


「あの少年を説明するなら、”人”でもあり、”エセク”でもあるという状態です。ですが……」


 赤黒い光の裏でひっそりと輝く緑の光。


「(あの光はたしか……同盟国だった兵士達のものと同じ……)」


 それは、レグノ王国が日本国と国交を断絶する前、一度だけオーロがエレマ隊員に遭遇し、彼らの中身を覗いた際に視たものと同じものだった。


「(つまり彼は、この世界の者ではない……?)」


 オーロの中で疑念が膨らむ。


「……っ! おいっ! お前ら! あいつの右手を見ろ!」


 その時、何かに気が付いたルーナが少年の右手を指差す。


「手だと? ……っ!」


 ルーナに言われた通り、三人は少年の右手を見ると。


「あれは……っ! 王国のっ!」


 その手には暗闇の中で艶やかに光る紅色の宝石が埋め込まれた短剣が握られていた。


「まさかこいつ、密偵をっ!!」


 すかさずペーラが剣を抜き、少年の元へ走り出そうとする。 しかし。


「待てっ! ペーラ!!」


 同時にローミッドが制止の声を掛ける。


「ーーっ! 隊長! 何故止めるのです! この少年は……。 っ!」


 急に止められたことに不服の表情を浮かべ、ペーラは反論しようと後ろを振り返りローミッドを見た、が。


「今は黙って見ていろ……」


 そこには鬼の形相で仁王立ちするローミッドの姿があった。


「全員、あの少年をみろ」


 そしてローミッドは少年を睨みつけ、指差す。


「少年を、って……」


 ペーラは戸惑いつつ少年の方を見た、その時だった。


 少年はゆっくりと右腕を頭上に掲げ始めた。


「ォォォォォオ……」


 湧き上がった魔物達が少年を取り囲むようにじわじわと近づく。


 そして、掲げた右腕を少年が振り下ろした。



 瞬間。


「グギャアアアアッ!」


「!?」


 少年を囲んでいた魔物が一斉に消滅した。


 それは先ほどから四人が見ていた光景と全く同じもの。


 そして、何事も無かったかのように少年は歩き出す。


「分かったか……?」


「まさか……」


「あぁ、そのまさかだ」


 ローミッドが抜剣の構えを取る。


「先ほどから全て、が倒している。そして」


 ローミッドはこれまでにない殺気を放つ。


「恐らくこいつは……。ここにいる誰よりも、強い」


「「「っ!!」」」


 ローミッドの言葉に、三人が驚愕する。


「総員、構えろっ!」


 これまで以上の声量で叫ぶローミッド。


 その声に三人も戦闘態勢を取る。


「……オレを…………くれ…………もう……」



 刹那。



「「「ーーっ!!」」」



 少年が、忽然と姿を消す。



「っ! ペーラぁ!!」


 そして、突如ペーラの目の前に現れた瞬間。



「……っな」



 短剣が握られた右手が、彼女に向かって振り下ろされた。


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