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9.足跡


「ほんとにこの方角であってんのか?」


 謎の声を聴いたオーロを先頭に、四人は失踪した密偵を探すため荒野から反対の方角に向かって森の奥を進んでいたが、本道はもちろん、既に間道から大きく外れ、人ひとりが歩けるかすら怪しいほどの狭い獣道を通っていた。


 何度も茂みをかき分け、細木に遭えば立ち止まり、薙ぎ倒しては都度進みと繰り返すことに、ルーナは我慢ならずに愚痴をこぼす。


「はい……。確かに聴こえたんですが……」


 先ほど聴いた声だけを頼りに、オーロも目の前の茂みをかき分け進み続けるが、胸中では不安が押し寄せていた。


「(ただの空耳だったのかな……)」


 これ以上の手掛かりは無し。


 このまま闇雲に探し続けるのは悪手、一度来た道を戻り荒野で見た光景を先に調べたほうがいいのかもしれないとオーロは考え始めた。


 その時。


「(っ! オーロちゃん、足元見てっ!)」


「えっ…?」


 突然、リヴァイアの呼ぶ声がオーロの頭の中に響く。


 直ぐにオーロは言われた通り自身の足元に視線を向けると、そこには。


「――っ! 足跡っ!!」


 荒野で見たものと同じ白銀の粒子によって型取られた足跡があった。


 それは一つだけではなく、まるでここを何者かが彷徨っていたかのように、幾つもの足跡が獣道の奥へと続いていた。


「皆さんっ! こっちです!」


 きっとこの先に何かある。


 そう勘付いたオーロは、後ろの三人に向かって叫ぶと、白銀の足跡を追い、一心不乱に奥へと進んでいく。


「お、おい待てっ!」


 勢いよく進んでいくオーロに、ルーナ達は慌てて後を追いかける。


「はぁ……はぁ……! 足跡がどんどん薄くなってる……っ!」


 白銀に煌めいていた足跡は、まるでオーロをずっと待っていたかのように、一度見つかって以降、その輝きを失い始めていた。


「お願い……どうか見つかるまで……!」


 オーロは懸命に森の中を走り続けた。 そして。


「っ!?」


 突如としてオーロは立ち止まる。


「はぁ……はぁ……。おい、何勝手に先行ってんだよ……」


 遅れてルーナ達もオーロに追いつくが。


「何か、あったのですか?」


 声を掛けても微動だにしないオーロに、ローミッドが近づくと。


「っ!! こ、これは……!」


 そこには、何者かの手によって崩落したかのように、酷く地面が削られてできた崖があった。


 そしてその傍らには。


「な、何だこの臭い……!」


 腐敗した一体の死体が横たわっていたのだった。


「まさか密偵の者の!?」


 ペーラが覗き込むようにローミッドの後ろから死体を見る。


「……いや、恐らく違う……。腐敗の様子から見て死後、かなり時間が経っているものだ……」


 転がる死体は酷く腐敗が進み、瘴気による腐食も相まってか一部白骨化した部分もあった。


「くそっ! この臭いどうにかならねぇのかよ……!」


 ルーナは顔をしかめながらフードで鼻をつまむ。


「はぁ……はぁ…………」


 目の前に広がる崖に茫然とするオーロ。


「(オーロちゃん……。もしかして足跡の持ち主って……)」


 リヴァイアが気遣うようにオーロに声を掛ける。 が。


「…………違う」


「(えっ……?)」


 思わずリヴァイアが、「どういうこと?」と言いたげな声を上げる。


「この人のじゃない……」


 今やもう完全に消えてしまった白銀の足跡。しかしオーロは足跡が消える直前、死体の足裏を見ていた。


 そして、その足裏には初めから白銀の粒子は無く、更には大きさも違ったことからオーロは別の者の足跡だという事に気付いていたのだ。


 それでも。


「ならあの足跡は一体……」


 オーロを導いていた足跡が、名も知らない死体の物では無かったにしろ、より謎は深まるだけ。


 結局は振り出しに戻ってしまった。


 今一度声を聴かせてくれないかとオーロは心の中で懇願するも、聴こえるのは風の走る音と、己の荒い呼吸だけ。


 栗色の髪を、崖上で渦巻く風が虚しく吹き上げる。


「……他に何もねぇんなら、荒野の方に戻んぞ……。いつまでもここにいるのは我慢ならねぇ」


 獣人であるルーナは人族よりも数倍の嗅覚を持つ為か、死体が放つ腐敗臭に耐えられず、さっさとこの場を後にしようとする。


「そうですね。では、一度戻りましょうか」


「はい」


 ローミッドとペーラも、ルーナに続くように崖から離れ、元来た道に戻ろうとする。


「(オーロちゃん……。私達も行きましょう……?)」


 オーロが動かなければリヴァイアが作る膜も動けず、三人を瘴気から守る事が出来ないと、リヴァイアもオーロに戻るよう優しく促す。


「うん……分かった……」


 何も見つからなかった。


 とうとうオーロは諦め、名残惜しそうに片足を地面に引きずりながら、崖から一歩離れ、俯き、ゆっくりと来た道のほうへ振り返った。



 その時だった。



 ――――助けて……



「--っ!!」


 再びオーロの耳に、謎の声が。

 驚いたオーロは咄嗟に地面に伏せ、身を乗り出し、崖下を覗く。 すると。


「……っ! 皆さんっ! あれを見てください!!」


 何かを見つけたのか、オーロは荒野に戻ろうとした三人を呼び戻す。


「どうかしたのですかっ!?」


 いの一番に戻ってきたのはローミッド。


 慌ててオーロと同じように崖下を覗くと。


「--っ!! 魔道具っ……!!」


 通信用の魔道具がボロボロになった姿で落ちていたのだ。


「あれは密偵しか持たない物っ! まさか……」


 咄嗟にローミッドの頭の中で最悪の事態が過ぎる。 更には。


「--っ! ローミッドさんっ! あれを!」


 またしても何かに気付いたのか、オーロは魔道具が落ちていた位置から少し右斜め奥の方向を指差す。


 そこには。


「--っ!! なんだあれは……」


 崖下に広がる巨大な洞窟があった。


「おいお前ら何やって……。 ――っ! なんだ、あれ……」


 相変わらず鼻を抑えたままであったが、ルーナも崖下の洞窟に気付き唖然とする。


「まさか……あの中に……」


 その洞窟はどこまでも暗く、一瞬でも気を抜けば底なしの闇に引きずり込まれるような、異様な雰囲気を放っていた。


 その様相に、みな息をのむ。


「どうされますか……?」


「……行くしかない」


 ローミッドが覚悟を決めたような顔をする。


「全員、これを」


 立ち上がり、懐から取り出すは。


 王から譲り受けた四つの転移用魔道具。


「何かあったら躊躇なくこれを使え。全員、生きて帰るぞ」


 一同はお互いの顔を見合った後、静かに頷く。


 そして洞窟を目指し、慎重に崖を降りていった。

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