目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
5.消えた村

 時は軍会議が執り行われた日から数日前。


 王都から遠く離れた、ある荒野にて。



「ここが……」


 一見、森の側にぽっかりと不自然に存在する荒野。

 それを、遠く木の陰から覗く者が二人いた。


「先日、報告があった場所です」


 黒のフードを被った男がそう言い、荒野の辺りを見渡す。


 そこには複数の魔物とエセクが入り混じるように荒野の周りを彷徨っていた。だが見えない壁があるのか、荒野の中までは一体として侵入しようとする様子は見られない。


「何故、何物も近寄らないのでしょうか」


「分からない……。けど、報告からの仮説が本当なら、この場所にエセクに対抗する何かがあるはず」


 男の問いに対し、同じく黒のフードを被った女がそう答えると、自身の懐から立方体の水晶を取り出す。


「”我らが生命の根源たるマナよ、その存在を此の水晶に現せ”」


 女が唱えたと同時、水晶が青白く輝きだす。


「--っ! ということはやはりっ!」


 水晶が示す反応に男が声を上げる。



 ――――だが



「……違う」


「えっ……?」


 女の表情が曇り出す。


「……後ろ?」


 水晶が示した方向。

 それは、荒野ではなく森の中。


「どういうこと……?」


 女は森の奥を見つめる。再度、手に持つ水晶を確認するが先ほどと変わらず、何かに誘われるかのように青白く輝き続けていた。


「どうしますか……?」


「……行ってみましょう」


 森の奥には何が。


 荒野を背に、二人は水晶が示す森の奥へと進んでいった。



* * *



「消えた村……?」


 ユスティの発言に、ローミッドが訊き返す。


「はい。まずは先の戦後、王国領の損害状況を調べる為これまで各地に密偵を遣わしていました」


 ユスティはそう言い、手元に用意していた資料を取り出す。


「各都市、街、村のほとんどが壊滅。魔族側による占領を受けた所もあり、その様子は想像以上に残酷たるものでした」


 資料を読み上げる中、再びユスティの精悍な顔に幽愁の影が差す。


「その中で一つ、不可解な点が含まれる村がありました」


 次にユスティは一つの地図を取り出し、一同の目の前に広げる。


「村の名は、”ディニオ村”。ここ王都から遥か南東に向かった先にある、人口は二百も満たない小さな田舎村。この村に関する報告書の冒頭には、”魔族の侵攻の被害を受けたと思われる”と記載されておりました」


「”思われる”……?」


 ユスティの発言にローミッドの眉が八の字になる。


「はい。私も気になり、調査に当たった密偵に詳しく話を聞いた所、地図上に示されていた村は、実際に位置するはずべき場所にはなく、そこには何もない荒野が不自然に広がっていたそうです」


「何だそれ」


 今度は、ルーナが怪訝そうに声を上げる。


「密偵の者が場所を間違えたか、あるいは魔族達による攻撃で跡形も無く消されたとかじゃないのですか?」


 続けてペーラもユスティに対し追求する。


「初めは私も皆様と同じように考えました。ですが、こちらをご覧ください」


 ユスティは懐から球体の魔道具を取り出す。


 それはかつて、レム王が井後と通話する際にも用いられていた物と同じもの。


 会議場に大きくスクリーンが展開され、そこに映像が映し出される。


「これは調査の際に密偵が記録した映像です。このように森の側に広がる荒野ですが、そのすぐ周り。エセク達と魔物が入り混じるように徘徊していたそうです」


 映像が荒野全体から徘徊するエセク達へと切り替わる。


「不可解な点として、まずこのエセク達ですが、荒野のある一定から中へ決して入る様子がないということ。まるで見えない壁が円状に存在しているかのように、”何か”がエセク達の進路を妨げていたそうです。そして何より」


「瘴気がどこにも見られない……」


 オーロが思わず声を漏らす。


「仰る通りです。これまで魔族の侵攻を受けた都市、街、村は全て瘴気によって汚染されていましたが、この荒野だけは全くもって瘴気がばら撒かれた形跡が確認されませんでした」


 一同は、目の前に映し出される荒野をまじまじと見る。


「そこで私はこの映像をすぐに研究員に渡し、解析を依頼しました。すると、研究員から一つの仮説が挙がってきました。”エセク、あるいは魔族に対抗しうる何かがあるのではないか”と」


「なんとっ!」


 ローミッドが声を上げ、その場から立ち上がる。


「その仮説を聞いた私はすぐさま再びその荒野まで2人の密偵を遣わし、マナの反応を探る魔道具での調査結果を待っていたのですが」


 突如、ユスティの表情が険しくなる。


「先日、その二人からの連絡が途絶えました」


「--っ!!」


 そうして、たちまち一同は驚愕する。


「敵の罠の可能性はないのか?」


 ルーナがユスティに訊く。


「分かりません。通信用の魔道具が何かしらの原因で故障した可能性もあります。が、未だ二人の安否は確認出来ていない状況ではあります」


 ユスティは現時点で答えられるだけの事を丁寧に説明する。


「我々はどうしたらいい?」


 意図を察したのか、ローミッドは座り直すと改めてユスティに向かって問い掛ける。


「はい。皆様には明日よりこの消えた村についての調査と、二人の密偵の捜索をご依頼したく存じます」


「なるほどな……」


 ローミッドは目の前のテーブルに両肘を置き、組んだ両手の上に顎を乗せる。


「あたしは反対だ」


 その時、少し荒げた声でルーナが異を唱える。


「ケセフ部隊長」


 ローミッド含め、一同は一斉にルーナの方を見る。


「確かにエセクの弱点は高密度のマナだ。荒野に近付かないって事はそこに奴らが嫌いとする何かがあるかもしれねぇが、そもそも今はここ以外どこもかしこも敵の根城。鬼が出るか蛇が出るか分からない場所にうちらが行って何かあった時、いよいよこの軍、この国が終わるぞ」


 ルーナの指摘はもっともなもの。


 現に今、遣わした二人の密偵の安否は不明、どこに敵が潜んでいるか分からない場所に部隊長が揃って向かうのはリスクが大きい。


 ルーナの言葉にユスティは勿論、皆黙り込み静かになる。


「話は終わりだな。ならあたしはこれで「私……行きます」 っ!」


 ルーナの声が遮られる。


 咄嗟にルーナは声の主を探す。見つけた先には。


「私、その荒野に行きます」


 自身の膝に握り拳を乗せ、俯くシェーメ・オーロが。


「あ? てめぇ本気で言ってんのか?」


 ルーナが全身の毛を逆立てる。


「……はい。私は本気です」


 オーロはルーナの眼を真っ直ぐに見る。


「確かに……ルーナさんの仰る事は当然です。現に今、軍力はほぼ底を尽き始め、決してこれ以上、私達の中から誰一人として欠けてはならない状況であることには間違いありません」


「だったら」


「ですがっ……! このまま何もせず敵が来るのを待つわけにはいかないと思うのですっ……!」


 オーロの叫ぶ声が、会議場に響き渡る。



「見て下さい、ユスティさんの顔。以前よりも頬はこけ、目の下にはハッキリと隈が浮かんでいます。レム王が寝込まれて以来、ずっとこの国の為に出来る事をしようと、たった一人で……。不眠不休で勤まれていたはずです」


 オーロがユスティの方を見る。


 ユスティは先ほどから相変わらず下を向いたままだった、が。


「私、知ってます。魔族に故郷を追われた難民を王都で保護する為、ユスティさんがあちこちの施設を駆け回っていたこと。負傷した兵士達で治療が受けられない者を誰一人として出さないよう、病床を確保し、治癒術が使える方をずっと探し回っていたこと」


 オーロの言葉に、ユスティの眼が大きく見開かれる。


 任命されて以降、これまで部隊長としての任務の関係で王都内を駆け回っていたオーロは、時折ユスティが大量の資料を抱え奔走する様子を見かけていたのだ。


「これから行く先には何があるか分かりません。もしかしたら、ルーナさんが仰ってた通り魔族による罠があるかもしれません。ですが、もし……もし本当に魔族に対抗できる”何か”がそこにあるのなら……。そこに、絶望に伏す民の未来が少しでも拓かれる可能性があるのなら、私は行きます」



 "困った時は周りを頼れ"



「どうか……この方の為にもう一度力を貸してください。多くの者から非難を浴びせられた後でもこの国の為に尽くそうした、この方の為に。何もせず、魔族達の手に滅ぼされるのを待つのではなく、ほんの僅かに残された可能性に皆様の力を共に賭けてはもらえませんか」


 オーロは立ち上がり、一同に向かって頭を下げる。


「私からも、どうかお願い申し上げます」


 続けてユスティも自身の頭を下げる。


「…………」


 暫しの静寂。


 オーロとユスティの懸命な頼み。だが、変わらず他の者達は黙って下を向くのみ。


「(やっぱり……私一人で行くしか……)」


 そうオーロが諦めかけた、その時。


「私も同行しよう」


 突如、ローミッドが賛同の意を唱える。


「--っ!」


 オーロは勢いよく顔を上げる。


「良いのですか!」


「あぁ。確かにこれから向かおうとする場所が危険な可能性はある。だが、現状魔族相手に策がないことも事実。民を守れる未来に繋がるのならば、私も共に参ろう」


 ローミッドは静かな笑みでオーロの想いに応える。


「部隊長が仰るなら、当然私も参ります」


 自身の部隊長に続くよう、ペーラも同意する。


「ペーラさん……!」


 オーロは思わず笑顔を見せる。


「ありがとう、ペーラ」


「いえ、私はとくに……」


 ローミッドがペーラに向け礼を言うと、ペーラは頬を赤らめ少し照れ臭いように顔を逸らした。


「さて……あとは」


 残るは一人。

 ローミッドがルーナの方を向く。


「ケセフ部隊長はどうされますか?」


 先ほどから腕を組み、じっと足元を睨むルーナ。


「ルーナさん……。どうか、お願いします」


 再び頭を下げるオーロ。


 その様子をルーナは一瞥し、そして。


「……っち。分かったよ」


 ついにオーロの想いに折れたルーナが、同行の意を示したのだった。


「--っ! ありがとうございます!」


 オーロはここに来て一番の笑顔を見せる。


「……ありがとうございます」


 ユスティが声を震わせながら一同に礼を述べる。


「よかったですね、ユスティさん」


「……はい。シェーメ殿もありがとうございます」


 そしてオーロにも礼を言い、正面に向き直る。


「皆様、ご協力感謝いたします。では、集合は明日の明け方、再びこの会議場にお越しください。どうかご健闘を」


 一度は民からの信頼を失ったユスティ。


 軍会議前では各部隊長からの非難も覚悟していた。だが、国の為、民の為と働き掛け続けた想いが届いたのか、オーロの手助けもありその日の会議を無事に終え、ほんの僅かではあったが、久々の安堵を感じることが出来たのだった。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?