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3.ツェデック・ザフィロ


「……ザフィロさん」




 オーロは今し方、自身の目の前に現れた魔法士に対し怪訝な顔を向ける。




「そう邪険にするような顔をするな、オーロ」




 魔法士はオーロに向かってそう言うと、歩みながら辺りを見渡す。


 オーロを取り囲むエセク達は先ほどから変わらず、魔法士の方を見ては警戒していた。




「ふむ……全部で七体か」




 魔法士は立ち止まり、静かに頷くと両腕を横に広げ構え始めた。




「さて、ここから何体が姿を保っていられるか?」


「っ!!」




 エセク達が一斉に魔法士に向かって走り出す。




「”Ice Widenアイス・ワイデン” -氷の陣よ-」




 その瞬間、魔法士の足元から氷の面が現れる。


 そしてそれは、オーロのみを避けるように地を這い、急速に展開される。




「「「--っ!?」」」




 突如として現れた氷場にエセク達は驚き、全員その場に立ち止まる、そして。




「”Icicleアイシクル Imprisonインプリズン” ―氷柱よ、彼の者たちを閉じ込めよ-」


「「「ギャッ!?」」」




 次の瞬間、エセク達の足元に広がる氷場から巨大な氷柱が現れ、エセク達を閉じ込めた。




「……さて」




 エセク達が全員氷柱の中に閉じ込められたのを確認した魔法士は、氷場の中心にいるオーロに向かってゆっくりと歩き始める。




「……助かりました」




 オーロは少しばつが悪そうな顔をしながらも、自身に近づいてくる魔法士に礼を言う。




「敵はこれで全てか?」


「……えぇ、恐らく」


「そうか」




 魔法士はオーロからの返答を聞くと、再びエセク達の方を向き、今度は片膝をついて両手を氷場につける。




「何を……するのですか?」


「なに、先ほどから言うておろう?私の実験の被験者になってもらうと」




 魔法士は意識を集中させる。




「”我が体内に宿りし生命の根源たるマナよ”」




 詠唱が始まると、魔法士の両手が白く輝き始める。




「”我が器より外界へ脈々と流れ、彼の者たちを閉じ込める檻へと向かえ”」




 そして、その白き輝きは魔法士の手を離れ、氷場から氷柱へと移り。




「”Melt Downメルト・ダウン” ―溶かせ—」




 氷柱が激しく輝きだしたと同時、閉じ込められていたエセク達が一斉に溶け始めた。




「―――ッ!? ―――――!!!!」




 溶け行くエセク達は悲鳴を上げるが、当然その声は分厚い氷の壁により魔法士とオーロには届かない。




「さぁ……どうだ!!」




 そんな様子を魔法士は嬉々とした表情で眺める。


 氷柱の輝きは更に増し、そして。




「…………だめか」




 氷柱の中のエセク達は完全に溶け、姿は消えてしまったのだった。




「……はぁ~」




 魔法士は氷柱の中に残った黒い残骸を見ては、残念そうに大きなため息をつく。




「今のは……」




 オーロは後ろから恐る恐る今起きた事を魔法士に尋ねる。




「ん? 新しい術の試し撃ちよ。実際、奴らがどの程度のマナの質を与えたら消え始めるのか、体感値として知りたかったのだが……」




 魔法士は空となった氷柱を一瞥する。




「やはり加減が難しいのぅ……。一体だけでも身体が残っておれば、そのまま私の研究所へ連れて帰ったというのに……」


「あなたという人は……」




 レグノ王国軍魔法士部隊部隊長 ツェデック・ザフィロ




 レグノ王国軍軍事支援最大貴族「ツェデック家」の御令嬢。


 人並外れた魔力量を持って生まれ、天賦の才能もあり幾多の魔術を幼い頃に全て修得。


 王立魔術学院を卒業後は魔術学を専門とし王国軍魔術部隊研究所に所属し、王国軍の強化に貢献しながら自身も魔術の研究に励み、王国で代々神話として伝えられる魔術の極み「深淵アビス」を求め続けている。




「ところでザフィロさん、貴方が夜警の番に来るなんて珍しいですね」


「夜警? そんなつもりでここに来たわけではないぞ?」


「……では?」




 オーロの眉間に皺が寄る。




「何度も言うておろう。新しい魔術の為だと」




 ザフィロは半ば呆れたように話す。




「新術を試すには被験者が要る。だが一般人を使うのはもってのほか。だからこうして夜な夜な街に出て都合の良い敵がいないかを探しておったのだ」


「……つまり、ここに来た理由は民を守る為ではなく、御自身の魔術の為だということですか?」


「無論だ」


「……はぁ」




 オーロは肩を落とし大きくため息を吐く。




 以前よりオーロはザフィロの事を苦手としていた。




 この魔法士、とにかく魔術のことにしか興味がなく、生まれが大貴族の家にも関わらず、舞踏会や晩餐会といった社交会には一切顔を出さず、更には実家から常々勧められる他貴族との見合いを全て無視し、自身の研究所にこもっては魔術の研究に没頭するような女だった。




 故に、先ほどのオーロの問いに対しても民より魔術といった返しになり、常に民のことを想うオーロにはザフィロの考えが全く理解出来なかった。




 そんな事は露知らず、氷柱を手でなぞっては相変わらず魔術のことしか頭になさそうな様子を見せるザフィロに対し、オーロは次第に苛立ちを覚える。




「ザフィロさん……。明日の軍会議には出席されるのですよね?」




 まさかとは思いつつ、オーロは確かめるようにザフィロに尋ねる。 しかし。




「いかぬ」


「っ!! あなたという人は!」




 その瞬間。




「うるさいぞ」




 ザフィロはオーロに対し殺気立った様子を見せ、圧を掛ける。




「っ!」




 オーロは思わず気圧される。




「先ほどから何度も何度も。私は魔術の研究で忙しいのだ。軍の会議など、そなた等で勝手に進めておけばよいだろう」




 ザフィロの青い眼がオーロを睨む。




 それでも。




「今、この国は未曽有の危機に陥っているのです。兵も、民も。みな魔族の手に怯えているのです。だからこそ私達部隊長同士が力を合わせ、少しでも魔族達に対する勝機を見出さなければならないのです」




 ハロフ元部隊長から受け取った、”信じているぞ”という言葉。


 負けじと金色の眼がザフィロを見据える。




「部隊長同士、か。だが先の戦で私が担当した地域では、ほぼ私の力のみで敵勢力を制圧したのだが?今更力を合わせる必要があるのか?」


「っ……! しかしっ……!」




 これにはオーロも言葉が詰まる。




 態度や品行についてはともかく、先ほどの戦闘でも分かるようにザフィロの実力は本物。先の敗戦でも多少の犠牲はあったものの、ザフィロ率いる魔術部隊が配置されていた都市では出現したエセクをどこよりも早く討滅し、被害を最小限に食い止めることに成功していた。




「ハロフ元部隊長を破ったという敵将も、私の魔術で討滅してやるわ」




 ザフィロの顔が再び狂気じみた笑顔になる。


 それを見たオーロは自身の右手を強く握りしめる。




「それでも……力ずくでも……!」


「ほぅ……やるか?」




 ザフィロが纏う雰囲気が一気に変わる。




 その時。




「オーロ部隊長!!」




 先ほどのエセク達との戦闘音を聞きつけ、他の地区の夜警を担っていた兵士達がぞろぞろと、数人集まってくる。




「っ! こ、これは……」




 駆け付けた兵士達はザフィロが発生させた氷場を見て驚く。




「先ほどエセク達の襲撃に遇いましたが、ザフィロ部隊長の援護もあり何事もなく撃退しました」




 オーロはそう言い、ザフィロの方を見る。




「……はぁ、やめじゃやめじゃ」




 ザフィロはため息をつき、オーロに向かって背を向ける。




「だが、明日の軍会議には行かぬ」


「……ザフィロさん」


「それに、明日の軍会議で話す内容は既に把握しておる。そなたは最近部隊長に任命されたから分からないものしょうがないではあるが」




 ザフィロはそう言い、魔法を唱えては宙に浮く。




「ではそなたら、また相まみえる時に」




 そして、自身を見つめる一同に裾を上げ礼を言うと、月が灯る方角に向かい悠々と去っていった。




 "困った時は周りを頼れ"




「どうしたら……」




 オーロはハロフから言われた言葉を思い返し、遠のく宵の魔女を見てはまた憂いの表情を浮かべるのであった。

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