三人称視点
王立病院を離れてから暫く。
ハロフへの見舞いを終えたオーロは、一度部隊宿舎に戻り、それから城下町の夜警任務へと繰り出していた。
「……よしっ、この地区も異常なし」
オーロは街の隅々を周り、敵の潜伏者がいないかどうか入念に確認する。
本来、夜警任務は新人兵士か冒険者が請け負うものだったが、先の敗戦によりまともに動ける兵がおらず、部隊長自らも番を務めなければならなくなり、今晩はオーロがその担当となっていた。
「ふぅ。寒くなってきたなぁ」
閑散とした街中を冷たい夜風が通り抜ける。
以前は多くの出店や人で賑わっていた街も、今では誰一人としておらず、それがより寒さを感じさせていた。
「……寂しいな」
冷たくなった指先に息を吐くオーロ。
彼女は、菅さんとした街中を見つめながら、入隊したての頃、訓練の息抜きにと父が気を利かせ城下町まで案内してくれた日を思い出す。
その日は王都全体挙げての盛大なお祭りが催されていた。
出店のりんご飴を手に持ち喜ぶ子ども。
酒を片手に大勢で歌う大人達。
空には色鮮やかなランタンが宙を舞い、それを笑顔で眺める幸せそうな家族。
そんな光景はもう、どこにもない。
オーロは過去の思い出たちを投影するように、誰もいない街中を見る。
――刹那
「…………何っ!?」
オーロの視界の端で怪しげに動く影が。
「(敵っ……!?)」
オーロは瞬時に気を引き締め、何かが動いた場所までゆっくりと近づいて行く。
影が動いた先は街中の路地裏。
彼女はすぐに、近くまで行くと、一度建物の角に身を潜めれば。
「……っ!」
意を決し、勢いよく飛び出したオーロの先には。
「……うぃ~、ひっく……」
酒を飲み過ぎてしまったのか、泥酔した一人の男が建物に寄りかかって座り込んでいた。
「はぁ……なんだ…………」
先ほどまでの緊張感が一気に抜け、オーロは思わず大きなため息を吐く。
「酔っぱらいさん。こんな所で寝ていたら風邪をひきますよ? さっ」
そしてオーロは、やれやれといった顔をしながらも優しく声を掛け、男に手を差し伸べようと一歩近付いた。
その時だった。
「……っ!?」
オーロが持つもう一つの”能力”。
それは生物が体内に宿すマナの流れを”視る”ことができる力。
アレットに生息する生物はみな体内にマナを宿し、オーロは常にそれを白い光の流れとして視ていた。
だが今、目の前にいる男に対し、金色の眼が視たものは。
“赤黒い”光。
泥酔した男の顔が歪む。
「”
男が襲い掛かる直前、オーロは自身の目の前に壁を造る様に朱色の炎を展開させ、すぐにその場から後退、男の様子を窺う。
炎の先から出てきたものは。
「なぁんで分かったのかなぁ……?」
泥酔した男の顔をした、全身どす黒い姿の化け物。
「エセクっ……!」
オーロはすぐさま臨戦態勢を取る。
「せっかく上手く忍び込んだっていうのによぉ」
エセクは気味の悪い笑みを浮かべると、両腕を鋭利な棘のようなものに変化させ、ゆっくりと近づいてくる。
「”
オーロが唱えたと同時、近づくエセクの背後で燃え続けていた炎が一箇所に集い、オーロの元へと移動する。
その炎は形を変え。
「お嬢、大丈夫か」
優雅に宙を羽ばたく一羽の火鳥となる。
「ありがとう、フェニクス」
オーロは自身の召喚獣に笑顔を向け礼を言う。
「しかし、とうとうここまでエセクが来ていたとは」
火鳥もエセクの方を向く。
「フェニクス、すぐに終わらせるよ」
「あぁ、いつでも」
オーロの掛け声に合わせ、フェニクスの身体が輝く。
「ヒヒッ、今夜はお前を串刺しにしてやるよ」
それと同時、エセクもオーロ目掛けて走り出す、が。
「”
「!?」
光り輝くフェニクスは再びその姿を変え炎の帯となりエセクを襲う。
「な、なんだ!?」
エセクが振り払おうとするも炎の帯は離れず、輝きと熱気を放ち続ける。
「(お嬢っ)」
オーロの頭の中に、フェニクスの声が響き渡る。
「いきます!」
オーロはフェニクスの声を合図にマナを生成し始める。
本来、魔物相手であれば既にこの時点で丸焦げとなり息絶えるほどの威力。
だが相手はエセク。高密度のマナを照射しない限り、通常の物理攻撃や魔法攻撃では決して倒れることのない厄介者であり、魔力の高い魔法士か召喚士の攻撃でなければトドメを刺すことは出来ない。
魔法士と召喚士の素質は体内に宿すマナの質と総量によって決まり、素質がそのまま魔力として反映され、魔術と召喚術の威力に現れる。
しかし、シェーメ・オーロはこの理から唯一外れる者。
生成された大量のマナが炎の帯に吸収され、フェニクスが有するマナの密度が一気に高まる。そして。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!?」
朱色の炎は青白く光り、瞬く間にエセクの身体を溶かした。
――――静寂
「ふぅ……」
オーロは一度呼吸を整え、目の前で息絶えたエセクの黒い残骸を見ようとした。
瞬間。
「お嬢っ!!」
「--っ!」
炎の帯から姿を戻したフェニクスがすぐさまオーロを呼び掛ける。
ハッとしたオーロが周りを見渡すと。
「ヘヘヘ……」
いつの間にか。
そこには、複数体のエセクがオーロを取り囲むように立っていた。
「そんなっ!」
オーロは予想だにしなかった事態に焦り。
「お嬢、このままでは!」
フェニクスがオーロに声を掛けるが、その間にも既にエセク達がじわりと近づいてくる。
「(一体一体倒していたら間に合わない…!)」
己の召喚獣へ指示を出そうにも、その隙に死角から襲われては元も子もないこの状況で。
「だったら……っ!」
オーロは意を決し、自身の首飾りに手を掛けた。
その時だった。
「待て、シェーメ」
どこからか、フェニクスでも、エセクでもない声が。
石造りの街中に、木霊して。
「……!?」
すぐに、オーロが声の出所を探せば。
「何やら楽しい事をしておるのぉ。私も混ぜさせてはくれんか?」
「っ!」
見つけた先は時計塔の屋上。
そこには月明りに照らされる一人の女魔法士の姿が。
「よっ……と」
女魔法士は、ゆっくりと地上に降り立つと同時。
「
「!?」
自身のすぐ近くにいたエセクに向け闇魔法を放つ、そして。
「”絶えよ”」
「グギャアアアアアア!!?」
次の瞬間には闇の籠に捕えたエセクを溶かした。
「「「!?」」」
目の前で起きた出来事に他のエセク達が動揺するが。
そんなエセク達を逃がさんと言わんばかりか、縦長の瞳孔を持つ青い眼が射るような視線を飛ばす。
「くふふっ……」
女魔法士は不敵な笑みを浮かべ、一歩ずつ歩む。
彼女は決して陽が昇る時間に姿を見せることはない。
民もその姿を見た者はほとんどいない。
だがこうして夜中、時折街を徘徊しては姿を現すことからか。
「さて、私の実験の被験者となってくれる奴は、どいつかの?」
彼女はこう呼ばれるようになった。
”宵の魔女”と。